第62話 体育祭 18
昼休憩が始まって45分程が経過した。
休憩時間も終わりを告げる頃、皆校庭にある座席に移動し始める。
オレはというとトイレへ行くのを忘れていたので早足で向かって戻ってきている所だった。
”ドンッ”
曲がり角を曲がり下駄箱につこうとしたとき、ベタなことに誰かにぶつかった。
「わっ!」
「っ!」
誰かにぶつかったことにも驚いたが、相手の声に聞き覚えがあることにも気づいた。確か苗字は…
そんなことをぼんやり思い出していると相手がぶつかった衝撃で後ろに倒れそうになっているのが見え、咄嗟に手を伸ばし腕を掴んだ。
「大丈…、っ!?」
大丈夫か尋ねようとすると、手を捻ってオレが掴んでいた手を外し、逆にオレの手首を掴まれた。
そこからはオレには何が起きたか理解が追いつかず、気づけば壁に寄りかかった状態で座り込み、相手に手首を壁に押さえつけられている状態であった。
いつの間にかもう片方の手も取られていた。
「(え…)」
いやいやいや……え?
抵抗しても手はびくともしない。
頭一つ分か二つ分かぐらいはオレの方が背が高く、相手が小柄なのにも関わらず、何も出来ない。
鬼の末裔?
というか何故自分は壁に押しつけられている…?
もしかして腕を掴んだのが気に障ったのか?
そんな疑問しか頭に浮かばないで呆然としていると。
「なぁ…なんで会いに来てくれないんだ?」
大きな声である印象があった転校生君の何時もの姿とは違う話し方(声量)に目を瞬く。
そして一拍遅れて頭に入ってきた言葉に、はて自分は彼に会う予定はあったかと頭を巡らせた。
「もしかして気恥ずかしくて会いに来れなかったのか? 仕方ないな結は…」
え?
「おれがこれからも会いに行くからな!!」
え…。
「今日は会ってくれたからご褒美だぞ!」
「(え”っ)」
転校生のその言葉と共に眼鏡…じゃなかった。顔が近づいてくる。
何をするつもりだ?
わかるのはいい予感だけはしない事だ。
咄嗟に相手と自分の顔の間に分厚い氷を作り出し壁にする。ガチリ‥と転校生君の眼鏡が当たる音が氷越しに聞こえた。
その隙に誰か居ないかと辺りを見渡すが、午後の部が始まるからか人影が無い。
終わった…そう思った時。
彼は現れた。
「なァにしてるんだァ?
その人は誰も居ないと思っていた空間にいつの間にか転校生君の後ろに佇んで此方を見下ろしていた。
いつも頼りになるか面倒なことになるかな先輩だが、今回は珍しく頼りになっている。←失礼
大国先輩はオレがあんなに抵抗したにも関わらず外れなかった腕の拘束を外し、グイッと容易く転校生君の襟首を掴んで持ち上げた。
オレより背の高い大国先輩が持ち上げれば当然襟首を持たれた転校生君の足は浮き。ぷらり‥といつかのオレのように借りてきた猫状態となっていた。
「何するんだ!!
転校生がじたばたと宙に浮いた状態で暴れる。
統玄…あ、先輩の名前か。
あまり呼ばないから忘れかけていた。
名前を覚えるのはいささか苦手だ。
「はァ…ほら、もう午後の部始まるから呼びにきたンだよ」
ため息を隠し切れていない大国はめんどくさそうに言った。
オレは今のうちに立ち上がり、大国先輩に礼をした。
何が起きているか理解できなくて不安だったのだ。本当に助かった。
その姿に対して大国は後ろ手に手を振りながら去っていった。
終始転校生がじたばたと暴れ、喚いていたが大国は全く手を離す気配は無く、これで平気だとやっと一息吐く。
長らく平穏な日々(普通なら非日常の間違い)で警戒心が疎かになっていたようだ。気を引き締めなければ。
一年前のオレなら躊躇なく相手を蹴り飛ばしていただろうに、これまで比較的穏やかな人たちに囲まれて守られていたから心が柔くなった。まぁ弱くなったとも言うか。
そういう気を引き締める意味合いでは転校生君はオレにとっていい薬になった。…いや、金輪際しないで欲しい気もするが。この際前向きに考えようと思う。
捕まれていた手をチラッと確認すると、少し手痕が見えた。
特別痛いわけでもないので長袖をそこまでしっかり持って行き、服内を冷却する事で冷やす。
こういう時便利だよね。打撲とか直ぐに冷やせるし。
もしもの火消し役にもなれる。
そういえば喧嘩の
教室で揉め事起こしそうになった生徒会長と風紀委員長を止めるために先生にゴーサインを出され、オレも授業が進まないと少しだけ苛立っていたので躊躇いは無かった。
去年も現生徒会長と現風紀委員長は同じクラス。今年も同じクラス。もうクラス変えた方がいいって絶対。
…まぁそれも無理な話か。
成績によってクラス分けがされてクラスによって授業の進み具合が違うのだが、一年生では自然と家柄がいい人間がSクラスの方に所属する。何故なら元々教育が行き届いているのがお金を持った家だから。
だが、二年目からはそうもいかない。
ほとんどの生徒が必死に勉強して成り上がる。そこに家柄も関係が無くなってくるのだ。
だが頭脳明晰な二人は自然と来年もSクラスだろう事は明白。…ただ会長は最近(数ヶ月か前から)怪しいが。
仕事を放棄しているからいつ役員を外されても可笑しくない。もしかしたらそれが狙いなのか…? とも思ったが。なら自ら辞任したほうが事は小さく収まる。
わざわざ問題を大きくすることで得られる利益はあるのか…?
それがオレには思いつかなかった。
今度誰かに聞いてみようか。しかしこれは聞いても平気な話かと聞かれれば駄目かもしれないとも思う自分がいる。
下駄箱で靴を履き替え外へと出る。
一時的に外していたハチマキを再び額に着け前髪を上げた。
もう少しで午後の部が始まる。
そうしてオレは早足で紅組のテントへと向かうのだった。
――そういえば…大国先輩が向かった方向って、下駄箱じゃなかったような…別の場所に履き替える所などあっただろうか?
首を傾げながらオレは駆けるのだった。
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