第34話
「ははっ」
夏休みに入って間もなく、快は日課の情報収集兼趣味のネットニュース閲覧を行いながら口角を吊り上げた。
——繁華街での無差別殺傷事件
その場にいた通行人及び駆けつけた警察官らを含む23人を殺害。被害者の性別や年齢による関連性はなく、犯人は依然逃亡中。
ニュースの概要自体は珍しいが、本来であれば情報としてインプットされるだけのもので、特にこれと言って俺が注目するべき所はない。
へー、行動力のあるバカも居たもんだな…平時の俺であれば精々これくらいの反応だ。
近所で起きた事件ならまだしも、遠く離れた県外の、それも犯人や被害者の中に身内が居る訳でもないのならば所詮他人事だ。俺でなくともこのくらいの反応が妥当だろう。
人は自分に降りかかる不幸でなければ存外無頓着なものだ。
だが、既にスキルという存在を知ってしまっている今の俺からしてみると、今回のニュースは些か特別だった。
というのもこの事件には、俺が無頓着ではいられない不可解な箇所が幾つもある。
まず、直ぐにでも捕まりそうな繁華街で事を起こしているのにも関わらず、未だに犯人が捕まっていないこと。
これは明らかに異常だ。
これが人気の少ない場所で起こったのならまだ分かる。だが今回に限っては、人はもちろんのこと監視カメラやSNS等の情報網が敷かれている繁華街で事が起こっている。
既に事件からは2日が経過している事から考えても、さすがに確保に時間がかかり過ぎている。
「犯人の確保とまではいかなくとも特定する時間は十分だった…はずなんだけどな」
数人を殺害して逃亡したのなら、時間的に幾許も余裕がないのだから警察が確保に難航するのは理解できる。
だが、今回に至っては23人も殺害しているし、現にSNSにはその間にあった事が目撃情報としてたくさん投稿されている。犯人の身体的特徴から凶器、犯行現場に犯行時刻といった情報まで詳細に記載されている。
「まぁ、情報は豊富にあるのに捕まらないのが問題なんだけどな。しかも、これだけ目撃情報があるのに犯人像が全く掴めてないときてる」
目撃情報が一致しない。恐らく、これが警察の捜査を難航させている大きな要因だ。
凶器の情報は一貫してダガーナイフだったから間違いない。被害者の傷口等からもその確認がとれているのかテレビでもそう報道されている。
問題は犯人確保に一番重要な身体的特徴の情報が入り乱れていることだ。
SNSの投稿曰く、犯人は…若い細身の女の子だった。禿げた年寄りだった。金髪の若い外国人だった。小太りの中年女性だった…等々。
このように情報が錯綜している。
初めは周りに便乗した奴等がネットでデタラメを書いているのかとも考えたが、どの投稿も嘘をついている様子はなく、その情報の殆どには事実を裏付けるようにご丁寧に当時の写真や動画まで添付されていた。
流石に巻き添えをくらう可能性がある為か、犯人の姿を直接捉えた写真等は無かったが、その現場付近にいた事は間違いない。
それに加え、それぞれの投稿に「私も見た」等の同意を示すコメントが多数付随していた為、きっと確かな証言だ。
「犯行現場や時刻の情報が一致している事から考えても単独犯なのは間違いない。もし仮に、犯人が複数人いたなら今頃共犯者の一人くらいは確保している筈だし、きっと被害もこの程度では済まなかった」
ただ、それでも殆どの情報は一致しているのに、容姿の情報だけ一致しないのはひっかかる。
「ま、そこがスキルの能力なんだろうな」
快はこともなげに言い放った。
そして、ベッドの縁を背もたれにして寄りかかり、パソコンから目を離して、暫し思考をめぐらせる。
情報を整理してみて改めて確信したが、この事件は十中八九スキルが関係している。
この犯人自身がスキル所持者なのか、スキル所持者が犯人に手を貸しているのか…それは今の時点ではまだ断定できないがスキルが絡んでいるのは間違いない。
能力の方向性もある程度は予想できる。恐らく、シンプルに姿を変える能力か、周囲に認識を誤認させる類の能力だ。
色々と謎の多い事件の為、ネットでは探偵紛いの嘘くさい推理等が溢れているが、スキルという能力の存在を知っている身からすれば、まず間違いなく持っている者の仕業だと分かる。
恐らく、俺以外にも勘付いている者はいる。政府関係者は当たり前に既に認知しているだろうが、他のスキル所持者達は遅かれ早かれ気がつく事になる。
「流石に、政府の情報操作もここまで大事となると規制ないし隠蔽は出来なかったんだろうな。被害者も多いが、それ以上に目撃者が多過ぎる。さすがにこれを完璧に規制するのは難しいし、下手に隠そうとしたら逆に怪しくなる。それこそ、陰謀論だなんだと騒ぐ奴等も出てくるだろう」
遺族が黙っていないだろうし、政府としては報道するしかなかったのだろうが、これで状況は一変する。
きっと、世間にスキルの事が広まるのもいよいよ時間の問題だ。
今回の事件は、言うなればスキル所持者の暴走だ。
スキルが人に渡ればいつかはこんな事が起きると予想はしていたが、まさかこんなに早く事が起こるとは考えていなかった。
いくら、今までになかった不思議な力が使えるようになり、試してみたくなったとはいえ流石に早計すぎる。
政府が管理外のスキル所持者をどう扱うかもまだ分かっていないというのに…もしかしたら、永遠に人体実験なんて可能性も大いにある。いや、今回に至っては人も殺しているし、それ以上って事もある。
あー、怖い怖い。
ま、関係ない俺からしたら朗報でしかないがな。何処のバカだが知らんがよくやった。これで、俺は夏休みを退屈せずに過ごせそうだ。殺して構わないなら安心して首を突っ込めるというものだ。
全く夏休み早々幸先が良いにも程がある。
どうやら今年も織姫と彦星は俺の夢を叶えてくれたらしい。いつしか天帝に会う事が会ったら約束通りぶっ殺してやろう。サービスでたっぷり痛ぶってから殺すのも悪くない。それくらいの仕事はしてくれた。
「ただ、まさかこんなに派手に事を起こすとは思わなかったな…初犯かどうかは知らないが間違いなくバカな上にイかれた奴だな。強いのか?」
放火かなんかの範囲攻撃で一掃したならまだしも、ニュースでは犯人は凶器としてダガーナイフを使用したと報道されている。
それなら、一人一人を突き刺して殺すしかないのだから、犯行には幾らか時間が掛かったはずだ。殺害された者の中に警察官が居ることからも駆けつける時間があったという事は推測できる。
でも、これも考えてみるとおかしい。
犯人の持つダガーナイフに対し、警察は拳銃を所持している。幾ら、日本が法治国家といえど現行犯の殺人鬼に向けて発砲できない理由など無い。
俺の能力予想でいうと犯人はあまり戦闘向きのスキルではない気がするんだが、何かしら手があるのか?
正直言って場合によっては一般人でも勝てそうな能力なんだが、それともテンマのように素の身体能力が優れていたりするんだろうか。
「まぁ、これに関しては警察官が無能過ぎた説が濃厚だな。余程の無能ではない限り普通は射程の長い武器が勝つ。平和ボケし過ぎて人が撃てなかったのか、単に撃つのが下手くそで当たらなかったのか、はたまた犯人が逆に有能過ぎたのか…理由は色々と考えられるが個人的には犯人が強いと嬉しいな」
ローテーブルに置いてあるスイカを一口食べると、快は再び視線をパソコンに戻した。
パソコンの画面に表示されている新着ニュースの欄には、今回の無差別殺傷事件の犯人について大々的に取り上げられていた。
——年齢不詳、性別不詳、依然逃亡中の正体不明の大量殺人。殺人ピエロの行方とは?!
人死が出てもマスゴミはマスゴミらしい。見出しの張り出し方がどこか犯人に「もっとやれ」と殺人を助長するような言い回しに見える。
ただ、まぁ、そうだな。取り敢えず、行方を探してみようか。なんて言ったって夏休みだしね。自由研究には丁度いい。
「何やら噂の殺人鬼に大層な異名がつけられたらしいが、ちゃんと懸賞金は出るんだろうなぁ??」
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