第79話 愉快犯

 キャンプファイヤーが燃え盛り始めてからというもの。


 衣類のほとんどを脱ぎ去った男子生徒達がキャンプファイヤーを囲むのを何ともいえない目で見守る結の姿があった。

 ただそれは結だけでなく、風紀副委員長の天野あまの嶺鹿れいかも死んだ魚のような目で眺める姿もあった。


 現場は知らない者が見れば混沌としているように見えたことだろう。実際衣服をほとんど身にまとっていない者が外に居れば普通、通報ものであるが…。


 今回は祭りであり、まぁ…言いにくいが毎年あることのようなので異常、という訳ではなかった。もはや異常じゃないことが異常なのではと思った自分は間違っていないはず…。



 とまぁそんなわけで、キャンプファイヤーに飛び込もうとしたら即刻風紀に回収してもらえるように、オレの雪でびっくりさせている間に風紀委員が回収するという連帯を考えた。

 因みに氷だと攻撃力が高いので雪なのである。


 雪も溶ければ水になる。なので炎系も少しは大人しくなるのだ。

 たまに焼け石に水な時もあるのだが…まぁそこはオレの妖力の多さをごり押しして行く感じだ。バケツ一杯どころか滝のように雪を流す事もできる。


 余すことなく妖力をバンバン使っていると、副委員長にドン引かれた。解せない。


 焼きそばも食べ終わり、既に近くのゴミ箱に諸々を捨てて氷で作り出した椅子も消した。完全犯罪できそうだな…。やらないけど。


 腹ごなしに立ち上がりキャンプファイヤーの周りを大回りに回り、不審な行動をとっている者が出てこないか見張る。消火器だけでなく、見張りも仕事の内だった。


 そんなことをしているうちに、森に小柄な生徒を連れて行こうとする複数人の生徒の姿を遠目に見つけ、跡を追う。


 何だか見覚えがある背格好だったのは気のせいか?

 と、思いながらも追いかけた。


 そうして追いついた先に居たのは――転校生一行だった。

 彼ももう転校してから何ヶ月か経ったので転校生と言うのも違和感があるか?…とにかく今考えることでないのは確かか。


 ソッと物陰に隠れて息を潜める。


 普段は人前に立つせいで存在感が大きいが、元々隠れながら暮らしていたのもあって隠れるのは得意だ。人前に立つ事が苦手なのはこれまで隠れてきたからというのもあるかもしれない。


「――だ?―――っ!?」


 揉めている…?

 とにかく殴り合いになったら止めるか。


 突っ込まなくていい問題にわざわざ首を突っ込みたくないというのもあった。それにオレに話し合いで揉め事を止めるなんて器用な真似は出来ない。出来るのは物理的(雪)阻止だけだ。


「…何で解けたんだろ?」


 その呟き声は転校生――国真大羅の声だった。


 …キャラ変でもしたのか?

 割と真面目に思う。

 何時もは無駄に大きい声で話すのを聞いていたからか、もしくは自身の耳に異常が起きているのかと疑った。


 まぁ優等生がキレて豹変したように感じるのと同じかもしれない。…いやこの転校生ほど優等生とは真反対な存在は居ないだろう。


「……何が目的であんな事をした?」


 久しく聞いていなかった真面目な声で話す林道。

 固い声ともいう。


「んー…強いて言うなら面白そうだったから!」


 にぱっと鬘の上からでも分かるぐらいに無邪気に笑う姿に、怯えるように会長と副会長の影に隠れる双子の庶務、双昏ふたくら兄弟。会計、貴鳥きとりはいつも緩く笑っている顔を無にして静かに国真を見ている。

 そして双昏兄弟の前で険しい顔をしているのが林道と副会長の天辺あまべ


 この中で唯一笑っている国真が狂っているように見えた。


 それを木の上から傍観して眺めるオレも大概かもしれないが…。

 因みに今のオレの格好は人間に変化へんげしている状態だ。やっぱり着物よりジャージの方が動きやすいので走っている途中で変化した。

 靴も運動靴で大変歩きやすい。里に居た頃は草履で暮らしていたのでこの運動靴に慣れるともう戻れなくなりそう。


 あはは‥暫く笑い転けた国真は「はーっ…」と落ち着けるように息を吐き出しニマニマと口元を歪めた。


「ホント簡単に堕ちてくれちゃって…滑稽だよね! あ、ネタ晴らしがお望み何だっけ? そうだな~…………教えない!」


 やはりニコニコと口元で笑みを浮かべ続ける国真は狂って見えた。悪戯っ子のような口振りで話す国真だが、これまでやってきたことは全くもって可愛くない。


 林道達はギリッ‥と奥歯を噛み締めた。



――それを木陰でこっそりと聞くオレは思っていた感じの会話で無いことに僅かながらに動揺していた。


 いやこれまで転校生君に夢中だったじゃん?

 というか祭りの時もイチャイチャ(?)…してただろ?

 オレの見間違いじゃないよね?


 となると修羅場…か?

 まるでそう…恋人だと思っていた相手が自分の金だけが目当てだったのか…!?――というシチュエーションのようだった。


 いや”みたい”、ってだけでそんな訳無いと思うけど。

 学生だしそんなドロドロしてない…と思いたいな。

 微妙に否定できないんだよ。あの5人共家は結構裕福らしいし。


 というかそう考えるとオレだけ家が…?

 いや、これ以上考えるのは止そう。


 …っとまぁ冗談はここまでにしておくとして、真面目に見ると、何時もと6人の様子が違うということだ。


 それに二人程足りない。

 何時もは生徒会役員5人に加えてもう二人。

 確か国真と同じクラスの生徒二人だったか?

 赤史の話に出てきた気がする。


 林道の発言から見るに転校生国真が何かを5人の誰か、または全員に何かをしたというのは、国真と林道の発言からして相違ない事が伺える。


 だが肝心の何かは5人にも解らず、また国真も答える気は無い…と。


 結局分かることは少ないな。

 国真、もしかしなくても愉快犯の可能性が出てきたし…。


 というか勝手に持ち場離れちゃったし怒られそうだな。

 ちゃんと謝ろう…。


「さ! もう話す事は無いかな? はもう眠いから帰るよ。じゃあね~」


 一方が緊迫した空気を漂わせる中。軽い声が空気を切った。


 嘘だろお前…。この空気を置いていく気か?

 遠慮せずに持って行ってくれてもいいんだよ?


 そしてそんな願いは当然届かずピリピリした空気を残して転校生(愉快犯)はどこぞへと去っていった。


 さて、と。オレも持ち場に戻るか…。


 と、門屋はおろさず、「おい」という声と共に引き止められた。


 5人が居る方向を見やると、林道が此方を向き、その後ろに隠れていた双子がシンクロした動きで此方を見ていた。

 残りの二人は何を言っているのだと懐疑的な目で林道を見ながらも視線を同じ方向に向けた。


 …どうやら居るのがバレていたようだ。

 流石山に住む天狗。気配には敏感か。双昏兄弟は狐だし不自然な音でも聞き分けたのかもしれないな。狐は聴覚が優れているのだし。


 バレたならしょうがない。

 中でも一番会いたくなかった声の大きい相手…といってもなんだか様子が違っていたが。国真が居なくなったので、幾分か彼らの前に出やすいか。


 そう思ってすたっと数メートルの高さはあった枝から飛び降りる。変化して運動靴になったお陰で足の痛みは無かった。それに体育祭の跳び箱に比べればなんてことはない。気をつけるのは地面が凸凹している事ぐらいだったので無事着地した。


 そうしてガサリ‥と茂みから顔を出すと、副会長と会計の二人が驚いた顔をした。…後は誰が居るのかまでは流石に分からなかったのか、双子までもが驚いた反応をしていた。


 …さて、何を話すのだろうか。

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