第8話 闇の存在

 たくさんおしゃべりをし、3人は笑い合う。楽しい時間はすぐに過ぎるもので、時計の針が8時を回ろうとし、窓の外が暗くなっていた。

「帰りましょうか」ソラの提案に、「そうだな」とハルがうなずき、図書室の電気を消す。

 3人はうす暗い廊下を歩いた。

「パパ、フレアさん。今日はありがとう。また話そうね」

「ああ」

「そうね」

 廊下の先から、黒い風が吹いてくる。それがソラの肌を撫で、虫が這うような不快さが伝わった。

「止まって!」

「なんだ?」

 状況を理解しないハルは呑気だ。

「闇を感じる」

「闇⁉ どこから?」

「正面」

「……本当だ」マヒルも気づく。

 魔法の才がないハルには分からないが、ソラとマヒルの目には闇が映っていた。黒い煙が風に乗り、前方から漂ってきている。

「どうして闇が?」マヒルは不安そうだ。

「闇を放つ何かがいる。どうする? 逃げるか、行くか」

 ソラが出した選択肢に対し、ハルはあいまいに答える。

「じゃあ……行ってみるか?」

 バッグをその場に置き、3人は黒い煙を辿った。

 廊下の先に広がる暗闇。

 その向こうに何が待っているのか?

 殺人現場を見てしまいそうな死の予感が、ハルに恐怖を与える。

「ねえ、なにしてるの?」ソラが足を止める。

「え、なにって?」

「うん」とソラが手を持ち上げると、ハルの手がくっついてきた。

「ああ、ごめん⁉」

 慌てて、手を離す。間違えて握ってしまった。

「恐いの?」

「そんなことないぞ」

「パパ。恐いなら、わたしが手、握ってあげるね」

 笑顔のマヒルが、ハルの手を握る。

「……ああ、離れたら危ないからな」

(かわいい!)

 マヒルの体温に焼かれ、ハルは顔を赤くした。



 歩いていると、目の前に階段が現れた。階段の下から、黒い煙が登ってきている。

「私が先に行くから、ついてきて」

「分かった」

「うん」

 ソラが階段を降り、そのあとにハルとマヒルが続く。

 空気が冷たく、足音がうるさく聞こえるほど、辺りは静か。深淵に落ちていく気がして、胸のうちがギュッと歪み、マヒルの手を強く握る。


 階段を降り終え、2階の廊下にやってきた。

「こっち」

「ああ」

 闇を辿って歩き、「あそこね」とソラが足を止める。

 10メートルほど先に扉の開いた教室があり、そこから黒い煙があふれていた。間違いなく、闇の発生源。

 緊張を紛らわすため、ハハ、とハルが笑う。

「すごいな」

 扉からあふれる闇は、誰もが視覚できるほど、強力なものだ。

「あれ? ……俺たちの教室じゃないか⁉」

「そうみたいね」

 闇の発生源――よく見るとそこは、二人が所属する2年6組の教室。

「教室に何がいるんだ?」

「敵がいると考えて、慎重に行きましょう」

「ポネ、ここにいてくれ」

「え……うん」不満そうにマヒルはうなずく。

 繋いだ手を離し、ハルとソラは足を進めた。教室の手前で止まり、ソラが素早く移動する。開いた扉の右側にソラがつき、左側にハルがつく。

 二人はうなずき合い、教室を覗いた。

 教室――月明かりだけのうす暗い空間、窓の近くに人が立っていて、後ろ姿が見える。身長170前後、肩の形からして男。男は体から闇を放ち、全身を黒い煙で包んでいる。

 気配を感じたのか、男が振り向く。すると闇の顔に血色の目が光っていて、悪魔を思わせた。

(なんだ、こいつ……)

 心臓が跳ね、視界が暗闇に侵食される。ハルは表情をふるわせ、後ずさる。

「なにしてるの?」

 小声でソラが注意するも遅い。扉の影から出たハルを、血色の目が捉えた。

「ガアア!」

 男がジャンプし、並ぶ机を越え、ハルに飛びかかる。

「うわ」自分の体が宙に浮き、ハルはおどろく。タックルする形でハルを持ち上げ、ソラが走っていた。

 飛びかかりを失敗し、男は廊下に着地する。

「早く立って」ソラが、ハルをおろす。

「パパ」マヒルが駆け寄ってくる。

 3人は、男と6メートルの距離を開け、向かい合った。

「ガウウ」男が身を低くする。

 全身を闇で包んでいるため、正体は分からないが、指先で爪が尖り、呻き方が獣だ。

「私が戦う」ソラが前に出てかまえた。

 男とソラ――二人の目が合う。

 空気が緊張し、お互い動かない。

 それは突然だった。

「グガガガガ!」

 男が頭を抱え、暴れだし、バン! と壁に背中をぶつけた。

「なに?」

「グアアアア!」

 男がジャンプし、窓ガラスを割って外に飛びだす。

 ソラは急いで、窓に駆け寄った。

「……逃げたの?」

 夜の暗闇に紛れ、男の姿はなかった。

 とりあえずの危険が去りソラが振り向くと、「パパ……どうしたの?」とマヒルが心配そうに、ハルの袖口を引っぱっていた。心ここにあらずの様子で、ハルが瞳を揺らしている。

「……え⁉ ああ、なんでもない」

 我に返ると、ハルはわざとらしく「ハハハ」と笑う。



 **********



 そんなハルを見て、

(これは……)

 ソラは疑念を覚えた。



 **********



 ソラとの戦闘を避け、男は校庭の端――草木の植えてあるエリアにやってきた。W型の赤い口を開け、天に向かって叫ぶ。

「もう少しでスーパームーンだな!」

 静かな光を放つ、少し欠けた月が、夜空に浮いている。

 体を包んでいた闇が風で飛び、男が人間の姿に戻る。男はひざを落とし、地面に手をつけ、

(対策しなくては……)

 苦悩で表情を歪めた。

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