第33話



「ねぇ、快くん!もう書く事決まった?」


「そうだな」


「えー、なんて書くの!」


「そうだな」


「あたしはね〜」


「そうだな」


 帰り支度も整った帰りの会の最中。


 質問攻めにしてくる鶏を適当にいなしながら、俺は目下の重要課題である並列思考の訓練に勤しんでいた。


 しかし、流石に会話しながらの脳内計算はまだ難易度が高かったのか、鶏の怒涛の口撃につい計算の方に思考の天秤が傾いてしまう。


 コイツがもう少し興味を引くような話題を振ってくれたなら、もっと頑張りようもあったのだが、いかんせん話が下手な上にうるさ過ぎる。モチベーションも無くなるというものだ。


「快くん!!!」


「なんだ、うるさいな」


「あ、良かった!反応ないから目開けたまま寝たのかと思ってた!!」


「それなら、そのまま寝かせろ。耳元で大声で起こす奴があるか」


「本当に寝てたの??」


「ハァ…本当に寝てればよかったよ」


 そうすれば、お前の相手をしなくても済んだ。いや、それでもどうせ耳元で騒がれていたか。


「えぇー!寝ちゃだめだよ!だって、快くんまだ書いてないでしょ?」


 鶏は相変わらず都合の悪い事は見えない性格をしているのか、俺が迷惑そうにしているのにも構わず、お札ほどの大きさの紙を差し出してくる。


 ん?なんだこれは。


 やはり、俺の並列思考が正常に機能していなかったのか、状況把握が全然出来ていない。


 担任が何やら説明していたような気もするが、並列思考の訓練に夢中で全くもって頭に入っていなかった。


 「ん」


 反省も程々に状況を把握しようと周囲を見渡してみると、皆それぞれ色のついた札をもって楽しげに何か記入している。


 そこで初めて、この現状の意味不明な待ち時間と鶏に渡された紙の正体を把握した。


 ——七夕


 どうやら、今は毎年恒例の短冊にお願い事を書く時間だったらしい。通りで騒がしい上に中々帰れなかった訳だ。


 気が付けばもう7月。お陰様で充実した日常生活を送っている為か、すっかり時間感覚が狂ってしまっていたがもうそんな時期だったか。


 去年は新学期からのこの3ヶ月が異様に長く感じたというのに俺も随分と変わった。いや、これもスキルを得たおかげか。


 しかし、5年生にもなって未だにこの茶番をやる事になるとは思わなかった。そろそろ、サンタクロースのシステムにも察しがついている頃だろうに…。


 まぁ、大人からしてみたら4年も5年も大した差ではないんだろうが、この様子だと小学生という枠組みにいる間はやる事になりそうだな。


 別に良いけど。


『俺が退屈しない世界になりますように』


 俺は、自分の短冊に迷いなく昨年と同じ内容を書き記す。


 別にここに願ったおかげでスキルという能力を獲得出来たとは思わないが、縁起がいいのは事実だ。思い返せば、この時期あたりから俺の人生は色づいたように思う。


 それならここらでもう一度、同じように行動して俺の日常が更に楽しくなるように、期待して願掛けをしてみるのも悪くないだろう。


 俺的には、そろそろテンマ以外のスキル所持者との異能バトルを展開したいのだがどうだろうか。


 テンマが勉強に本腰を入れ始めた影響で、最近は手合わせの時間も前より減少している。仕方ないのは分かるが、俺としては実戦が無くなり死合感が鈍るのは避けたい。


 まぁ、テンマとの手合わせも数を熟して手札がわかっている分、驚きは少なくなってきてはいるのだが、それでも居ないよりはマシだろう。実力は向上している為、新鮮味はないが飽きはしない。


 最近もカラスの強化や並列思考という新しい取り組みもあり、俺の日常が充実していたのは間違いない。


 だが、そろそろ夏休みも始まる事だし、新しい刺激が欲しくなってくるのも事実だ。


「あ、快くんがお願い書いてる!なんて書いたの?」


「見るな」


 鶏が覗いてこようとするのを、顔面を手で鷲掴みにし制する。


 願い事は他人に話さない方が良いというからな。笹に飾る短冊に限ってそれは矛盾しているような気もするが念の為だ。


「えぇぇーー!なんで!あたしは見せられるよ!ほら!」


 そう言って、鶏は俺の顔スレスレに短冊を近付けてくる。


 別に興味はなかったが、そこまで近づけられたら嫌でも目に入る。


『快くんとみーちゃんとずっと仲良しで居られますように!!』


 そして、視界いっぱいに広がる意味不明な文字の羅列。


 はて、今まで仲良しだった事が一度でもあっただろうか。どうやら今年も鶏は実現不可能なお願い事をするつもりらしい。


「へへっ!良いお願いでしょ?」


「あぁ、本当にな。こんな無茶なお願いされて織姫と彦星が過労死しないと良いんだがな…七夕も今年で終わりかもな」


「…ハ、ハハ」


 自慢げにする鶏に、気まずそうに苦笑いを浮かべるメガネ女児。


 てか、今更気が付いたが隣の席にメガネ女児がいるのは分かるが、何故廊下側の離れた席に居るはずの鶏がこの場にいるんだ。


 注意しろ担任。いや、いっそつまみ出せ。


「無茶じゃないよ!!あたし達仲良しだもん!!ね?みーちゃん??」


「う、うん…」


 そりゃ、お前から言わせれば人類皆親友だろうよ。なんせ、容赦なく突き放されても同意なしで一方的に親友認定できるんだからな。


 その達に俺が含まれている理由が今でも謎だ。メガネ女児はともかく俺には泣かされた事の方が多いだろうに。


「みーちゃんはなんて書いたの???」


 一頻り自分の話をして気が済んだのか、次はメガネ女児に興味の矛先が向いた。


「わ、私もあーちゃんと同じ感じかな…」


 目を左右に泳がせ、あからさまな嘘で乗り切ろうとするメガネ女児。


 些か動揺し過ぎなような気もするが、性格的に考えて願い事を言うのが恥ずかしいのだろう。


 まぁ、俺には関係ないな。再び鶏の興味が俺に向いても面倒だからここは俺も鶏に加勢させてもらうとしよう。


「いや、嘘だろ。お前最近俺のこと避けてるもんな。それで仲良しは無理があるだろ」


「え、う、うそなの??もしかして快くんのこと嫌い?!」


 俺からメガネ女児へと放たれた言葉で何故かダメージを喰らったような素振りを見せる鶏。何故、お前が泣きそうなんだ。


「う、うそじゃないよ!」


 鶏の顔を見てやばい事を察したのか、メガネ女児は語気を強めて否定する。


「じゃあ、なんで快くんのこと避けるの??やっぱり嫌い??イジワルするの??あたし辞めるように言ってあげるよ??」


 いや、どちらかと言うと意地悪されてるのお前だからな。てか、論点ずれてるから。


 短冊の方に意識を向けたかったのに、鶏のせいで完全にメガネ女児が俺を嫌ってるかどうかという話にすり替わってしまった。


「き、嫌いじゃないよ…」


 メガネ女児は、言い辛そうにしながらなんとか言葉を絞り出す。


「そっかー!よかった!みーちゃんも快くんの事好きなんだね!」


「い、いや、好きって…そんな…」


「え…やっぱり嫌いなの??」


「す、好き…」


 鶏の言葉に反論しようとするも、再び不安そうな顔をする鶏の顔芸に負け、メガネ女児は羞恥に顔を染めながら呟いた。


 余程恥ずかしいのか、俺に背を向け顔を見られないようにしている。心なしか湯気のようなものまで見える気がする。


 いや、他所でやってくれ。別に、メガネ女児に好かれようが嫌われようがどうでもいい。てか、帰らせてくれ。皆が書き終わるのを待つのもそろそろ限界だぞ。


 誰だ、ちんたら願い事を考えている奴は。どうせ、織姫と彦星も繁忙期で殆ど願いなんて見てられないんだからパッと考えろよ。


「あーー!みーちゃん!これ、あたしのこと書き忘れてるよ!!」


 唐突に上げられる鶏の大声。


 それに、羞恥に悶えていたメガネ女児だけでなく、周囲の生徒も注目する。


 鶏の手には、メガネ女児の短冊だと思われる物が掴まれていた。恐らく、メガネ女児が背を向けた際に、机に放置されていた物を鶏が勝手に読んだのだろう。


 書き忘れ…何か誤字脱字でもあったのだろうか。


「『快くんとずっと一緒に居られますように』じゃなくて、『あーちゃんと快くんとずっと一緒に居られますように』でしょ!!あたしが書いといてあげる!!」


 そうして、図々しくメガネ女児の短冊に勝手に自分の名前を追加する鶏。


 対して、メガネ女児は無神経な発言をした事にも気が付かずに能天気な顔をしている鶏を睨み、気の毒そうな顔をして見守る周囲を見渡した。


 「あ、あぁ…」


 そして、事態の深刻さを把握したのか絶望顔を浮かべ、顔色を窺うようにゆっくりと俺の方に向き直った。


 さて、俺はこういった場合どういう反応をするのが正解なのだろうか。鶏と同じようなお願いだと言ったメガネ女児にも多少非は有るのだろうが、勝手に人のお願いを口にする鶏も大概だ。


 メガネ女児の反応を見る限り、やはりこれはつまりはそういう事なのだろう。きっかけはやはり運動会か?


 まさか、最近のよそよそしい態度が好意の表れだったとは思わなかったが、こういう事を短冊に書くタイプとは思わなかった。歳の割に利口そうに見えても、メガネ女児もまだ子供だったんだな。


「か、か、かかかか、かかかかかか…」


 俺の名前の頭文字だと思われる言葉を連打し、分かりやすく動揺を見せるメガネ女児。


 仕方ない。ここはうまくフォローしてやるか。元はと言えば、不本意とはいえ俺がこの事態の一端を担ってしまったような所もあるしな。幸い誤魔化すのは得意だ。


「カラスの鳴き真似はそれくらいにして、書き忘れでもなんでもいいからさっさと俺の分も含めて提出してこい」


「わ、わわ、分かった…」


 我ながら完璧なフォロー。直接告白でもされれば、キッパリと断ることも出来るが、それをされていないのなら今無理に白黒つける必要はないだろう。


 俺がモテるのなんて今更だし、幼少期の恋愛感情なんて所詮一時的な物だ。成長していくにつれ、その腫れも治っていく筈だ。


「だ、だだだ、出してきた」


「…ハァ…ご苦労さん」


 このあからさまな動揺だけは、どうにかして欲しいんだがな。気が付かないフリをするのも限度がある。


「みーちゃん、どうしたのー?体調悪いの?保健室いく?」


「だ、大丈夫だから!あーちゃんは、ちょっと黙ってて!」


 未だ事態を把握していない鶏は、能天気に様子のおかしいメガネ女児の心配をしている。


 メガネ女児がこうなった原因はお前なんだがな。相変わらずな鈍感力を発揮しているらしい。その能力、俺にも少し分けて欲しいくらいだ。


 鶏…頼むから間違ってもお前まで俺を好きになったりするなよ。メガネ女児の大人しい性格ならまだしも、コイツに恋心なんて抱かれたらと思うと想像しただけでも精神が摩耗する。


 織姫、彦星や…優先的に俺の願いを聞き入れてくれ。この面倒くさい現実から抜け出すには、やはり何かきっかけが必要だ。


 何なら俺が遠距離恋愛を強制している天帝をぶっ殺してやるから、俺の願いを優先しろ。ウィンウィンの相互利用の関係を築こうじゃないか。

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