第76話 ひょっとこ面

「―…い!……結ー!」


 遠くから自分を呼ぶ声を聞いた気がして足を止めた。だが通行者の邪魔になるからと道の脇にはけると肩をつつかれた。


「……っ」


 振り返ると思ったよりも近くにあった顔に吃驚する。いつの間にそんな距離を詰められているとは思わず僅かに目を見開いた。


 そこにはひょっとこの面で顔を覆った生徒が一人佇んでいた。

 制服を着ているので生徒だろう。


 先ほど自分の名前を呼んだのは彼ではない…と、思う。

 声の主は大分大声で呼んでいる風だったし。そう考えると声が人混みにかき消されて聞こえたなら遠くに居たはずだ。


 要するに目の前のひょっとこの彼がオレの名前を呼びここまで来ることは出来ない。よっぽどの妖怪の特殊能力とかが無い限りは無理な筈。


 ということを僅か1.5秒で考え相手と向き合うように体ごと振り返る。


『…――』


 何かを言った相手に内心首を傾げる。確かに声が目の前から聞こえた筈だが何を言っているのかが分からない。


 まさか――妖怪?

 いや…まさかな。


 そして何か言った風のひょっとこ面を着けた彼は、オレの手首をパシリと掴み、返事も待たず引っ張るようにして進み始めた。

 歩きながら気づいた。不自然なぐらいに誰にもぶつからずに人混みの中を進んでいることに。まるで周囲が避けているような…見えていないかのような様子である。


 別に森の中に突っ切って行くという訳でもなく、ただ一直線に上へ上へと、社の方向に向かっているみたいだった。

 どこぞへ連れ込もうという訳では無さそうだ。


 これでも親衛対象。守られる側なので自衛はしっかりしなければならない。里ではオレはどちらかというと守る側だったがこの場所では守られる側だ。なるべく大人しくしておかなければな…。


 そうこうしている内にも社の前にある石段が見えてきた。

 どうやら本当に彼は社に連れてくるつもりだったらしい。


 いつの間にか彼はオレの手首を掴んでいた手を離しており、後ろを振り向くこともなく石段を登り始めた。

 オレはその後を無言で続く。


 石段は山道に沿って作られたからか斜面が急で、加えて凸凹していていつか誰かしら転がり落ちそうだなと思った。

 オレは体力は無い…が、バランス能力はあるので心配はあまりない。例え誰かに突き落とされたとしても体育祭の跳び箱の時の様にジャンプ力を駆使して生き延びるだろう。


 クッションとして雪を出すことも出来るが、片付けるのが面倒だな。そもそも校内で無闇矢鱈に能力を使うのは風紀に目を付けられるのと同義なのであまり使うことはない。

 今日の体育祭のように許可が出されたりすればOKだが。


 石段を登りきり息をつく。

 た、体力があまりにも脆弱…。


 数歩前にはひょっとこの面の彼がこちらを振り向いて立ち止まっている。待ってくれたのだろうか。


 ふーっ‥と最後に息をつき、また歩き始める。


 オレは別に病弱とかでは断じてない。

 ただ幼少期から外を出歩いていなかったから体力をつけるのも億劫になってしまっているだけだ。その代わりに妖力を増やしていただけのこと。


 姉は生まれもって妖力も多く、成長するにつれ優秀さを周囲に見せつけてきた。周囲はそれを喜び、時期長は決まった。

 いや――決まっていた。

 そしてこれは姉でも知らないことだが…オレは実際には姉さん――あきらよりも先に生まれていた。


 なら何故姉という事になっているのかといえば、そこはお家事情。ウチは女だけで継承していく女系じょけいだったので、無駄な争いを無くすために一番に生まれたのが晶ということにしたのだ。


 何も思わなかった訳ではなかった。

 ただ幼いオレが家に逆らうなど考えもしなかっただけのこと。

 今は里から出てある意味自由なので考えるようになったが、事実上は兄だとしても、これまで弟として育ってきたので今更兄貴面することもない。それに生まれもたった数ヶ月差ぐらいだ。


 出来るのは変わらずに守り続けること。

 ただそれだけだ。


 妹か、姉か。

 どちらにしろオレが生まれた意味は、彼女を守ることなのだから。





 階段を登りきった先には開けた場所が待っていた。

 石畳が大きい社にまで縦に続き。それ以外は砂利で埋め尽くされ、社は辺りに置かれた三脚を支えにした松明に照らされている。


 なんとこの神社もとい社は回転するのだ。

 そのため祭りの日にちが変わるごとに社はその日に祭りがある校舎の方へ向け、お参りしやすいようにするのだ。因みに人力で回す。何もない日は校舎の無い方向に向けるという。


 そして今日はうちが祭り日なので当然こちらに正面が向いているという訳だ。正直何故そこまでするんだとは思う。

 

 ひょっとこ面の彼は賽銭箱の前で佇み此方をジッと見ていた。

 今は場面が場面だから分かるが、外で出会ったら軽くホラーだな…。


 オレは彼の横にからん‥と下駄を鳴らしながら並び立つ。


『…――、――』


 並び立つなりオレの懐を指差しながら何語かを話す彼に手を懐に入れてかさりとした感触を検知する。

 そこには先ほど仕舞っておいた和紙のカード。


 取りあえず懐から取り出した。


 次にひょっとこ面は賽銭箱を指差す動作をする。


 まさかこの紙を入れろと…?

 色々大丈夫なのだろうか。賽銭箱はお金を入れるのでは?

 そう思いながらも自身もそうしたほうがいいと直感で思い、それに従いソッと紙を賽銭箱へと入れた。


 そしてひょっとこ面を真似て手を合わせた。


――夏祭りが何事もなく終わりますように、なんてね。


 その瞬間。


”カランッカランッ”


 上からぶら下がった本坪鈴ほんつぼすずが勝手に数回鳴った。


 二人して何もしていないにも関わらず音が鳴った…ということはコレはポルターガイストか?


 手を合わせたままチラリと横を見る。



――そこにはもう、誰も居なかった。

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