第4話

 次の日。どのようにして部員を誘うか考えながら、学校へと向かって行く。……やっぱり、校内放送を利用するのは最後の手段にしたいな。さすがに恥ずかしいし。かといって一年生の教室の前で声掛けするのもつらい。まずは、同じクラスの子に勧誘を手伝ってもらうのが先か。


 僕が色々と考えていると、後ろの方で声が聞こえてきた。


「レイちゃん、おはよう!」


 振り返ってみると、そこには水瀬さんがいた。彼女は笑顔で僕を見つめ、話を始めた


「ねぇ、聞いてよ。最近の新作アニメ『星屑のきらめき』がすごく面白くてね、見終わった後も何回も見直すほどなの。でもね、陸上部の人たちは誰も『星屑のきらめき』を見てないの。それどころか、アニメをあまり見ないみたい。私は部活の仲間とアニメを語り合いたいのに。……文化部の人たちはアニメを良く見ているのに」

「ふーん、そうなんだ」


 どうやら、彼女はアニメの話をしたいみたい。


「レイちゃんの好きなアニメは?」

「え? ……ええっと、話題になってた『つんでれフレンド』って奴を見たことある。何も考えずに見れてよかった」

「うん、あれ面白いよね。まさに美少女だけの楽園って感じで。軽い感じに見えて、奥深い設定だから考察しがいがあって最高なんだ。話題になってくれたおかげで陸上部の子たちでも見てる人がいたみたいで、いろいろと話が出来て楽しかったなぁ」

「『つんでれフレンド』に深い設定なんてあったんだ……」


 水瀬さんはとても嬉しそうに笑う。……水瀬さんってアニメが好きなんだ。ちょっと意外。人は見かけによらないのかもしれない。


「そういえば、レイちゃん普段は無表情だけどさっき深刻な表情をしてた。何かあったの?」


 水瀬さんは僕の様子がおかしいことに気づき、心配そうにこちらを見る。……そうだ、水瀬さんに勧誘を手伝って貰おう。僕は水瀬さんに事情を説明する。すると、彼女は真剣に考え始める。しばらく考えた後、水瀬さんは口を開いた。


「ゲームの大会に出るためにはゲーム部が必要で、ゲーム部の廃部を防ぐためにはメンバーが必要なんだね。……よし! 私に任せなさい!」

「本当?」

「うん、私が一肌脱ぐわ。レイちゃんの力になりたい」


 水瀬さんが胸を張って、自信満々に宣言する。…………だが。


「あーでも確か、ビラは誰にも受け取ってもらえなかったんだよね。どうしよっか?」


 そう、普通の勧誘方法では誰にも興味を持ってもらえなかった。その為、何か特別な方法を考えないといけない。


「ゲームが好きそうな1年生に興味を持ってもらえればいいんだよね。ゲーム好きってことは多分アニメとかも好きだろうし…………あっ、そうだ!」


 水瀬さんはポンッと手を叩く。そして、僕に話しかける。


「アニソンを演奏すればいいんだよ。確か、一年生の教室へ向かうためには音楽室を通らなければいけないはず。もしそこから聞き覚えのあるアニメソングが聞こえてきたら、思わず立ち止まっちゃうと思うの。そこでレイちゃんがアニソンにつられた一年生に声をかければ、ゲーム部に入ってくれるかも」


 彼女は名案だと言わんばかりにニコニコしながら、説明をする。


「…………誰が、演奏するの?」

「あっ、そうか。ピアノ弾ける人が必要かぁ……」


 水瀬さんはこちらを見て苦笑いをした。


「ごめん、私ピアノ弾けないんだ。レイちゃんは?」

「僕はピアノを弾けるけど、アニソンをあまり知らない」

「それじゃあ、『つんでれフレンド』の主題歌『ようこそマイドリームハウスへ』は?」

「……サビしか覚えてない」


 見てたのはずっと昔だし、一クール分しかアニメを見ていないからサビ以外のリズムを覚えていないのだ。


「じゃあ、サビを繰り返して演奏してみればいいんじゃない? 耳に残りやすいメロディーだからみんな足を止めてくれるはずだよ」

「なるほど」


 確かにその方法は効果的かもしれない。実際に僕が聞いた時も、耳に残ったから。


「後は、宣伝のためのキャッチ―なフレーズが必要だね」

「そんなの思いつかない」

「大丈夫だよ。学校に着くまでの間に適当に考えておけば」

「そんな、適当な……」


 水瀬さんが僕に笑顔を向け、無茶苦茶なことを言ってくる。……本当にできるのか、不安。




 学校にたどり着いた僕たちは早速音楽室へと向かう。中に入ると、音楽室特有の匂いがした。中は誰もおらず、しんとしている。とりあえず、ピアノが置かれている場所まで移動。そして、『つんでれフレンド』の主題歌のサビに合わせてDWOのCMで使われたキャッチコピーを連呼していく。


「リアルな、感触~最新のVR凄すぎる~ リアルな、感触~最新のVR凄すぎる~ リアルな、感触~最新のVR凄すぎる~」


 僕と水瀬さんの声が響く。……うう、恥ずかしい。もっとまともなフレーズにすればよかった。隣にいる水瀬さんを見ると、彼女も顔を赤くして俯いている。


「……なんか、凄くハズイ」

「同感」

 

 しばらくすると、廊下の方から音が聞こえてきた。誰かが曲につられて音楽室へと近づいてきているようだ。僕と水瀬さんは顔を見合わせ、互いにうなずくとドアの前に立つ。水瀬さんがゆっくりと扉を開く。すると、一人の女子生徒が立っていた。彼女はワクワクした表情でこちらを見つめ、口を開いた。


「あの、今の曲『つんでれフレンド』の主題歌『ようこそマイドリームハウスへ』ですよねっ! 私大好きなんですよ。しかも歌詞はDWOの公式キャッチコピーですし。まさかここでこの組み合わせで聞けるとは思わなかったので、感動しました!」


 彼女は興奮気味に早口でまくしたてる。えっと、これはもしかしたら……。


「僕は、DWOの配信者。これを見て」


 自分の動画サイトのチャンネルを見せ、自分が人気のあるDWO配信者であることを彼女に伝える。すると、彼女は目を大きく見開き、僕の手を握った。


「ええええええ!? あの『雪撃の剣姫』のレイさんですかぁぁぁぁぁぁぁ」

「その呼び方は止めて?」


 どうやら彼女は僕の事を知っていたようだ。それなら話は早い。僕に興味を持ってもらえただろうし、ゲーム部に誘ってみることにする。


「僕はゲーム部で活動している。良かったら、入らない?」

「……申し出は嬉しいんですけれど、私はもう友達と一緒に家庭科部に入るって決めちゃったんです。もう少し早く紹介していただければゲーム部に入れたんですけど。ごめんなさい」


 申し訳なさそうに頭を下げる少女。……今は部活動勧誘期間のラストスパート。既に部活を決めてしまった子も少なくない。だから、勧誘の難易度はかなり高くなってしまっている。


「そう。残念」

「すみません」


 そう言って彼女は去って行った。


「ドンマイ、レイちゃん。まだチャンスはあるよ」


 水瀬さんが肩に手を置いて励ましてくれる。……ありがとう。


「うん」


 気を取り直して、次の一年生を探すことにした。……だけど、結果は似たようなものだった。せっかく興味を持ってもらっても、既に部活を決めてしまっていたようで断られてしまう。


 その後も、何度も挑戦するも上手くいかない。結局、関心を引くだけで勧誘まで至らなかった。やがて、朝礼の5分前を知らせるチャイムが鳴る。


「チャイム、鳴っちゃったね」

「うん」


 移動の時間を考えたら今すぐ教室へ向かわないと間に合わない。演奏を止めて、立ち上がろうとする。その時だった。


「……えっと、あの。その……高橋ですが……」


 おどおどとした様子の少年が音楽室に入ってくる。髪が長く、眼鏡をかけた大人しそうな子だ。彼は僕たちを見つけると、駆け寄ってきた。

僕は彼に話しかける。


「どうしたの?」

「えっと、その。先輩達ずっとゲーム部の部員を探していましたよね。来週の戦いに向けて」


 そう言うと、彼―――高橋君は僕たちに話しかけてきた。


「もしかして、入部希望者?」


 水瀬さんの言葉に、高橋は小さくうなずいた。


「あっ、あの。王様やらせてください。あ、いえ、違うんです。空いていたらでいいんです。チームにキングが居ないなら僕をキングとして起用してください。その、僕、あんまり強くないですけど。……でも、頑張ります」


 非常にテンパりながら、なんとか言葉をつなげようとする高橋。……喋るのがあんまり上手くないのかな?


「要するに?」

「……キング役でいいのなら入部させてください」


 水瀬さんの問いに答えるように、弱々しい声で返事をする。……キング役はDWOのPVPにおいて、とても重要な役割を果たしている。元々のステータスが高い上に、自陣最後方にあるキングエリア内にいる場合すべての能力が2倍になる。ただし、キングがやられた場合は全味方の攻撃力が半減してしまうというデメリットもある。その為、迂闊に前に出ることが出来ない役だ。


 本来ならば、キング役は信頼できるチームメンバーに任せるのが一番なのだが、僕たちのゲーム部は部員不足。圧倒的に戦力が足りない。積極的に戦いに参加できないキングを初心者に任せるのは案外いい作戦かも。


「それじゃ、キング役お願い」

「は、はい。よろしくお願いします!」

「……どうして高橋君はそんなにキングにこだわってるの?」


 水瀬さんが不思議そうに首をかしげる。確かにそうだね。理由があるのかもしれない。すると、彼は恥ずかしげに頬をかきながら答えた。


「僕は学校では目立たない……というか、まだ1年生の5月なのに悪目立ちしてしまっています。勉強も運動も出来ないし、顔も地味だし、友達も少ないし。……だから、ゲームだけでも大活躍したいんです。キングなら、活躍できるはずだから」


 なるほど……。彼は自分のコンプレックスから、せめてゲームの中で目立てる存在になりたいと考えているのだろう。


「そっか。応援してる」

「うん。一緒に頑張ろう」


 水瀬さんは元気づけるように彼の背中を叩き、僕もそれに続く。……こうして、ようやく部員を確保できたのであった。

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