第52話 体育祭 8 徒競走
体育祭一種目めは短距離走。
そう、オレの出番だ。
短距離走はオレに任せておけ!
とは冗談でも言えないが、出来る限りのことはしよう。
負けた組がどうなるか…分からないから…な。
この体育祭だが保護者などの見学は有るといえば有るが無いといえば無い。何故ならリモートで見られているからだ。いや観られている、と言う方が正しいか。
そこかしこに再びドローンが飛び回り、少し(氷柱で)撃ち落としたくなるがそこは我慢だ。耐えろオレ。弁償する事になるぞ…。
ハイテクになっていくが、もし彼らが暴れでもしたら大損害なのでは無いだろうか。オレの知った所ではないが。
ざわざわと落ち着きのない様子の生徒たちが並び始める。
オレもまたその一人。辺りに知り合いは居なかった。
『はーい皆さん、落ち着きましょうね~。いくら珍しく前髪を上げて居る人が居るからってザワザワし過ぎですよー! まぁ私は一向に構わないんですけどね! 好きなあの仔の新しい一面にドキドキ…良い、実にイイ!! 最高!! これが体育祭!!』
あの生徒が一番暑苦しそうだ。
あのマイク片手に盛り上がっている生徒。
(遠まわしに司会のことを言っている)
因みにこんな事を考えている完全な他人ごとの結だが、司会者の言うあの仔の部分に大いに当てはまっていた。
何故なら珍しく長い前髪を上げてピンで止めるでもなくかき上げる形で額を出している結が居たのだから(要するにオールバック)。周りの生徒は久方ぶりに素顔を間近で見る機会でもあり、初めて見る生徒は余りの刺激の強さによろける者も居た。
一方日焼けの日の時も知らない雪のように真っ白な額を惜しみなくさらす本人はというと、とても眩しそうに目を薄めて先を見ていた。もはやどこを見ているのか分からないぐらいの薄目である。
周囲の生徒は眠気に目を薄める猫のようだと思っていた。
とても暑い…。オレの能力をフルに使って雪を降らせたい…。
早くオレの番来てくれ…。切に願った。
結にはこの日差しは強すぎるようである。
『徒競走――短距離、一組目の方は線に立って下さい』
暫くして落ち着いた周囲につられて司会者の彼も落ち着いたのか、粛々と進む。普通逆じゃないか?
”パァン!!”
そして発砲の音と共に走る生徒たち。
頭にハチマキを着ける者も居れば、腕に包帯のように巻く者、普通に二の腕辺りで結ぶ者、そして何故か首や腰に巻く者。
最後の方に至ってはどこで頭を打ったと言いたくなる内容である。とりあえず腰は良いとしても首は危ないと思うんだが…。
オレは無難に頭に巻いた。
いや、最初は腕に結んでいたのだが、前髪を上げたら上げたで直射日光が痛くて…耐えられずに額に巻いた。
何故か周りから「あ~…」とやけに残念そうな声が聞こえたが、多分足の速い相手にでも当たったのだろう。残念だったな。
まぁオレもそんな事言ってる場合では無いのだが。
というか暑いなら能力使って涼めばいいだろうと思うかもしれないが、今回は能力を許可された種目でしか使ってはいけないルールなのだ。
能力があるだけにもどかしい。
種目に出ないときであれば使っても良いらしいが、今は出番の最中なのでアウトだ。なので先ほどまでジャージの下でガンガン使っていた能力も封印だ。
流石に上着は脱ぎ、半袖半ズボンになった。
地獄…。此処は地獄だったのか…。
『次の組。前へ』
司会の声でどんどん人が減っていく。
その光景を見て早く減ろ早く減ろと呪詛を吐くようにジッと頭の中でブツブツ繰り返し、とうとう自分の番になりハッとする。
書記モードになり、シャキッとする。
なお周りから見ると目つきが鋭いが雰囲気はほんわかして見えている。このことを本人が聞けば幻覚でも見たのかと聞くだろう。
”パァン!!”
発砲音が鳴ると共に駆け出す。
”ダッ”
オレの組は6人らしく、横+後ろに数人、前に3人見える。
最低でも今は四位だ。
このままでは”負け”だ。
コレはヤバい。そしてオレの意識もヤバかった。
主に暑さのせいで。
熱中症か?
早く涼みたい、という甘えが頭を過ぎる。
そしてオレはその願いを叶える考えを最速で考えつく。
そう――一位になれば、涼めるという考えだ。
脳筋――という言葉がどこかで囁くように聞こえたが何とでも言えと今は強気で返す。
オレの体は今涼しさ…いや、寒さを求めている。
それを叶えるためには限界を超えろ! オレ!
どこの熱血漫画だと聞きたくなる展開が結の頭の中で描かれる。
”うおおおおぉぉぉぉぉ!!!”と、あくまでも心の中で叫び、現実では手をこれでもかとシュッと尖らせ奥歯を食いしばり、猛ダッシュを繰り出していた。
奥歯を食いしばっているのは、今にも出そうな声を抑えるためにである。少し欠けたかもしれない。今度歯医者行こ。
そうして、ゴールテープを無事切ることが出来た結。
徒競走、短距離――50メートル。←ココ重要
結はその後無事日陰に入ることが出来、屍のように静かになった。荒い息も上げずに静かに上下する肩に、とても心配する葬。
そんな葬に結は静かに親指を立ててグッドラックを送った。
「結ーーー!!」
その後力尽きたように腕をダラリと落とす結に葬は思わず叫ぶ。
他の結の親衛隊隊員はベンチでうつ伏せに動かなくなった結の頭にタオルをソッと乗せ、ハンカチで自身の涙を拭った。
もはや一位をとったことへの感動からなのか気を失った結への悲しさ(?)からなのか定かではない。
彼らはこういうところで本気なのか冗談なのかが分からないぐらい感情が籠もる。
なお、結は気絶しているだけで死んではいない。
ちゃんと生きている。
半分おふざけでやっているだけだ。
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