第2話 勇者

 前世。

 ここは山々が並ぶ自然豊かな大地。世界で最も大きな山がある場所として有名だ。

 だが一方で、道に迷い、もしくはモンスターにおそわれ、命を落とす危険地帯としても知られている。

 そんな美しくも恐ろしい場所に、腰に剣をさす二人の青年がいた。

 セロニカとフレアだ。二人は馬に乗り、森の中の道を走っている。

 ふと、太陽の光が木々を抜け、地面を照らす。

「晴れたな」セロニカが空を見上げた。

 セロニカは黒髪の青年で、特徴のない顔立ちをしているが、目の形が丸っぽく、幼い印象を与える。瞳の色は水に近いブルー。くせっ毛のせいで髪が少し跳ね、白いティーシャツを腕まくりしていた。

「そのようだ」フレアが言葉を返す。

 金色の髪、青い目、整った容姿、それがフレアだ。フレアは頭の良い男で、冷静な判断力と豊富な知識を備えている。性格はまじめで、銀色の鎧を装備し、全身を守っていた。


 セロニカとフレアは馬を走らせ続けた。

 やがて森を抜け、高い丘の上にでる。音が聞こえるほど風が強く、目の前が崖になっていて、山々を見渡せる視界の広い場所だ。

「なんだ、あの山?」

 緑の大地に、特に大きな山がある。横幅が広く、きれいな三角形、頂上が雲を貫いている。

「あれがアルプスだよ。でも、おかしいな」

 あごに手を当て、フレアが考える。

 世界で一番高い山、アルプス。その頂上を隠す雲、周辺の空が黒く変色していた。

「闇だよな? あれ?」

 セロニカの声に、フレアがうなずく。

「アルプスの頂上には王者がいると聞く。なにかあったのかも知れない」

 丘の上から見える、アルプスのふもとの小さな村。そこを目指し、馬を走らせる。


 村につくと、自然に囲まれた土地に、木で作られた簡単な家が並んでいた。住民の姿はなく、辺りは静かだ。

「ポネ、待っててくれ」

 セロニカに首をなでられ、

「くぅーん」

 とうれしそうにポネが鳴く。

 ポネはセロニカの愛馬。栗色の毛に黒い立て髪の女の子で、目が丸く、口の周りが白い。

「ポネと仲良くね」フレアも自分の馬をなでる。


 二人は村を歩き、ひときわ立派な家の扉をノックした。

「なにか、ご用でしょうか?」扉が開き、杖をつく老人が現れた。

 ていねいな口調でフレアが答える。

「僕たちは旅の者です。アルプスについて話を聞きたく、訪ねたのですが」

「そうですか。私はこの村の村長です。残念ですが、いまは近づかない方がいい……うう……」

 カタン、と杖が落ちる。苦しそうに胸を抑え、村長がひざをついた。

「大丈夫ですか?」慌てて、フレアが老人の背をさする。

 セロニカは「じいさん、病気か?」と杖を拾い、村長に手渡した。

「ありがとうございます」村長が立ち上がる。「……闇を吸ったせいで心臓を悪くしまして」

「そうでしたか。詳しい話を聞かせてください。闇のことなら、僕たちで対処できるはずです」

「お二人は剣士のようですが……」

 セロニカとフレアが腰にそえる剣。それを値踏みし、村長は言葉を続けた。

「あの山の頂上には、王者がいるのです」

 全員の目がアルプスに向く。闇の空が見え、雷が落ちてきそうだ。

「2カ月ほど前、王者同士の決闘がおこなわれました。結果、100年以上、君臨した王が敗れ、闇の暴君が誕生したのです。暴君による支配で空は変色し、風に乗ってくる闇が災害となりました。アルプスは最も高き山。頂上にいるのは絶対の王者です。まだ若いのですから、命を落とすこともないでしょう」

「アルプスの絶対王者……」フレアがあごに手を当てる。

 最強の存在は? 

 そんな問いをすれば、必然的に名のあがる強さの象徴、王者。

「セロニカ、今回は強敵になると思う」

「セロニカと言いましたか⁉」村長が目を開く。

「なんだ? 急に」

「セロニカとは、あの勇者、セロニカ・ハングレットなのでは?」

 興奮した村長に詰め寄られ、「周りが勝手に言ってるだけだよ」と身を引くセロニカ。

「村長、セロニカを知っているのですか?」

「はい。吟遊詩人が詠ってくれました。魔王を倒し、世界に春をもたらした勇者、セロニカ・ハングレットの歌を。どうかお願いです。この村を救ってくれませんか?」

 懇願する村長に対し、セロニカは笑みを浮かべ、

「任せろ、じいさん。俺が王者を倒してやる」

 と自分を親指でさした。






 王者を倒すため、セロニカとフレアは山を登り、登山用に整備された道を走った……のだが……


「おまえ、つかれないのか?」

 はあ、はあ、と息を荒くしたセロニカがひざに手をつく。

 季節は夏。太陽の熱が肌を焼き、体力の消耗が激しかった。

「これぐらいなら問題ないよ。もう少しで湖がある。そこで休もうか?」

「ああ、そうしよう」


 木々に囲まれた、影のある小さな湖。水底が見えるほどに透明度が高く、尾ヒレの青い魚が泳いでいた。

 フレアが手のひらを正面に向け――数秒後、空中に黒い裂け目ができ、革の水筒2個とパンが出てくる。道具を収納する次元魔法だ。

 ベンチに座り、パンを食べながら、二人は湖をながめた。

「きれいだな」とセロニカ。

「自然の癒しは良いものだ」

 心地のよい風が吹き、水面が波打つ。映っていた木々がモザイク状に揺れ、森林の香りが深呼吸を誘う。




 休憩を終え、山登りを再開するが、道が整備されているのは湖まで。二人は獣道をゆく。草木が進行の邪魔をし、羽虫が顔にくっついてくる。

 やがて――温度が下がっていき、森林限界を超えたのか、背の低い雑草だけになった。足場が固く、サイズの不揃いな石のせいで走りづらい。

「セロニカ、転ばないよう気をつけて」

「俺は子供じゃないぞ?」

 太陽が雲に隠れ、雨が降りそうな空に変わる。大きな岩が目立つようになり、20メートルを超えるであろう石の柱が、行く手にそびえ立った。

 柱を迂回すると――


「なんだ?」

 前方、少し遠くに異変が見えた。

「行ってみよう」

 異変に近づき、目の前で足を止める。隕石が落下したクレーターのように、地面が大きくへこんでいた。

「なにがあったんだ?」

「これが、王者の戦いだよ」

 巨人が殴り合ったと思えるほど、砕けた岩がそこら中に転がり、大地が削れている。

「セロニカ、何度も言うようだが、王者は最強の存在。攻撃を受ければ、死ぬことになる」

「ああ、そうみたいだな」

 一体、どんな怪物が、これほど山を破壊できるのか? セロニカの中で、王者の姿が強大さを増す。


 さらに進むと、雲の中に突入し、周囲に黒い煙――闇が漂い始めた。

「浄化するか?」セロニカが腰の剣を抜こうとする。

「いや、頂上が近い。静かに走ろう」

 口を抑え、一気に駆ける。雲を抜けると、今度は霧のせいで視界が悪かった。二人は慎重に前進し……



 山頂に到着する。山頂は平らで円状になっており、闘技場を思わせた。闘技場の中心、固い石の地面に王者は眠っている。

 二人は岩に隠れ、王の姿を拝む。

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