細くて長くてニョロニョロなアレ

今日も恙無つつがなく、シエリアの店は閉店準備を始めた。

基本的にこの店は夜間にはトラブルを受け付けていない。

犯罪者や悪意ある人物などから身をを守るためである。


なんでもやるとはいえ、流石に戦闘のスキルは何一つ無い。

かなり変わっているとはいえ、雑貨屋少女なのだから無理もない。


今回、夕暮れに訪ねて来たのは肉付きのいいマダムだった。

シエリアは柔和にゅうわな表情で彼女に接した。


「それで、今回はどんなご依頼ですか?」


淑女しゅくじょは額の汗をハンカチで拭った。


「え、ええ。うちのミミちゃん、いえ、ペットを探して頂きたいんザマス……」


俗に言うペット探偵の依頼だ。

こういった案件はよくこの手の業者に助けを求められることが多い。


シエリアも今まで様々なペットを保護して飼い主に返してきた。

犬、猫、牛馬、鳥類、果てはハムスターまで成功させており、確かな実績があった。


「それで、そのミミちゃんの特徴は? どんな種類のペットなんですか?」


マダムは気まずそうに答えた。


「その……ヘビ、大きなヘビですの。エレファント・ボア。攻撃的では無いのですが、うっかり巻き付かれると圧死しかねません……」


エレファントという名だけに体長3mは軽く超える大蛇だいじゃである。

シエリアはそれを聞くや否いなや固まってしまった。

少女の顔は真っ青で脂汗あぶらあせをかいていた。

細い眉はハの字に歪んだ。


「あのぉ……」


淑女は心配そうに彼女を見つめた。

トラブル・ブレイカーは我に返るとすぐさま返事をした。


「あ、あああ、はい!! た、た、確かにい、い依頼を承りました。見つかり次第、れれ連絡いたします!!」


こうして店主はうっかり頼み事を受けてしまった。


「う、うわああ!! ど、どーしよぉ〜!! ヘビ怖!! ヘビこわい〜〜〜!! 今回ばかりは絶対ムリだぁ〜〜!! ムリぃぃぃ〜〜〜!!」


そう。シエリアは大のヘビ嫌いだったのだ。

確かに彼女は黒星無しの凄腕すごうでペット探偵ではあった。

だが、もしヘビの依頼が来たとすれば間違いなく失敗する。


"それ"の捜索願が来ないようにとシエリアは運頼みで乗り切ってきた。

もし実際に来たら無理をせず、必ず断ろう。

そう心に決めていたのだが、いつものクセでついやってしまった。

見栄を張ったというよりは反射的に受けてしまったのである。


一度受けたヘルプは原則として断らない。

そんなモットーがシエリアを苦しめた。


触れないようにトラップを使ったとしても、必ず罠の中身を確認しなければならない。

もし、シエリアの目に"それらが"映ったならば、彼女は泡を吹いて卒倒そっとうしてしまうだろう。

それくらい少女は長くてニョロニョロするものを恐れていた。


シエリアは気を紛まぎらわすために、震える指で貨幣を模したコインチョコを手に取った。

たまたま拾い上げた穴あきのチョコをみて彼女はひらめいた。

そしてドタンバタンとバックヤードを漁ると少女は付録つきの本を取り出してきた。


「サルにも出来る催眠術さいみんじゅつ 催眠さいみんコイン付き‼ 創刊号は280シエール!!」


これは効果が強すぎて創刊号にして廃刊となった曰いわく付きの代物である。

後の検証で呪いのアイテムであるという判断が下されている。


もちろん、シエリアがそれを知らないはずはない。

時に呪いは何かを有利に傾けることもあるが、得てして恩恵より強い反動を受けることになる。

その事も熟知している少女だからこそ、付録のコインを迂闊うかつには使えなかった。

だが、今回ばかりは事情が事情だけに選択肢は無かった。


「ええい‼ ままよッ‼」


シエリアは包装を開いて、中の紐付ひもつきコインを取り出した。


「ほ……本当に効くのかなぁ?」


彼女は半信半疑でコインを振り子のように目の前で揺らした。


「えっと、催眠さいみんするにはつぶやいて……。え〜と、あなたは〜〜ヘビ、ヘビ〜〜……細くて、長くてニョロニョロするものが怖くなくななぁ〜るぅ〜〜」


少女の瞳はコーヒーにミルクが溶けるようにぐるぐると渦巻いた。

試しに店の奥に封印したヘビのおもちゃを取り出してきた。

これを直視し、掴んで出してこられた時点で、効果てきめんである。


「うわぁ!! すごい……!! ヘビが全然怖くないよ!! ターゲットをおびき寄せるのはそう難しくないし、これなら見て確認できるからなんとかなる!! ふふ〜ん。なんなら手で掴んじゃってもいいんだからね!!」


シエリアは自分の精神が昂たかぶっているのを自覚することが出来なかった。

盲目にさせて破滅へ導く。呪いにはありがちな現象だ。

それからの店主はまるで気が触れたかのようにヘビを捕まえて回った。

毒蛇だろうが、大蛇だろうがわしづかみにして迷子のペットではないかを確認していく。


数日経ったある日、ついにエレファント・ボアが罠にかかった。

あまりにも巨大で罠からはみ出して逃げ出そうとしていた。

シエリアは大蛇に駆け寄ると思い切りつかみかかった。


自分の倍以上デカいペットとの戦いは困難を極めた。

締め付けられ、締め付け返す。さすがに関節技は効かなかったが。

たとえヘビが苦手でなくとも、こんなことをする勇気は湧かないだろう。

まさに呪いが為せる業だった。


こうして格闘戦に負けたペットのミミちゃんは無事に飼い主のもとへ帰っていった。

大仕事を終えたシエリアは日常生活に戻ったのだが、呪いの反動が返ってきた。


「水まき水まき〜〜〜」


何気なくホースに目をやると足が震えてきた。


「うっ!! あわ…。あわわ。長くてニョロニョロ…こわ、こわい!!!!」


犬の散歩のリードにも身体が反応する。

子供が跳ぶ縄跳びさえも恐ろしい。

パスタを見ただけで発狂しそうになる。

シエリアはヘビだけでなく、長くてニョロニョロするモノの全てが恐ろしくなってしまったのだ。


彼女は大人しく解呪屋で呪いを解いてもらった。

すぐには恐怖心が消えなかったが、徐々に長いニョロニョロを克服こくふくしていった。


結局、ヘビ嫌いばかりは最後まで残ったのだが。

事態が一段落ついたころ、シエリアは釜亭がまていに外食しに行った。

特に食べるものは決めていなかったが、珍しい魚が入ったというチラシがあった。

周りの客もその料理を食べているらしく、いい匂いがしてくる。


興味を持った少女は早速、注文することにした。

ライスの上に焼いた白身魚が乗っている。

なんでも秘伝のタレがうまいらしい。


「これ、なんていうお魚なんですか?」


ウェイターは厨房を指さした。


「あちらですね。この魚は…」


まな板の上には黒くて長くてニョロニョロなモノがうねっていた。


「ぎゃーー!! ヘビじゃないですかぁ!!!」


シエリアはその場で泡を吹いて倒れてしまった。


……後で知りましたが、あれはヘビではなく、ウナギというお魚だそうです。

ウナジューは美味しかったけど、ウナギは怖いなぁ…というお話でした。

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