第23話 これからが本番

 礼を言ってゆったりとした歩みで体育館へ向かう赤史を見送ったゆいは一人、生い茂る木々のそばを歩き始めた。


 たびたびドローンが視界の端を走ってゆくのを眺め、誰が操作しているのだろうと考える。


 恐らく風紀委員の誰かだとは思うのだが、既に何台ものドローンを見かけているためどれだけ人を使っているのだろう。人件費もドローンの費用も高そうだなと他人事のように思った。


 ドローンか…オレも少し操縦してみたいな…と少年心に思った。今までああいった機械系を操縦したことが無いからだろうか。


 そんなことを思いながらのんびり歩く。

 時々生徒が誰かから逃げてきたのか走って行くのが見えたり、後は変わったことに此方に自分から近づき赤史のように捕まりに来る生徒も居た。


 恐らくだが、皆にとっての”生徒会書記オレ”は害の無い生徒という認識であると自己分析しているので、無理な願いを言わないと確信しているのかもしれない。


 この学園の生徒はちょっと…いやだいぶ欲に忠実な様なので。


 なんとこの男子校でセクハラをかます奴が居るのである。


 風紀が来ると知っていても欲には抗えないのか。

 もう少し皆頑張ろうよ、とは思っている。


 まぁそんなわけで全員自業自得な所はあるので、大人しく風紀に説教されてくれ。


 森付近を離れ、校庭へ着くと、ちらほらと生徒が見える。


 今のオレには完全にやる気がない。

 生徒会の面々が捕まった(誤認)為である。


 そのためのんびり歩いては自分から捕まりに来る生徒を捕まえて居る。


 一部鼻息の荒い輩が居たが、横からオレの親衛隊の人たちが来たことで見えなくなった。


 その姿はまるで波に浚われたかのようだった。少し呆気にとられている内に捕まえて欲しいという生徒が前に出てきたためタッチをする。


 少しズルい気がするが、ルールに捕まりに行ってはいけないというモノは無いため咎められることは無いだろう。(というか去年も似たようなものだった)


 そして最後の方に残った生徒たちが普通に追いかけて欲しいと言う。


 やはり鬼ごっこを真面目にしたのかと思ったが次の言葉でそうではないことがうっすらと分かった。


「はい…是非とも氷を使って我々を追い詰めて下さい!!!」

「……。」


 何か違うな……結は思った。

 どうやらそれは、残った生徒たちの総意であるらしく、期待するようなキラキラとした目で見つめられる。


 なるべく彼らの思いに答えたいと、結は思っている。

 いつも世話になり守られている立場を考えれば、今が恩を返すときでは無いか、と結は自分に問うてみた。


 しかし妖怪の部分の力を使えば、下手すると保健室送りになるのではないかと不安だった。


 それでもいいのかと聞くと、”寧ろそれをお願いします!”と元気よく言われ、自分で聞いたにも関わらず、何を言っているのだろうと彼らの言葉を聞いて首を傾げた。


 兎に角大丈夫、ということは分かった。


 オレも覚悟を決めるときが来たようだと深呼吸をして気を落ち着ける。


「じゃぁ…「ああーーーっ!!」


 彼等親衛隊に向けて声をかけようとしたそのとき。


 デカデカとした声が彼等の遥か後方から聞こえた。


 その人物は最近何故かよく見かける転校生だった。


 特徴的な髪がほわわんと揺れる。…あの髪は鬘なのか地毛なのか……。妖怪の末裔らしいのでそれ系だろうか?

 いや、鬘の妖怪ってそもそも居るのか?


 そんな疑問が上がっていると転校生が近づいてくるのが見える。


 するとまるでオレを庇うように親衛隊が辺りを囲む。

 凄い目つきである。


 中には同じクラスの火車の末裔でもある鈴も居る。

 可愛い顔が怖いことになっているが…。


 一体あの転校生は何をしたのだろうか。


 なかなか見たことのない顔だぞ…。


 そこではっとする。

 今は新入生歓迎会の時間だということを。


 転校生も彼等と同じく捕まえて欲しいのだろうか?


 まぁどちらにしろ今は鬼ごっこの最中。見つかれば追いかけられても文句は言えないだろう。


 制限時間もあることだし早いところ彼等親衛隊の願いを叶えるとしよう。


「よーい…」


 オレを背に庇う彼らに聞こえる声で合図を出す。

 すると”シュバッ”とキレのある動きを見せる親衛隊達。…どこで身に付けるんだその動き。正直少し、ほんの少し羨ましく思った。


「どん」


 静かな声でスタートの合図を出すと同時に結は利き手である右手を上に上げる。


 転校生が何やら言っている様だが、構わず親衛隊を追いかける。


 何故そんな素っ気ない態度をとるのか?

 そりゃあオレの中の優先順位が親衛隊>転校生だからに決まっているだろう?

 世話になっている人と苦手な部類の人種であれば比べるまでもなく世話になっている人を取る。そういうわけだ。


 別に転校生に何かをされた訳ではない――本人がそう思っているだけで周りは思っていない――が声がデカすぎるのと暑苦しい事が既にマイナスなのである。


 元気なのはいいのだが…。

 少々、いやだいぶオレにとっては疲れる相手。


 結からすると。あぁ、北行きたいな…と思わせる暑苦しさ。


 赤史は暑苦しくないのかって?

 まぁ正直言うと大体よくわからない事を言っているときは大概スルーしているからな…暑苦しい部分をスルーしているようなものだし。


 それを赤史も分かっているのかいないのか知らないけど。一緒に居て楽しいとは思うから問題は無い…訳ではないか。


 前の事件の事があるしな……。


 離れる…いや…


 悶々と若干眉をしかめながら考えていると、辺り一面雪のフィールドになっていた。


 はっとして能力を収め、手を下ろす。


 オレの能力の難点は、意識して使うよりも無意識に出る力の方が強力な所。姉さんに比べればやはり劣化版のようなもののように思えてしまう。


 能力を使っていた右手を強く握る。少し暗い思いをかき消すように目を閉じて開ける。


 そして雪に人が埋まっていないか確認するなり結はまた駆け出した。安全第一がオレのモットーなのだ。


 フンスッとこっそり気合いを入れて、親衛隊の彼らを追い掛けた。


――また余談だが、その姿をバッチリとドローンは捕らえていた。


 既に捕まった(捕まえてもらった)者、主に結の親衛隊はそんな結の姿をバッチリとカメラに収め、逃げている同士にもきちんと配布したそうだ。


 一部倒れた者も居たようだが、その者は親衛隊の中では新人の部類。親衛隊内の先輩はまだまだだな…という風に首を振った。


 後に先輩がそのとき歴戦の猛者のような顔をしていたと親衛隊の新入生は語った。

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