第28話

「ふふっ、楽しかったな〜」


 快の運動会が終わり解散となった帰り道。散々な目に合った事も忘れて、ご機嫌な様子でテンマは呟いた。


「知らぬ間に死地に飛び込ませられたこっちの身にもなってくれ」


「あはは、それは本当ごめんね銀ちゃん」


 釘を刺すように言うと、テンマは素直に頭を下げる。


 テンマの身勝手な行動で銀次は仕方なく快に対しての絶対服従を許容した。一度だけという制限付きではあるが少なからずその事については責任を感じているらしい。


 快曰く、危険な命令は出さないとの事だったが、普通の感覚とは大分乖離している快の事だからどんな命令を下されるか正直分からない。


 快はスキルが治癒という特性のせいか加減を分かっていない節がある。それを考えると心配するなと言われても僅かに心の準備が必要だった。


 まぁ、テンマの貸し1億に比べれば込み上げた怒りも収まるというものだが…ほぼ無制限っていうかそんなの実質奴隷契約じゃないか。


「もういい、お前が勝手な事をするのはいつもの事だ。だが、今度からはやる前に言ってくれ。こちらにも心の準備というものがある」


「はーい」


 またも素直に返事を返すテンマだが、これもこの場だけかもしれないと思うと銀次は気が重かった。


 いつも返事だけはいい、返事だけは。


 昼に目を潰されたにも関わらず、懲りずに直後にあった綱引きに参加するくらいだ。テンマの無鉄砲さは筋金入り。この様子では、また近いうちにやらかすのは確定だろう。


「でも、銀ちゃん」


「なんだ」


「来て良かったでしょ?」


 苦言ばかりを呈す銀次に、テンマは先行していた体を振り返らせイタズラ気な顔をして問いかけた。


 その顔に、案の定全然懲りてないとわかり、溜め息を吐きたくなるが、それを抑えて今はニヤリと口角を上げた。


「あぁ、悪くなかった」


「はははっ!やっぱり!そうだと思った〜!」


 スキルを獲得したことで元々の異常さに拍車がかかり、常軌を逸した鍛錬の果てに超人的な身体能力を得た快。


 その小学生の運動会は、始まる前までは結果が見えた退屈なものになるだろうと考えていた。実際当初はテンマを抑えることにしか集中していなかった。


 しかし、いざ競技が始まってみるといつの間にかそれも忘れて夢中になる程見入ってしまっていた。


 紅白の実力のバランスが偏っていた為か、その偏りが良い具合に快の実力を引き出し、盛り上がる要因となっていた。


 銀次が綱引きに参加したのも、半ばテンマや快、そして会場の雰囲気に当てられたからかもしれない。


「やっぱり一番はリレーかなぁ!ぐんぐん追い上げて、最後は総合優勝する為に仲間を引っ張る!カッコよかったな〜、快ちゃん!」


「あぁ、アレな!引っ張るというより引き摺っていたように見えたが確かに熱かった!だが、騎馬戦も捨て難いぞ!1人で敵陣に飛び込み、大将を打ち取る!正に一騎当千という感じだった!」


「あぁー!!確かに!!んーー、決め切れないなぁー!やっぱり、来年も行っちゃダメ?!」


 今日の事もあり、ダメだ!と即座に答えようとするが、自分も興奮している手前、言葉が喉に詰まった。事実、行きたかった。


「……それは、要相談だ」


「ははっ!分かったよ〜!来年までにもっと快ちゃんと仲良くなろうね!」


「仲良くなって許可が出るかどうかは分からんが、まぁ…そうだな」


 喧嘩しか楽しみのなかったテンマが、つい最近知り合った子供の運動会を心の底から楽しんでいる。その事実が、銀次は途轍もなく嬉しかった。


 テンマが戦うこと以外にも興味を見出した事もそうだが、それを自分も楽しめる事が、共有できている事が何より嬉しかった。


 テンマと付き合って行く上で、仕方なく喧嘩をする日々を送っていたが、喧嘩という非日常を楽しむテンマに反し、銀次はその楽しみ方が分からなかった。


 怪我をするのは痛いし、大勢に囲まれ殴られば怖い。普通の感覚を持っていながら、その日々に付き合うのは、今思えば相当な心労だった。


 このまま戦うこと以外の事をして楽しんでいければ…そう考えない訳ではないが、それが現実的に難しい事なのは、深く考えずとも分かってしまう。


 テンマは快という自分と対等に、いやそれ以上に戦える者と出会ってしまった。加えてその快から明かされた他のスキル所持者の存在。


 テンマは戦い自体が嫌いになった訳ではない。むしろ、その熱は好敵手の出現により、前よりも上がっているだろう。そして、その快自身も戦闘行為を望んでいる。


 この面子が合わされば、到底平穏な日常では満足できない。闘争本能というよりスリルを求めているからだ。2人からしてみれば、死にかけるような争いは、遊園地の絶叫マシーンのようなものなのかもしれない。


 相変わらず先を考えると思いやられる。だが、銀次もこのテンマや快と笑い合う日常を守る為なら、以前よりも戦うことに意義を見出す事が出来る気がしていた。


「でも悔しいな」


 楽しい空気から一変。テンマは唐突に悲しげに呟いた。


「悔しい?何のことだ?」


 快の姿を動画に撮れなかった事か?月下家と祝勝会を共に出来なかった事か?…だがどちらも後日、月下家に行けば解決する事だ。快はともかく、両親には歓迎されているのだから不可能ではない。


 本来見る事の出来なかった筈の運動会。それを応援するだけでなく、参加までする事ができ、遂には逆転優勝に貢献することまで出来た。


 この現状の何処から悔しいという気持ちが出てくるのか。銀次には分からなかった。


「ん、いやね、快ちゃんと同学年だったらな〜って」


「なるほど。それは確かに悔しい…だな」


「…うん」


 この夢は流石に実現不可能だと分かっている為か、テンマは諦めを滲ませた表情で頷く。


「生身で空を自由に飛ぶ事は出来ても、こればっかりはどうにもならんな」


「そうなんだよ〜。例え時間を操るようなスキルがあったとしても、歳の差だけは流石にいじれないでしょ」


 そうだ。歳の差というのは時間を操るだけでどうこうなるものではない。


 俺達が同学年になる為には、俺達や快の生まれる時期を操作するしかない。だが、現実問題として親が居なければ子は生まれない。例え時間操作が可能でもその過去に干渉できなければ意味がない。そして、もし仮に干渉が可能で、親の出会いを早める事ができても、子を作る年齢には適齢期があり、そもそも期間を違えても生まれてくる生命体がその求める人自身かどうかは定かじゃない。


 根本的な学年や年齢は弄る事は出来なくても、体の成長度合いを合わせる程度の事なら可能だろうが、テンマが言っているのはそういう事では無いのだろう。


「……んー、特級でも流石に無理だよね??」


 そういった問題も重々承知だろうに、念の為と言わんばかりに確認をとってくるテンマ。


 運動会の余韻もあり、尚更同世代に生まれたかったという想いが強くなっているのだろう。その気持ちは分かる。もしそういった事が現実となったら、本当に喧嘩だけではない楽しい未来があったかもしれない。


 だが、残念ながら銀次の返す答えは変わらない。


「あぁ、特級だとしてもそれは無理な相談だろう。俺達の身近にいる特級は快だけだが、それを見ているだけでも分かる事はある。特級は言わずもがな規格外だ。不可能を可能にする、正に神のような能力と言ってもいい。だが、それでも決して欠点が無いわけではない」


 銀次はスキルどころかマナという感覚すら知らない。だが、その仕様くらいは理解している。


「まず、スキルを行使する為の燃料となるマナの問題がある。いや、課題と言った方がいいか」


「マナの問題?スキルの出力の話じゃなくて?等級による能力の限界はあっても、マナの総量は枯渇を繰り返せば伸ばせるでしょ」 


 快のスキルで例えると分かりやすいだろうが、快は失った欠損部位の復元も出来る。だが、それがもし快のスキルの等級が特級ではなく下級であったならおそらくそう都合良くはいかない。テンマの中級のスキルで大規模な竜巻を起こせないように、等級にはそれぞれ能力限界がある。


 テンマの言っていることは理解出来る。だが、銀次の言いたい事とはこれとは少し異なる。


「いや、まず俺とお前らでスキルに対する認識の仕方が違うみたいだ。俺が時間干渉系のスキルが特級でも実現が難しいと考える理由はそこじゃない。まぁ、それも一理あるのだが、能力の限界とかそういう話ではなく、もっと根本的な…前提の話だ」


「認識の仕方?前提?スキルの事に関しては、快ちゃんと僕で知っている事は全部共有しているはずだけど…」


「そういった情報の事じゃない。俺が言っているのはスキルの使い方に関してだ」


「使い方?」


「あぁ、俺の周りにはちょっと頭のおかしい奴等しか居ないからな。普通の感覚を持つ俺から言わせてもらうが、スキルとは本来、使用制限が定まっているものだ。お前は快と一緒に居過ぎて感覚が狂っているようだがそれを忘れている」


 そもそもの話、枯渇する事を承知でスキルを使う人間は稀だ。普通の感覚を持っている人間ならば、マナが枯渇に近付くにつれ増していく忌避感で、マナを消費する事自体を避ける。枯渇してもノーリスクならマナの総量を底上げする事も有るだろうが、激痛が伴うならば尚更避けるだろう。


 本来なら与えられた時点の範囲で使いこなす筈だ。だが、その本来ある筈の欠点を快やテンマは無視して、バグを自発的に起こしている。快が使用制限を殆ど気にしないでスキルを使えている…それ自体が異常なことに2人は気が付いていない。


 銀次の言葉に唖然とするテンマ。そして、眉を顰めて、訳がわからないと銀次に反論する。


「何言ってるの銀ちゃん!僕も快ちゃんもそのくらい承知してるよ?」


「いや、しているようでしていない。自分達の尺度がすでに狂ってしまっているから、他のスキル所持者の事を客観的に考えられていない」


「…どういう事?何が言いたいの?」


 銀次の言葉にテンマは更に頭にハテナを浮かべる。銀次は別に勿体ぶっているわけではない。おそらく感覚がズレていて、上手く伝わっていないのだ。


「お前達はマナの総量を他のスキル所持者も同様に増やせると思っている。それが俺が思う認識の違い、ひいては課題だ」


「え……増やせないの?なんで??僕と快ちゃんは等級違うけどマナの総量は増やせてるよ?」


 銀次からしてみれば、ここまで言って伝わらない事の方が驚きだった。


「テンマ、お前…まさかマナの枯渇が激痛が伴う事を忘れてる訳じゃないよな?」


「……あ」


 明らかに忘れていたような反応を見せるテンマ。その事に今度は銀次が顔を唖然とさせる。


「お前…前はマナが少なくなるにつれ忌避感が増すって言ってたような気がするんだが…それすらも忘れてしまったのか?」


「い、いや、凄い痛いのも忌避感がするのも変わってないし、忘れてる訳じゃないよ。ただ、この痛みには慣れないとか言ってる割に毎日マナを枯渇させてる快ちゃん見てたら、これが普通なのかなって思えてきちゃってさ。それに、僕がマナを枯渇させる時は、どうせサボるからって大体快ちゃんにボッコボコにやられた後に無理やりさせられるから、激痛だから出来ないとかやりたくないとかそういう思考なんてなかったよ。もうマナを枯渇させる前から既にそこら中痛いし、別にいいかなみたいなさ…あはは」


「まさか、既に奴隷状態だったとは…」


 テンマの発言に銀次は驚くよりもドン引きしていた。しかし、テンマは軽い調子で話を続けた。


「奴隷…あっはは…まぁ、やらかした今はそうかもしれないけど、マナの総量を上げるのは僕の意思でもあったんだ。僕は激痛よりも快ちゃんにはガッカリされたくない気持ちの方が大きいからね。それに、等級の低い自分がこれ以上強くなるにはこれしか無いのは分かってたから」


「なるほどな。どうりで失念していた訳だ。選択肢がやるか、無理矢理やるかの2択しかないのなら当然認識も歪んでしまう」


「あはは、そうかもね。確かに快ちゃんと出会う前は死んでもいいくらいの覚悟でマナ枯渇させてたもんね。そりゃ、皆が皆マナの総量の底上げができるわけじゃないよね」


 銀次の言いたい事がやっと伝わったのか、納得するようにテンマは頷く。


「まぁ、そうだ。そこが分かったのなら、例え特級の時間干渉系のスキルが存在したとしても、実現が難しい事は分かるだろう」


「うん、ようやく意味が分かったよ。つまり銀ちゃんが言いたいのは、例え能力上可能な事でも、それを実行する為のマナが足りなければ意味がないって事でしょ?」


「あぁ、簡潔に言うとそうだな。快は怪我の大きさで消費するマナの量が増減すると言っていた。という事は、時間を大幅に操る場合には、それだけのマナが消費されるという事だ。仮に、俺達の生まれを操作するとなると、数秒ではなく少なくとも年単位の操作が必要になる。出来ると思うか?」


「…無理だね。快ちゃんは特級だけどマナの量は最初から多いわけじゃなかったらしいし、能力上は可能でも、それを実行する為のマナが圧倒的に足りない。銀ちゃんに指摘されるまでなら、マナを増やせば?とも思ったかもだけど、そんな根性ある奴滅多にいないし、居たとしてもそいつが時間干渉系のスキルを持っている可能性は低い。それに、そもそも年単位の時間をいじくり回すのに必要なマナ総量を身につけようとしたら、日に何度も枯渇をしなければならないし…そんなの現実的じゃないね」


「あぁ、緊急事態ならまだしも、忌避感と痛みの強いマナの枯渇を一度だけでなく、継続して行える異常者がそう多くいるとは思えない。まぁ、いて欲しくも無いが…それを考慮してみても不可能と言っていいだろう」


 銀次の考察から導き出された芯のある明確な答え。


 その事実を突きつけられたテンマは分かりやすく肩を落とした。


「あーー!やっぱ無理かー!!ほんのちょっとだけど、期待してたんだけどなぁ!!」


「まぁ、いくら快が大人びていても、年齢や体ばかりは待つ事でしか成長してくれないからな。生まれた年が離れている分、どうしても俺達は先に大人になってしまう」


「…!」


 銀次から慰めるように発された言葉に、何か閃いたようにテンマは一瞬目を見開いた。


「…成長…大人…1、2、3…」


 そして、ぶつぶつと何かを呟きはじめ、遂には指を折り数まで数え始めた。


「お、おい…テンマ?」


 明らかに様子のおかしいテンマに、銀次は心配になり肩に手を置き声をかける。


 すると、テンマは突然笑みを浮かべて、肩に置かれた銀次の手を両手で掴んで衝撃の言葉を発した。


「銀ちゃん!!僕に勉強教えてッ!!!」


「べ、勉強?!どうしたんだ突然!」


 今までなら絶対に言わないであろうテンマの言葉に銀次は今日一の声を張り上げた。


「どういうつもりだテンマ。喧嘩にしか興味の無かったお前がようやく他の事に興味を持ち始めたかと思えば、今度は勉強だと??次からは、やらかす前に言うという約束だぞ!!白状しろ!今度は一体何を企んでいる!!」


 銀次の真剣な眼差しに、テンマはいつものように笑って答える。


「ふふっ!僕、教師になる!!!!」














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