第26話 鬼ごっこ終了の合図
至極真面目な顔をして嘘を吐いた結。この結の言葉に流石の違和感を持った男は考える。
「(なんだ?コイツは。事前の情報には親衛隊という存在が二人を守っているという情報が載っていた。親衛隊らしき人物らが離れたのを見計らってきたのも計画の内。しかし雪を扱っていたコイツは?まさか氷鎧姉弟の弟の方か?だが先ほど姉弟二人を守るというような言動。コイツ、情報に載っていなかっただけで親衛隊の一人なのか?先ほど兵を率いるように命令していたのだから相当の地位に居るはず…。なら何故情報が無かった?……――)」
などと混乱する男を前に、オレは演じた。
「二人、に手を…出す、なら。容赦、しない」
嘘である。
結は敢えて二人ではないという旨を遠まわしに伝えたのだ。
流れる血をハンカチで抑えながら男を睨みつける。
作り笑顔は出来ないが、睨みつけることはできた。
「(しかし先ほどの雪は一体…。この状況で氷を作る様子もないしいし、少なくとも本家筋では無い、のか?だとすれば分家、もしくは血縁関係がなくとも氷鎧姉弟の近しい人間ということ。あの一族を庇うとは命知らずな者も居るものだ。)」
そんな男の考えを知ってか知らずか、結は視線を鋭くした。
まぁ勿論正確に考えていることが分かる訳ではないが先ほどの会話から推測ぐらいはできるので、経験則から言って、大分正確と言える。
◇
オレには一人の姉がいる。
一族の時期長となる姉が。
名前は
何やら王子様をしているらしいが何を言っているのかは少し分からなかった。まぁこちらと似たような状況なのだろうと根拠もなくなんとなくそう思った。
オレたち姉弟の生まれた一族の名前は、先ほどの男が問うた様に
別に自ら名乗った訳では無いらしいが、自然とそう呼ばれるようになったらしい。
オレたち氷華の一族、というよりも、雪女の末裔は代々見目麗しい者が生まれる。
そのためか、よからぬことに目を付けた奴がおり、雪女の末裔を捕らえようという動きを見せる輩が居るのだ。特に女である姉さんは当時狙われていた。
オレは男であったためかそんなことは余りなかったが、そこに目を付けたのか、時期長の身代わりとしてオレは小さい頃変装させられた。
姉の姿へと。逆に姉はオレに。
たびたび入れ替わり、姉も自由に動ける時間が増えていった。逆にオレの時間は減ったが姉の境遇を思えば五分五分であった。
小さい頃のオレは、姉の命がかかっていると言われ、とてもショックを受けた覚えがある。そして姉のためならと軽く姉に成り代わることを了承した。
当時背も低く子供で声も高かったからその時はなんとか姉の身を守れていたが、高校生になり、もうそうはいかないとなり、この高校を知り入った。
警備面だったり妖怪の末裔に優しいということで入ったが、この学園の穴から入り込んだネズミを取り逃がしているのを見ると、学園に対する信頼ががた落ちだ。
まぁ今回は自分の問題というか、一族の問題をこの学園に持ち込んだようなものなので、とやかく言う気はハナから無い。というかよく一年持った方だと思う。
しかし今の自分に体力が無いため走って逃げるという選択肢が存在しなかった。能力は使えるが移動出来なければ意味はない。というか首から流れている血がハンカチでは抑えきれなくなったのか、首に沿って流れる気配がする。
”ビーーーーッッッ!!”
突然に学園中に広がる音。
鬼ごっこ終了を告げる合図であった。
この音を聞いて、未だ数分しか経っていないのだと思うと、ドッと疲れが押し寄せてきた。…いや貧血のせいか。
結はふらふらと立ち上がって立っているが歩くことは難しそうだ。
男は学園中に響く音でハッとしたのかオレに何も言うことなく去っていった。恐らく人が来ると思ったのだろう。体育館の真横だし。
かなり呆気なく去っていった嵐に呆然と見送るが、気が抜けたのかバタリ‥と音を立ててオレは倒れた。
目を瞑ったままハンカチの下で薄く氷を張る。これでとりあえずば止血になるだろう。そういえばハンカチの下でならバレなさそうだな、と今さっき気づいたのである。間抜け。
しかし何故とっとと氷を使わなかったのかというと、出自がバレる可能性があったからだ。本家は雪から氷まで操ることができ、分家は雪まで、といった風に。
まぁ直ぐに正体を気づかれるかもしれないが、少しの時間稼ぎぐらいにはなるだろう。幼い頃も、そうして姉の身代わりとなって男であるという事実をワザとバラして相手を混乱させ、時間を少しでも稼いでいた。
いやもうホントオレ頑張ってた。
ご褒美に屋上でかまくら作る許可欲しいな…。
半ば冗談でそんなことを思った。
片手でハンカチを抑え、もう片方で地面を這う。そして先ほど男に向かって放出した雪の山に自分の身を沈ませる。
はぁ‥と息をつくなりオレは数秒もかからない内に気絶するように意識を失うのだった。
そして気絶する直前で、「(あ、起きたらこの状態どう説明しよう…)」と今更な考えが浮かんだが、眠りに遮られその考えは直ぐに溶けるように消えた。
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