第30話

 ——カァーカァー


 一羽のカラスが羽を両断され、悲痛の叫びを上げている。


 俺のこれ以上無い提案に、青白い顔をさせたテンマと銀次の為に、俺はわざわざ人体実験の前にサンプルを捕獲した。


 脳を破壊する。この案自体は以前からあった。人間の脳は能力を十全に発揮していないというのを知識としては知っていた為、強化すればそれなりの効力を発揮するだろうという事は考えていた。


 今まで実行していなかったのは、単にそれなりのリスクがあったのと、優先順位が低かったからだ。


 リスクというのは、言うまでもなく即死の可能性。他対象に治癒を施す分には、死にかけても蘇生の可能性が十分にあるが、自分を対象にする場合には、脳を破壊して正常にスキルを行使出来るかどうかは定かじゃない。


 優先順位が低いのは、これと言って今の脳の機能でも支障がなかった事に他ならない。脳の機能を拡張して得られる恩恵が定かじゃない以上、緊急事態や十分な実験結果がない限り踏み出すべきではないと考えていた。


 そういう意味では、今回は渡りに船の良い機会だった。今回の実験で、カラスやテンマの脳を破壊し、その後少しでも意識を保っているようなら自分を対象にしてみることも考えられる。


 実験に支障が出る為、まずは失血死しない程度に…それでも飛べない範囲でカラスの傷を治癒する。


「ねぇ、本当にやるの??」


 俺の行動を見て、今から実験を始めることを察したのか、テンマが苦い顔をして尋ねてくる。銀次もその後ろで不安そうな顔をしている。


「あぁ、やるが何か問題でもあるか?法律云々の話なら聞きたくないぞ。俺は今からコイツを殺すのでは無く、頭の出来を良くしてやるんだ。仮に死んでも故意に殺した訳で無い以上、罪に問われる謂れはない。事故だ。それにカラスは状況によっては共食いもするらしいから黙っていればバレる心配もない。そもそも、俺は未成年も未成年。誤って人を殺しても情状酌量の余地があるんだ。カラスの一羽や二羽、万が一が起きても心配する事はない」


「「…」」


 俺の正論に黙するが、2人は未だなんとも言えないような顔をしている。


「ハァ…ったく、今更かわいそうだとか思ってるのか?テンマに関しては、コイツの羽ぶった斬ってるんだ。そんなの今更だろ」


「い、いや〜、まぁそうなんだけどさ…あまりに快ちゃん躊躇しないからびっくりしちゃって…ねぇ?」


「あ、あぁ、そうだな。頭では分かっていても割り切るのはそう簡単ではない」


 なるほど。何を気に病んでるのかと思えば、そんな事か。この地球で一番わがままに生きている人様には平気で迷惑をかける癖に、変な所で繊細な奴らだ。


「そんなもん物は言いよう、要は考え方次第だ。今この瞬間にも人が美味いもんを食うために、生まれ、育てられ、殺される家畜はこの世に数えられない程いる。それを考えれば、この害獣とも言われるカラスが一羽実験に使われようが今更な話だ。どうしても、割り切れないならペットの躾の一貫だとでも考えろ。殺す訳ではないんだからな」


「「…」」


 2人は黙ったまま俯いている。


 快はこの反応を見て内心で密かに驚いていた。


 銀次が渋るのはまだ分かる。だが、テンマがここまでの反応を見せるとは予想外だった。


 コイツ初戦で俺を殺しかけた事忘れたのか?


 どうやら、テンマは戦闘時以外の冷静な状態ではこういう事にも気を取られる性格らしい。戦闘時に躊躇がなくなるのは結構だが、これから俺がやる事に一々渋られるのは面倒だな。


 テンマ然り銀次にもこの際、腹を決めてもらう事にしよう。今後の為にも今がそのタイミングだ。


「それとも、止めるか?数年を犠牲にして、達成出来るかも定かじゃない道を選ぶか?俺はどっちだって構わないぞ?元はと言えば、十中八九大丈夫だと言っているのに、不安がっているお前らの為に俺が手を汚しているんだからな」


「そ、れはそうだけど…」


「勉強もしたくない、時間もかけたくない、リスクは冒したくない、でも大学には行きたいし、教師にもなりたい…自由奔放に生きるのは結構だ。それが、お前の長所でもあるからな。だが、お前は本来、周りが必死こいて積み上げるものを裏技で突破しようとしているんだ。それをなんの代償もなくして、成果が得られると思うな。覚悟くらい今すぐ決めろ…因みに、これは銀次、お前にも言っているぞ?今後、俺がやろうとしているのは、こんな事で渋っているようでは到底耐えられない事ばかりだ。もう一度言う。覚悟を決めろ。それが無理なら俺はお前らとは手を切る」


 テンマという対等にやりあえる組み手相手と、餓鬼道会という組織の人手は確かに魅力的だ。だが、それが俺のやりたい事の足枷になるのなら俺は喜んで足を切り落とし1人になる。人手が減ってもカラーズは手元に残るし、少し前の状態に戻るだけだ。


「やるよ、今直ぐ僕にやってもいいよ」


「あぁ、すまない。俺の考えは確かに甘かった。覚悟を決める」


 俺の言葉が嘘でないと感じ取ったのか、テンマの目からはハイライトが消え、死んだ魚の目のようになり、銀次は銀次で、死地に飛び込む特攻隊のような顔つきをしていた。


 この様子だと、ようやく自分達の優先順位が決まったようだな。何を1番に考えるか。それが決まると人は大概の事では動じなくなる。もう腑抜けたことは言わないだろう。


 まぁ、顔付きからして多少危ない匂いはするが、覚悟が決まったならそれでいい。


「そうか、なら同盟続行だ。だが、カラスへの実験はこのままやる」


「え、でも、僕本当に覚悟決まってるよ??なんなら、自分で頭吹っ飛ばそうか??」


 何やら、本当にテンマがやばい領域に踏み込んでいるな。吹っ飛ばしたら、マナが細胞に馴染まないだろ。


「別にお前の覚悟を疑っている訳じゃないから落ち着け。コイツの後には、ちゃんとお前にやるから待ってろ」


「分かった!!でもなんで続けるの?」


 ふぅ、ようやく目つきが戻ってきたな。扱いミスるとテンマは勝手に暴走して死にかねないな。面倒くさい。


「カラスは元から利口な生き物だ。脳を強化したら、俺達にとっても有益な配下となるかもしれない」


「へー、そんなに頭がいいんだカラスって」


「あぁ、下手すりゃお前より良いかもな」


「え、あっはは!それはないでしょ、さすがに!!快ちゃんも意地悪だな〜」


「…」


「え、嘘だよね?…マジ?マジで?ねぇ、快ちゃん??僕ってカラス以下?」


 流石に冗談だ…多分。

 改まってそう言われると自信が無くなるが、現状ならまだテンマの方が優位な筈だ。


 だが、強化された後のカラスは本当にテンマよりも賢いかもしれない。


 カラスの利口さを示す話というのは結構ある。俺も昔テレビの検証かなんかで、そういった類のものを見た気がする。


 カラスは記憶力がよく、人の顔くらいは難なく覚えられるらしい。そして、学習能力も高く中には人の言語を真似るなんてカラスも居るとか。


 当然個体差はあるだろうが、強化前でもこれだけのことが出来る個体がいるんだ。試してみる価値は十分あるだろう。


「やるぞ」


「うん」「あぁ」


 カラスの頭の良さについて騒いでいたテンマと銀次に一声掛け、早々に実験を始める。2人とも覚悟を決めた為か、目を逸らさないようにしっかりと俺の動きを見ている。いい兆候だ。


 カラスの首元を左手でしっかりと抑える。都合よくメスなんて医療器具はない為、予めテンマのスキルによって鋭利に研がれていた木製の割り箸ほどの細さの針をカラスの頭部目掛けて躊躇なく突き刺す。


 ——グシャッ


 硬い頭蓋骨を突き破る感覚と共に、患部からは血が吹き出す。だが、それも俺の早業により文字通り一瞬の事で、即座に治癒によって元通りになった。


 ——カァーカァー!


 一度、脳を破壊した事による影響を確かめる為に、一度軽くデコピンすると、元気にカラスは鳴き出した。しっかり生きている。


 突然の痛みによる驚きで、暴れ方は先程の比では無いが、動きになんらかの支障が出たり等の様子が変わった素振りは確認できない。


「大丈夫そうだな」


 一度やって問題ないなら後はこれを効果が出るまで繰り返すだけだ。単純作業は辛いが、この脳の大きさなら20回も繰り返せば、それなりの効果が出てくれるだろう。



 ——動くな


 その後、何度も破壊と修復を繰り返した俺は、一度作業を止め、成果を確かめてみようと試しに命令を出していた。


 因みに、カラスはいつでも逃げられるように全快させている。


 頭が良くなっても言葉を理解出来ているとは限らない為、声や手のジェスチャーでなんとかその場に止まれと伝える。


 すると…


「凄い凄い!逃げないよ、快ちゃんの言っている事分かってるみたい!」


「凄いな、本当に動かない…」


 カラスは俺の命令通りに動かなくなった。


 テンマと銀次は成功したと喜んでいるが、俺はまだ半信半疑だった。


 人に慣れ、接近されても逃げないカラスは多い。この状況は偶々、俺の命令とカラスの意思が合致しただけかもしれない。


 喜ぶのはまだ早いだろう。もう少し確かめてみよう。


 俺は徐にカラスに向かい手を差し伸べる。


 ここに止まれ。


 そう強い意思を込め、カラスを睨む。


 ——ピトッ


「おーー!乗った乗った!」


 はしゃぐテンマを他所に、俺は続けて手に乗ったカラスに近くにあった木の枝を見せつける。左右上下と軽く動かし、カラスの視線が誘導されたのを確認する。


 そして、それを空高くにぶん投げ、カラスをその方に向かい勢い良く投げるように掲げる。


 ——バサッ


 飛び立つカラスは、そのまま逃げる事も出来ただろうに、空中で木の枝をキャッチすると、律儀に俺の元へと戻ってきた。


「よし、効果はしっかりあったみたいだな」


 仕込んでいる訳でもないのにこの動きは明らかに異常だろう。ならば実験は成功という事だ。


 まだ、強化して間もない為、言葉による命令の伝達には限りがあるが、近い内にそれも習得してくれるだろう。


「すごーい!!賢過ぎるよこの子!どこで飼おうか!!」


「別にその辺に放って置けばいいだろ、雑食なんだから死にはしない」


「えーー、逃げちゃわない??」


「知らん。だが、その心配は杞憂に終わる可能性が高い」


「なんで分かるの?」


 なんでだと?見てわからないのか?


「よく見てみろコイツの事を」


 テンマに向かい未だ俺の手に乗っているカラスを差し出すと、テンマは覗き込むようにして観察し始めた。


「ん…これって震えてる?って違うか。これは怯えてるのかな?」


「あぁ、俺のスキルは感情には作用しないからな。コイツの抱いた恐怖という感情は、俺の治癒でも消すことは出来ない。脳を強化した事で、明確な思考力を獲得した今、その感情は以前よりも格段に鮮明になっている事だろう。コイツが俺から逃げるデメリットを考えられる知能を持っているなら、コイツが逃げる可能性は限りなくゼロに近い。現に先ほど逃げるチャンスがあっても逃げなかっただろ?それは、震える程俺に恐怖しているからだ」


 まぁ、言葉がまだ伝わらない以上、現状、複雑な命令が難しいのは事実だ。だから、取り敢えずはたくさん話しかけて言葉を覚えさせなければならない。


「僕…今後どれだけ強くなっても快ちゃんを裏切る事は絶対しないよ」


「あ、あぁ、俺もそれには強く同意する」


 おっと。どうやらカラスだけでなく、人間2人の躾も既に完了していたらしい。手間が省けて何よりだ。


「では、次の施術へ取り掛かろうか。この通り、カラスが先陣を切って問題がない事を証明してくれたからな。憂は無くなっただろ。俺はいつでも準備オッケーだ」


 ——ゴクリ


 固唾を呑む音だけがその場に響いた。


 














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