第7話
「おほほおほ。『部員が足りないので試合は無効ですわ。おゲーム部は廃部ですわよ』などと言う無粋な方と私の事をお思いでして? 実力さえ見せてくれれば私は部を認めますわ。助っ人を許可しますの」
次の日の朝。メールを使って生徒会長に助っ人を頼んでもいいのか聞いてみた。すると、彼女はあっさりと許可を出してくれたのだ。どうやら、生徒会長は実力主義な人らしい。
……まあ、そんなことはどうでもいい。助っ人がありなら、僕にも考えがある。上手くいけば、楓に協力してもらえるかもしれない。
僕は、8時に学校へ到着するように少し早めに家を出る。そして、朝練が行われている弓道場へと向かう。そこには、すでに多くのギャラリーが集まっていた。みんな、楓の技を見に来ているようだ。
楓は既に弓を構えていた。目標に向けて、狙いを定めているはず……なのだが、的が見えない。どういうことなのだろうか?
的がないのにもかかわらず、彼女は矢を放つ。放たれた矢は一直線に飛んでいき、壁に当たって跳ね返る。……一体何をしたのだろうか。周囲も困惑しているようで、ざわついている。
「どうやら、成功したみたいです」
楓は笑顔を浮かべている。……成功って、何のことだろう。彼女の言葉の意味が分からず、首を傾げてしまう。周囲にいる弓道部員やその他の学生も同じような反応をしている。だが、しばらくすると大きな声が聞こえてきた。
「……み、皆さん。こちらを見て下さい」
弓道着に身を包んだ女子生徒が、何かを手に持っている状態でこちらにやって来た。……それを見た時、僕は驚愕してしまう。周囲の人たちも驚いているようだ。
「弓掛さんが、射抜いたものになります」
「嘘、でしょ?」
彼女が手に持っていたものは、真っ二つに割れたとても小さな玉。1cm以下の大きさしかない。いわゆる、BB弾と呼ばれるものだ。あれほど小さいものを的に命中させたというのか。……とても信じられない。
弓道部員たちは驚きつつも、すぐに練習へと戻る。そんな中、僕は呆然と立ち尽くしていた。本当に、あの距離からこんな小さな的に当てられるなんて。しかも、それをやってのけた本人は平然として笑っている。彼女にとっては簡単なことだったらしい。……これが、楓の力。
研ぎ澄まされた、正確な弓使い。もし仲間にできれば、とても心強いアーチャーとして活躍してくれるだろう。僕と彼女が力を合わせれば、ゲーム部をDWO大会優勝に導くことができるかもしれない。……そう、勝利のためには彼女の力が必要だ。だから僕は勧誘する。それだけだから。
弓道部の様子を確認した僕は、楓を待ち伏せるため建物から出てすぐ近くのベンチに座る。しばらく経ち、弓道場から楓が出てきた。待ち構えていた僕を見て、不思議そうな表情をする。そして、首を傾げた。
「……何か、用ですか?」
「楓に、頼みたいことがある」
僕の言葉を聞いて、少し警戒するような視線を送ってくる。……やっぱり、彼女との壁は相当大きくなってしまっているようだ。でも、ここで引くわけにはいかない。彼女を味方につけなければ、大会で優勝できないから。僕の真剣な眼差しに、何かを感じ取ったのだろう。楓は小さくため息をつく。
「……わかりました。話を聞きましょう」
「ありがとう、楓」
こうして、ようやく楓と話をすることができた。……こうして彼女と話すのは久しぶり。小学生の頃は毎日二人で話していたんだけれど。
弓道場から離れた場所で、僕は彼女に事情を説明する。僕たちが目指していること。そのために、どうしても必要なこと。それらを説明していくうちに、少しずつだけど分かってくれたようだ。
「……話は分かりました。要は、私に『ゲーム部の助っ人』をやってほしいということですね」
「そう」
「…………DWOの件に関しては、以前お断りしました。ですが、あの時は…………あ、いえ。何でもありません。えっと……」
彼女は何かを言いかけて、途中で口がつまってしまった。気にはなるけど、今はそのことを追求している場合ではない。とにかく、楓にゲーム部の助っ人になってほしいのだ。なので、用意していた秘策を使うことにする。
……頼み事には、対価が必要。それは、どの世界でも同じだ。金を貰いたいなら働かなければならないし、ゲームを買ってほしい時は親の手伝いをしなければならない。つまり、相手が満足できるであろう報酬を用意してお願いすればいいのだ。
僕はポケットからお金を取り出す。それを見た瞬間、楓は驚いたように目を見開く。当然の事。だって、10万円も入っているのだから。
「こ、これは?」
「お金」
「……どうしてこんな大金を?」
驚きながら、彼女は僕の顔とお金を見比べている。その様子はまるで小動物みたいで可愛らしい。……まあ、そんなことは置いといて。聞かれたのでお金の説明をする。
「ゲーム配信で、結構稼いでる。このくらい余裕」
「あなたが配信で稼いでることくらい知ってます。私が聞きたいのは、なぜ私にそれを見せたのかということです」
「……勝ち負け関係なく一試合ごとに10万。これで助っ人を引き受けてほしい。もちろん、出来るときだけで構わない」
僕が提示した金額を聞いた楓の目の色が変わる。助っ人になる事を考えてくれてるのだろうか、彼女は少しだけ思案顔になる。しかし、僕の考えは間違っていたようで、彼女の顔には眉間のしわが深く刻まれていく。一体どうしたのだろうか。
「あまりにも金額が多すぎます。……私が優秀だから、投資する価値があるという事ですか?」
「そう。それに、楓は弓道を本気で頑張ってる。だから、時間を使わせてしまう分、しっかりとした対価を用意するべきと思った。だから……」
「ふざけないでくださいっ!」
楓が大きな声を上げる。僕は驚いてしまい、体をビクッと震わせてしまう。周囲の人がこちらに視線を向けるが、気にせず彼女は言葉を紡ぐ。
怒りを抑えているような声色。いつも冷静な彼女が、ここまで感情をあらわにしているのは初めて見たかもしれない。……どうして急に怒ってしまったのだろうか?
「話はそれで終わりですか?」
冷たく言い放つ楓。僕は何も言えず、ただ黙ってうなずくことしかできなかった。すると、楓は深いため息をつく。
「そんなにお金があるのなら、隣の禍瑠徒学園に転校すれば良かったのでは。確か、まともなゲーム部があったはずです。……そちらの方が、DWOの大会に出るには良い環境だったでしょうね」
呆れ果てながら言い放ち、校舎へと向かって行く楓。僕は呆然としながらその後ろ姿を見ることしかできずにいた。……結局、彼女を引き留めることはできなかった。
朝礼5分前のチャイムが鳴り響いた。このままでは遅刻してしまうので、教室へと急ぐ。
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