炎風吹きすさぶ外伝・鉄壁と獄炎
dobby boy
第1話 決行の勅発当日夜
勅発を止められなかった。どうする。あれが始まってしまう。
さざ波が立つ心とは裏腹に、足場の悪い山中を月明りだけを頼りに危なげなく歩き続ける。
あれを止めるにはどうすればいいのか。
答えの出ない問を繰り返しながら、目的の地蔵の祠に辿り着いた男は、懐からスキャナを取り出し操作をする。
一人では無理だ。共に動くものがあと一人。誰だ。可能性があるのはあいつだが、違っていれば命取りだ。
思索を巡らせながら、地蔵ポータル※1をキャプチャ※2し、2km離れた神社と1km離れた公園にリンク※3を張ってCF※4を作る。
俺のカードをあいつに晒すか、それとも、、
その時、思索の糸が途切れる。作ったばかりのCFに攻撃を受けていることに気付いたのだ。神社に対する攻撃を受けている。懐から三台のスキャナを取り出し、手元の一台と合わせて四台のスキャナを使ったリチャージ※5を始める。
大抵の攻撃は、これで防ぐ。あまりにも強力なリチャージに、敵エージェントが”鉄壁”と呼ぶ防御だ。
だが、防御できず焼き切られる※6。攻撃者のエージェント名を見て納得する。
"huzed"、こいつとは、過去に何度かやりあっている。こいつに対しては、”鉄壁”の防御が通用しない。味方エージェントから”獄炎”と呼ばれていることは知っている。
一体どういうやつなのか。どういう業を使うのか、以前から気になっていた。
待ってみるか。
奴は、もう一つの公園も焼いて、ここにも来るはずだ。ここでやつが焼き始めたら、リチャだけでなくわんこ※7も駆使した俺の本当の防御を味合わせてやる。それで、どちらが勝つか勝負するのも面白い。勝負に身を任せて、ひと時この悩みを忘れるのも一興かもしれん。一時の現実逃避にしてもだ。どうせ、最適解がでるとも思えん。逆にこの勝負にインスピレーションが得られることを祈るか。
ふふん、この俺が神頼りとは。いよいよ進退窮まったか。
公園への攻撃を見ながら、相手がここに到着する時刻を算出する。5分といったところか。
祠の裏手に生える巨大な楠の大木の影に潜み、楠と同化するように気配を消した。
あるかなしかの僅かな気配を捉える。来ることを予期していたから捉えられたが、通常だったら見逃している。
こいつは、只者じゃない。おもしれえ。
来た。強烈な攻撃だ。本当に一人か。三人の攻撃を防御した時でも、ここまでの威力は無かった。ギリギリだ。リチャとわんこを使って、ギリギリ相殺出来ている。
ん。攻撃が止んだ。諦めたのか?いや、そんなたまか?
く、第二波か。。こいつは、さっきと桁違いの威力。防げん。。
白化され、キャプチャされた。
負けたか。だが、悪くない。不思議な気分だ。
その時、唐突に祠の前に立つ男が静かに声を発した。
「いるんだろ。鉄壁のvahoho。出て来てくれるかい。今日は、あんたと会いたい気分なんだよ」
その声を聞いた瞬間、二時間前の勅発直前のやり取りが脳裏に蘇る。そういうことか。奴だったのか。これを偶然と呼んでいいのか。警戒すべきことなのかもしれん。だが。。
「お前が、獄炎のhuzedだったのか。火よ」
楠の大木の後方から姿を晒したvahohoが、バリトンボイスで語りかける。
「あんた、金か。
あんたが、鉄壁のvahoho。。
なるほど、あの常軌を逸した防御は、あんたの四刀流を使ったものか。合点がいったよ」
「ああ、俺もお前の強力な攻撃の秘密が分かったよ。
あれは、火の家系に伝わる”灰塵重ね打ち”を応用したものだな。
だが、一つ教えてくれ。一度中断してからの攻撃の威力が倍化したのは何故だ? 」
「これだよ」
火は、二台のスキャナをvahohoに示した。
「ふふん、二台のスキャナを使った”灰塵重ね打ち”か。それは、防げんわけだ。
しかし、お前の四肢※8がそこまでの域に達していたとはな」
「以前あんたの業を見て、四刀とは言わんが、俺も二刀は使わんといかんと思ってな。鍛錬した。
ところで、あんたと話がしたいと思っていた。場所を変えんか」
「ちょうど、俺も同じことを考えていた」
決行の勅発当日夜、月下にて、鉄壁と呼ばれた金と獄炎と呼ばれた火が同じ表情を浮かべ、対面した。
※1.ポータル:本作の題材は、位置情報ゲーム「イングレス」である。「イングレス」では、現実世界に実在する建造物、モニュメント等に割り当てられた「ポータル」を奪い合う。
尚、「イングレス」のルールの詳細は、本編である「炎風吹きすさぶ ~最古の八騎士~」を参照。
※2.キャプチャ:中立化された白色のポータルをデプロイすることでポータルを所有すること。
※3.リンク:自陣営のポータルから他の自陣営のポータルに「リンク」|(線)を引くアクション。
※4.CF:三つのポータルをリンクで結んだ三角形。対象をCFで囲むことを、イングレス用語で「対象を沈める」と表現する。
※5.リチャージ:レゾネーターのダメージを回復することでポータルの破壊を防ぐ防御方法。略称はリチャ。
※6.焼き切られる:ポータルに配置されたレゾネーターを破壊し、ポータルを中立化することを、イングレス用語で「焼く」と表現する。
※7.わんこ:攻撃を受けているポータルで、レゾネーターが破壊されたら、即レゾネーターをデプロイし、シールドが破壊されたら、即シールドをデプロイし続けることで、ポータルの破壊を防ぐ防御方法。
食べて食べてもソバが追加される「わんこソバ」が語源とされる。
※8.四肢:人類が四足歩行から二足歩行に進化することにより、四本の足が、二本の腕と二本の足へと機能が変化した。
前足が腕へと変わる過程で、肩甲骨の柔軟性が失われる。
また、地面に平行であった上半身が垂直に変わることで、後ろ足を制御する腸骨の柔軟性も失われる。
肩甲骨、腸骨の柔軟性が無くなることにより、四足歩行時代より大幅に運動能力が減少した。
四肢は、訓練により肩甲骨、腸骨の柔軟性を高め、四足歩行時代の運動能力を獲得するための技術体系である。
戦国時代の日本の侍が、当時世界最強の戦士と呼ばれた理由は、四肢を会得していたためと言われる。
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