第29話

 ——おかしい


 テンマとの毎週の鍛錬兼手合わせの為に、いつもの廃工場へと向かう最中。俺は人気の少ない道を選び、ひた走りながら最近の違和感について考えていた。


 色々と騒がしかった運動会も終わり、6月の中旬へと入ったこの2週間。


 俺は、ある違和感を抱いていた。

 というのも、俺の周りの人間の様子がおかしいのだ。


 まぁ、おかしいと言っても、テンマが大好きな手合わせを休みがちになったり、鶏が前より異常に懐いてたり、逆にメガネ女児がよそよそしくなったり、男女問わず休み時間に群がってきたり…と、この通り違和感といっても日常生活に支障をきたすレベルではないのだが、こう何度もおかしな事が続くとどうも気になってしまう。


 今日に至っては、平日よりも手合わせのできる週末にも関わらず、テンマから午後からにして欲しいという連絡が入っていた。


 平日はまだ許容できるが、週末は俺にとっても貴重な時間だ。絶対何か原因がある。


 関連性のない筈の奴等の突然の変化。俺が関与しているのは間違いないのだろうが、いかんせん身に覚えがない。


 初めは、俺が運動会で活躍した影響が出ているのか?とも考えたが、俺が活躍しているのは毎年の事だし、テンマに関しては俺が活躍するのなんて端から分かっていた筈だしな。


「ま、テンマに直接聞けば分かるか」


 餓鬼道会の拠点である廃工場に到着し、錆びも相まって重そうな扉を片手で軽く横にスライドして開く。


 電車で移動するような距離を走破しても息切れはなく、開けるのに手間取りそうな扉も今の俺なら簡単に開ける。我ながら大分人間離れしてきたものだ。


 俺の肉体はマナが馴染んだことによって強化されている為、今あるマナを消費する事はない。その為、マナを使用する、しないのオンオフが無い分、力加減が難しい事がデメリットなのかもしれない。だが、それも時間経過と共に慣れて行くだろう。


 扉を潜り、中へ入ると既にテンマはいた。いつもと違って今日は銀次もいる。


 だが2人共様子がおかしい。何故か床に大の字になって鍛錬後のように倒れている。


「なんだ!襲撃か??」


 他のスキル所持者が襲って来たのかと、嬉々として尋ねるとテンマは満身創痍の表情で答えた。


「か、快ちゃん…きょ、強敵すぎるよ」


 いつも俺と手合わせをしているテンマが強敵と評する奴。


 一瞬で心が沸き立った。


「どこだ!!姿が見えないようだが、俺がお前らの仇を討ってやる!!なんて言ったって同盟関係だからな!怪我していても我慢しろ!一分一秒が惜しい!!どこだ!どこに逃げた!」


「は、はは…僕らを大義名分にしたいの丸見えだけど嬉しいよ。でも、快ちゃん、残念ながら僕らがやられたのはコイツだよコイツ」


 テンマの掲げているものに目を凝らす。


 本のようだ。乱雑に開かれたページには問題文と思われる文章とその解説が記されている。あれは参考書か?


「は…?」


 予想外の強敵に興奮した心が一気に冷やされて行く。


「か、快ちゃん?…勘違いさせて悪いけど、そんな怖い目しないで??ね??」


「か、快…こ、これには訳が…」


 俺の表情を見て焦り出すテンマと銀次。


「どんな理由があろうと関係ない。俺を期待させた罪は重いぞ?」


「あー待って!待って!」


「…お、落ち着くんだ!」


 横になった体制のまま、ホラー映画のワンシーンのように後ずさる2人。


「この際だ、銀次も肉体の強化をしよう。俺のマナによる肉体強化はスキルの有無に関係なく効果を発揮するだろうからな。お前も、今後俺達と一緒に行動するつもりなんだろ??」


「…あ、あぁ、そのつもりだが。今からか?」


「思い立ったが吉日、善は急げと言うだろ?お勉強してたんだから、これくらいは知ってるよなぁ」


「わ、分かった…」


 観念したようにその場に留まる銀次。これが自分の為になると分かっての行動だろうが、コイツと違って潔くて何よりだ。


「よかったなテンマ。これでもう1人じゃないぞ?心強い仲間が増えて良かったな」


「ぼ、僕は…戦いながら怪我するのはいいけど、今から怪我させるよ!って感じで来られると怖いんだけど!!てか、怪我する時は1人だし、心強いも何もないって!!」


「お前はお勉強が足りないみたいだな。吊り橋効果って知らないのか?ドキドキを共有すると絆が深まるらしいぞ」


「いや、僕と銀ちゃん既に十分な絆あるし、僕女の子が好きだし…絶対、こんなドキドキのさせ方は違うって」


 あーあ、そんなこと言っちゃって…やっぱりお勉強が足りないみたいだな。


「多様性の時代になんて事を言うんだ。全く…銀次がお前を恋愛対象として見てたらどうするんだ」


「い、いや、俺は別に女性の方が…」


「うるさい。問答無用」


「「うわぁぁあ」」



 ——は?


 2人の体の破壊と修復を何度か繰り返した後、事の経緯を聞いてみると、予想外の話に思わず変な声が漏れ出た。


「お前が教師だと?」


「うん!」


「諦めろ、人には向き不向きがある」


「やだ!!」


 どれだけ痛めつけられても、やりたいと思った事には一直線。これはもう何を言っても聞かないだろう。こういう時のテンマは頑固だ。


 だが、理由くらいは聞いておかなければならない。現に俺にもその影響が出ているし、同盟関係なのだからコイツの進路くらいは把握しておく権利はある。それに、無理そうなら即刻諦めさせるのが吉だ。時間の無駄になる。


「そうか。ま、目指すのは勝手だからとやかくは言わん。だが、理由くらいは話せ。どうしたら、勉強どころか学校にすら碌に行かない奴が教師なんて職に就こうとするんだ」


「んーとねー、快ちゃんの担任になろうと思って!!」


「は?」


 ダメだ。そういえばコイツ話すの下手だったんだ。脈絡がない所の話じゃない。


「銀次、お前が話せ。コイツの話は分かりにくい上に時間がかかる。どうせ知ってるんだろ?」


「まぁ、知ってるが…俺から話しても大して変わらんと思うぞ?」


「構わん。だが、なるべく簡潔に話せ」


 テンマを一瞥し、銀次は話し出した。


「快の運動会の日の帰り道にな。テンマが悔しいって言い出したんだ」


「悔しい?」


「あぁ、俺とテンマはあまり楽しい幼少期を過ごしてないからな。快の楽しそうな運動会を見て、俺も同様に思う所はあった。だから、心のどこかでもしも快と同級生に生まれてやり直せたらみたいな想いがあったんだ」


 テンマの方を見てみるとコクコクと頷いている。端から嘘だとは思っていないが、突拍子もない事を考えるな。そんな事言ったって仕方ないだろうに。


「だが、それは無理だろう?俺達の歳は離れているし、例え時間に干渉できるスキルが存在していたとしても、俺達の生まれ自体は変えられない」


「まぁ、そうだな」


 それを実現する為には希望的観測込み込みでも越えなければならない難関が幾つもある。例え、本格的に実現しようと動いたとしても、最後に得られるのは結果に見合わない労力だけだろう。


「それで、テンマは考えたんだ。快は今小学5年生、俺達は高校3年生…」


 なるほどな。


 続きを話そうとする銀次に掌を向け話すのを辞めさせる。


 そこまで言われれば嫌でも分かる。


「俺が高校に上がるまでの4年間。その間に、大学に行き、教職に就くという訳か…それで勉強を」


 考えたものだ。確かにそれが出来るなら、テンマの望む俺との学校生活とやらを送ることも十分可能だろう。教師と生徒、立場は違えど行事や日常生活を共有する事は出来る。


 そういった類のスキル所持者を探すよりはよっぽど現実的だ。


 だが、現実的とは容易いという意味ではない。あくまで不確定なスキルに頼るよりはマシという事だ。


 初っ端の惨状を見ればなんとなく予想もつくが、進捗を聞いてみるとするか。


「で、どうなんだよお勉強の方は」


「「…」」


 黙して俯く2人。


 この様子を見る限り、どうやら俺の予想通りみたいだな。


「バカには厳しいって事だ。諦めるなら早い方が傷が浅く済むぞ」


「やだ!!!絶対先生になる!!!」


 俺のありがたい忠告を真っ向から反論してくるテンマ。この真っ直ぐさだけは褒めてやりたいが、それだけではどうにもならない事もある。


「やだ!の一言でなんでも思い通りになるのは、不良の界隈だけだぞ?」


 力がものを言う時代はとっくに終わっている。現代でテンマが力を発揮できる場所は限られているし、今の権力の効力にも消費期限がある。


 テンマがこのまま歳を重ねていけば、今の崇められている地位は無くなり、あっという間に社会的地位のドン底だ。


「今まで好き放題に生きてきた奴が、簡単に成り上がれるほど社会は甘く出来てない」


「凄い頑張るもん!!!」


 やる気は大したもんだ。だが、コイツは未だ教師というものを甘く考えている。


「お前どこの大学に行くつもりだ。まさかとは思うが、適当に入れそうな大学に入って、教員免許とれれば良いかな。なんて、甘い事考えているわけじゃないよな?」


「え、ダメなの??」


 やっぱりか。


「教員免許持ってたって、採用試験に合格しなければ意味がないだろ。お前、俺が通う高校に赴任したいんだよな?それなら、半端な学力じゃまず採用されないぞ。俺は自慢じゃないが、お前の高校の全生徒の知能合わせても足りないくらいには頭が良いからな。公立ならまだしも私立なんて行ったら、まず学歴で採用されんぞ」


 テンマの身体能力なら体育教師なんて選択肢もあっただろうが、それでも推薦で大学に行ける程の実績はない。部活はおろか学校も碌に行っていないのだから当然と言えば当然だが、ここから相応の大学に進学しようと思ったら、並大抵の努力では間に合わない。


「現役合格する予定だったみたいだが、お前の学力でそれが可能なのか?現在の学力は知らんが、その程度の参考書で躓いているようでは夢のまた夢だぞ」


 参考書に記されている内容は精々高校1年生の内容だ。だが、これが理解出来ていないのならば、中学生、いや下手すりゃ小学生の内容すら怪しいだろう。


「……ど、どどどどーしよ」


 事態の深刻さに今頃気が付いたのか、テンマは露骨に目を泳がせる。


「銀次、お前から見てテンマの学力はどうだ」


「…そうだな。俺もあまり勉強をしてきた方ではないから、確かな事は言えない。だが、快の言う通りこのままでは難しいかもしれない。参考書を読んで時間をかけて理解は出来ても、それはテンマが受験しなければならない大学を志望する者はとっくに理解を終えている内容だろうからな。周りが応用を考えている合間に、俺達は基礎を固めている。この現状はキツイと言わざるを得ない」


 銀次の地頭は悪くはなさそうだが、それでもこれまでコツコツと勉強をしてきた者には敵わない。テンマに関しては言わずもがなだ。


 俺のように元のスペックがずば抜けている者ならば話は別だが、コイツらの頭にそれを求めるのは酷というものだろう。


「ま、そうだろうな。志は立派でも結果が伴わなければ意味はない。残酷すぎる程公平なのが勉強ひいては受験というものだ」


「…か、快ちゃん!勉強教えて〜!!」


「バカかお前は。いや失礼、事実バカだったな。今は6月。受験までおよそ半年強しかないないんだ。既に俺が教えてどうこうなる段階はとっくに終わっている。正規のやり方を考えるより、都市伝説紛いの裏口入学を検討した方がまだ現実的なくらいだ」


「そ、そんな、いい考えだと思ったのに…」


 四つん這いになり、絶望のお手本のような格好をするテンマ。


 自分がいかに楽観的な思考で物事を考えていたか痛感したようだな。無理もない。それで、事実これまではどうにかなってきてしまったのだからな。


「…テンマ」


 ポタポタと床に涙を溢すテンマを銀次が慰める。


 高校生が小学生に論破されるだけでなく、教えを請う…そして断られて泣く… この絵面、いくらなんでも惨めすぎる。


 今回に関しては俺は何も間違っていない。客観的に事実を述べただけだ。扱いとしては鶏よりよっぽど親切に対応した。


 助けてやる道理はない。


 この現実問題に発展したのは、まず間違いなくテンマの自業自得だ。学校に行かず、勉強もせず、やりたくない事から目を背け続けた結果。


「反省してこれからは真面目に生きろ。浪人覚悟ならまだチャンスはある」


 そう告げるのが今回の正解なのだろう。


 だが、俺は敢えて助けてやる。

 そもそも、道理とか知らんしな。


 俺なりに考えてみた結果、テンマが俺の通う学校の教師になるというのは俺にとってもそう悪い提案じゃない。ウザいのは間違いないが、学校に1人、俺の奴隷兼協力者を紛れ込ませる事ができれば、何かと都合が良いのは確かだ。俺の担任になれるかどうかは知らんが、同じ学校に居るだけでも俺の自由が増えるのは間違いない。


「諦めるか?」


 未だ泣いているテンマに意思の確認を取る。


 助けるのは簡単だ。だが、俺はそれが例え自分の得になろうとも簡単に諦めるようなやる気のない奴を助けてやるつもりはない。


 俺は、まだ出来ることがあるのに足掻こうともせずに諦める奴は大嫌いだ。


「…うぅ。快ちゃんは無理だと思うんだよね?」


「あぁ、現役は無理だな。運が良くて来年、死ぬ気でやっても再来年って所だな」


 これは俺が助けなかった場合。だが、この事実を知っても尚頑張る気概があるのなら助けてやる。


 俺の言葉によるテンマの反応を黙って窺う。


 どうだ?


 やるか?諦めるか?


 テンマは四つ這いの状態から静かに立ち上がり、流れている涙を袖で拭き取り、決意の籠った瞳で俺を見つめる。


「僕、やるよ!!浪人しても、快ちゃんが高校に通っている間に絶対教師になってみせる!!」


「その努力が無駄になるかもしれないぞ?」


「無駄にはしない!!!」


「ははっ…」


 万が一を考えないあたりが何ともテンマらしい。ま、この愚直さがコイツの長所かもしれないな。


 この状況で俺が笑みを浮かべたことがおかしかったのか、テンマは不思議そうに首を傾げる。


「助けてやる」


「…え、助けるって?勉強を教えてくれるって事?」


「いや、違う。そんな事せずに、俺がお前を希望の大学に現役合格させてやるって意味だ」


「…え」


 唖然とした表情で俺を見つめ、テンマは訳がわからないとばかりに狼狽える。


「ど、どういうこと…?快ちゃんが無理だって言ったんじゃん??!」


「それは正規の方法ならって意味だ。それに、端から無理とは言っていない。厳しいって言っただけだ」


「…で、出来るの?本当に…」


「俺が嘘を言った事があったか?」


 テンマと銀次は互いに目を合わせ、笑みを浮かべた。そして、俺を見て興奮したように迫ってくる。


「快ちゃーーーん!!!」


 抱きついてこようとするテンマの顔面を抑え、それを阻止する。


「か、快。そんなこと本当に出来るのか!!」


 銀次は銀次で未だ半信半疑といった様子だが、その目は希望に満ちていた。


「くどい。出来ると言ったら出来る」


「おー、そうか!!良かったなテンマ!!」


「うんうん!!やっぱり、持つべきは親友快ちゃんだね!!快ちゃんに不可能なんてないんだね!!あー、僕本当に先生になれるんだ!!」


 もう合格したかのようなテンションで盛り上がる2人。俺の言葉にそれだけの信頼があるとは、嬉しい限りだな。だが、方法は聞かなくていいのか?


 そんな事を考えていると、銀次が思い出したかのように俺に聞いてきた。


「そういえば、どうやって合格させるんだ??出来ると言われてつい舞い上がってしまったが、俺にはそんな打開策が思いつかなかった」


「うんうん、僕も気になる!!」


 そうだな、大事な人体実験第一号だ。実験内容くらいは共有しておこう。


 2人の質問に俺は微笑み、指先で頭をトントンと指差しながら答える。


「簡単だ。脳みそを強化する。物覚えが格段に良くなるぞ?」


「そ、それってつまり…僕の頭を」


「あぁ、ぐちゃぐちゃにしよう」




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