ウワサのトラブル・ブレイカー

路地裏の店は正式名称をボンモール雑貨店といった。

これはこの店を立ち上げたシエリアの祖父の名前からとったものである。


シエリアは5歳の時から好き好んで雑貨店の仕事を手伝っていた。

およそ10年間、祖父の知識や技術を受け継いだことによって、シエリアは実力をつけた。

だが3年前、ボンモールは病気で息を引き取った。


その時、シエリアはまだ14歳。

本人は雑貨店を継ぐつもりだったが、両親には猛反対されてしまった。

それでも譲れない彼女は家を出て、本格的に店に住み込んだ。

そして、跡継ぎとして今に至る。


これを人に話すと気の毒に思われることもあるが、店主はまったく気にしていなかった。

自分のやりたいこと、やるべきことがハッキリしていたからだ。

そういう芯の強いところが客から彼女への信頼に繋がっている。


もっとも、見た目はちんちくりんなので危なっかしく見えるところはあるが。

そういうわけで今、この店は「シエリアの店」と呼ばれたり「トラブル・ブレイカー」で通ることもある。


ボンモール雑貨店だったころからのお得意さまもいるが、シエリアに愛着をもってほとんどが店を彼女の名で呼んだ。

トラブルブレイカーのほうはウワサで流れるアングラみた呼び名だ。

そのため、ワケアリの駆け込み寺として聞き付けてやってくる客も少なくない。


なんじ、客を拒こばむことなかれ」


その祖父のモットーを受け継いでシェリアの店は続いていた。

ただし、言うまでもなく違法な案件や犯罪に関わるもの。

それに悪意のあるもの、自分や他人に危害を及ぼすものはお断りである。


治安がいいので今までそういうやからは来たことがない。

だが、緊急時のためにこの雑貨店にはシェルターがついている。

カウンター内側のスイッチを押すと店全体が地下室になるのだ。


並大抵の攻撃でこれが破られることはない。

もちろん品物の盗難も防げる。

雑貨屋にしては十分すぎる防衛力を有していた。

もっとも、今まで使った試しがないが。


シエリアは朝の開店時間に向けて店先の掃除を始めた。

これは彼女の日課だ。

淡いピンクのミディアムのウェーブを揺らし、ゆったりとした服をはためかせて朝の空気を吸う。

そんな服のためか、彼女のスタイルが良いのか悪いのかは謎のうちの1つだった。


雑貨店は日の当たらない路地裏にあるので、昼間でも薄暗い。

そのため、店先には小さなランタンが灯してあった。

それが余計にアングラ感を加速させている。


「あー、シエリアちゃん。おはよう」


目にかかった髪をかきあげて店主は声の方を向いた。


「あ、ナギおばさん。おはようございます。喉のどの具合はどうですか?」


恰幅かっぷくのいい中年女性は買い物かご片手に手をひらひらと振った。


「あ~、シエリアちゃんありがとう。この間もらった甘かんアリの蜜みつのノドアメ、よ~く効いてねぇ。はい。これお代ね」


アリの作るみつを採取し、煮詰につめた特製品だ。

この雑貨店は既存の品物も売っているが、それらを組み合わせた特製商品の評判が高い。


今度は細身の婦人が同じく買い物かご片手にやってきた。


「あ、トルポさん。おはようございます」


トルポは先に来ていたナギに挨拶あいさつした。2人は顔馴染かおなじみなのだ。

細身なトルポがシェリアに尋ねた。


「シエリアちゃん。たまたま高級魚のフォンザールをもらったのですけれど、どうやって料理したらいいのかわかりませんの」


フォンザールは2mを超える淡水魚だが、体長30cmほどの大きさが一番おいしいと言われている。

トルポが聞いたのは調理法であって、もはや雑貨屋の扱う範疇はんちゅうを超えていた。

だが、すぐに店主は答えを返した。


「えーと、フォンザールは普通に食べると身が固いんです。それと、意外と淡白なので強めの味付け……香草こうそうを添えて甘露煮かんろにとかにするのがオススメですよ」


掃除をしていた少女はホウキを置いて店の中の棚たなをあさりはじめた。

すぐに彼女はカウンターに枯れ木のようなオザの香草を置いた。

この干し草は味気ないものと煮る。

すると具材に合わせて塩味と香ばしさが加わるのだ。


続けてあめ玉ほどの真っ赤なキューブをコロコロといくつか追加した。


「最初に香草を入れて風味がついたらこの即席キューブを溶かして煮込んでください。このメーカーのくつくつ煮シリーズは美味しいですよ!」


趣味は実益を兼ねると言うが、シエリア場合はそれを体現していた。

料理人が意見を聞きに来て、食材を買っていくこともままある。

調理法に困っていた婦人は笑いながら具材を買い込んでいった。


今度は子供の声がする。やってきたのは幼い男子2人に女子1人だった。


「シエリアねーちゃーん。駄菓子だがし見せて!!」


「今日はなに食うかな~!!」


「わたしは甘いものがいいな~!!」


彼らに雑貨屋はにっこりと微笑みかけた。


「はいはい。いま出してくるからね」


そういうとシェリアは細かく区切られたキャスター付きの棚を取り出してきた。

異様なまでに駄菓子だがしの品揃えがいい。


これは亡き祖父、ボンモールのこだわりであった。


「わーい!! おかしおかし!!」


「オレ、今日は50シェールしか持ってないわ」


「むだづかいするからだよ~」


店先の人々に笑いが起こった。

先日のように緊急の来客もあるが、毎日それが続くわけではない。

ただ、それなりに裏の仕事があるのも事実だ。

現に多くの人の難題を親身になって解決したりしているわけであるし。


この店がもしもの時の駆け込み寺と言われているのを、店の主あるじであるシェリアが知らないはずはなかった。

ただ、トラブル・ブレイカーという二つ名までつくのは買いかぶりで、過大評価だと彼女は思っている。

今までもギリギリでやってているし、負け無しで大きな失敗がないのは運としか言いようがなかった。


だからシェリアはそんな自分に頼りすぎるのも考えものだと感じるのである。

ウワサとは違い、平時は街の雑貨屋に過ぎない。

普段はこうして市民の憩いの場になったりもするお店なのである。


それでもシェリアの度胸と根性、そして底力にすがって来る者は多い。

実態とウワサ。乖離かいりしているようで乖離かいりしていない。

それでも成り立っている事がシェリアの店の不思議なところだ。


少女は手が空いたのでそんなことをぼんやり考えながらエリキシーゼ・バーをなめた。


「あっ、いつつつ!! べろが、ベロがくっついて!!」


……私は密かにトラブル・ブレイカーとか呼ばれてるらしいです。

どうかんがえても大げさな呼び名だと思うんですが……。

ちょっと考えてみたけど、ベロがヒリヒリしてやる気がなくなってしまいました……というお話でした。

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