第29話 保健室

~?視点~


 保健室にて。


 清潔に保たれた部屋の一角は、カーテンで包まれ中の様子は見えない。そんな中には一人の生徒がベットで静かに眠っていた。


 髪色が雪のように白いのが特徴的である生徒であった。


 点滴を腕に付け、病的なまでに白い肌が外気にさらされており、首に包帯を巻き右耳側はガーゼで覆われている。


 彼が意識の無い状態は、実をいうとあまり経っていなかった。


 にも関わらず点滴をつけられているのは血を多く失ったことと、菌の感染予防の為である。ここまでの設備が整っている学校はそうそうないだろう。


 そんな静かな空間にノックの音が響いた。


 半分眠こけていたグガッと声を零し、和主はノックに返事を返した。


「どーぞ~」

「失礼します」


 入ってきたのは一人の生徒。鮮やかな色合いをした赤髪が特徴的な青年、唐斗赤史だった。


「あの、結は居ますか?」


 普段の関西弁はなりを潜め、敬語を使っているようだ。明らかに遠慮していた。


「おー居るぞー。今はぐっすり眠ってる。スタミナ切れと貧血からだと思うから十分な睡眠と食事取れば立てるぐらいにはなるだろ。」

「え、そんな重傷なんですか…?」


 聞いていた話と何かが違うと思い聞く。


「あー、なんて言われたんだ」

「えっと確か、スタミナ切れで倒れたとか」

「まぁそれも間違っちゃいねぇな。今意識が無いのはそれが一番の要因だと思うし」


 委員長がなんと言ったのかは和主は知らない。だが他の生徒たちが混乱しないように言ったのは、赤史の様子を見てなんとなく察した。


「んーこれは言ってもいいものか…というか見せて平気か…? いや前はこいつが怪我してたしな…んー、まぁ協力者は必要か。よぅし話すか」


 ぶつぶつと独り言を話す和主に片眉を上げながらも待つ姿勢を見せる赤史。


「心して聞けよ」


 纏う空気を変えて言う和主に息を呑む。


「氷鎧は何者かに襲われて怪我をしたらしい。まぁ怪我についてはお前よりも、というかこの学園の誰よりも妖怪の血が濃いから治るのは早いだろうから心配すんな…は無理な話か」

「っ…!」


 言葉を区切った和主は赤史の顔色を窺った。


 赤史は驚愕を顔に出していた。当然だ、事態は自身が思っていた事よりも深刻そうであったのだから。


「それで結はどこに…?」


 居場所は赤史にも分かっていた。けれども聞いたのは話の流れでだ。


「そこだ。無理に起こすなよ」


 指で結の眠っているカーテンの方を指し示し、釘を刺す。

 それに頷きながらも赤史は和主が指差した角のカーテンを開けた。


 中には痛々しい姿の結の姿があった。

 そのことに赤史は数週間前の自分の時の事を思い出したが、自身はほとんどが打撲傷ですぐに治るということは無く、微妙に痛みが続き傷薬が必要になったことを思い出す。


 結の首に包帯が巻いてあるのを見て、先ほど和主が言っていたように傷は早く治るだろうことを思い出しホッとした。


 点滴を見るとかなりの重傷に見えたが、右耳と首以外にガーゼと包帯は見えない。


 赤史はジッとその姿を見て、脇にある椅子に座った。

 暫く居座るらしい。



 暫くの時間が経ち、夕焼けの光が保健室にカーテンの隙間から入り込む。


 新入生歓迎会は午前中に終了し、午後の授業も終わりを告げていた。赤史は授業が終わるなり保健室に運ばれたという結を見にきたのである。


 そしてかれこれ数時間は保健室に居座っている赤史。


 その間にも当然保健室を訪れる生徒は居た。

 ある者は結の容態を確認しにくるものだったり、親衛隊が見にきたり。後は寝顔を拝もうと不純な動機で訪れる生徒も居た。


 当然最後の生徒等は門前払いであったが。


 途中廊下がとても騒がしくなったが、それらの生徒も門前払いを受けたらしく、保健室は今も静かな空間が保たれていた。


 途中に来たまともな生徒たちに関してはかなりの数が居たのでそれを理由に病室には通さずに帰ってもらっている。


 今の結の姿を見れば親衛隊は誰がやったと凶器を持ち出し始めて暴走するだろうことは目に見えている。


 過保護も行きすぎると狂気となるようだ。


 少し不満げな顔を見せた彼らではあるが、元々結を心配して来ていたマトモな生徒な為か、不満は言わずに寮へと帰って行った。顔に不満が書かれてはいたが。


 結が目を醒ましたら伝えるよう和主に言われていた赤史はジッと結を見ていた。それはもう穴が空くほどに。


 いつも騒々しいとまでは行かないが、賑やかな彼からは遠くかけ離れた姿である。自分が怪我をしていた時ですら割と元気に騒々しかったにも関わらず、今は表情が無く、無であった。


 そんな姿を見ていない和主は気にせずに仕事を続行していた。というか静かすぎて既に帰ったと思っている。


 そして待ち望んでいたその時は訪れる。


 パチリ‥と結が目を開いた。

 長い前髪はどけられて、今はセンター分けされているためか、切れ長の整った目がよく見えた。


 直ぐに結が目を醒ましたことに気がついた赤史はガバリ‥と勢いよく立ち上がり和主に大声で伝えた。その不意打ちに和主は一瞬ビクリ‥としていたが、何も無かったかのように立ち上がり、結の寝ているベッドへ近づいた。


「結! 目が醒めたんか?」


 聞くとキョロキョロと目を動かしていた結は、まだ眠いとばかりにまた瞼を閉じた。二度寝である。


「こ、コイツ、この状況で二度寝を決めよった…!」


 その状況には思わず和主も目を丸くした。


「起きろー! 一回目ぇ醒めたやろ。怪我した理由みっちり教えてもらうからな!」


 ずっと無言であったとは思えないほどに騒々しくなったが、その分心配していたということだろう。


「あと5分…」

「俺はお前のお母さんとちゃうぞ!」


 小さな声で囁く結の言葉を拾った赤史が思わずつっこんだ。


「ははは、元気だなぁ最近の若者は」

「え、コイツ見えてないんか…?」


 その言葉に結と和主を交互に見やる赤史。


 またもや騒々しい目覚めで目が覚める結であった。なお、一番騒々しかったのは赤史である。

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