第26話

 お仕置きという名の昼休憩も終わり、午後の競技が始まった。


 現在は中学年による演舞が行われている。これは得点としての絡みはないが、保護者にとっては大事な種目の一つなのだろう。自分の子供が一生懸命踊る様を皆揃ってカメラを構えて撮っている。


 昨年を思い返してみると、確かに両親の熱狂ぶりは凄かった。運動会当日もそうだが、終わってからも録画したビデオを定期的に鑑賞するほど気に入っていた。昼にもちらっと演舞がないことを確認し落ち込んでいる様子だったから、その気に入りようは余程だろう。


「やっと終わったか」


 曲も終わり、盛大な拍手が送られると中学年の生徒達が一斉に退場していく。


「あー、終わっちゃったー!あたしも踊りたかったなー!」


 鶏が拍手をしながらそう名残惜しそうに口にするが、その良さが俺にはさっぱり分からない。


 何なら今年5年生に進級したことで、この競技から免れることができて心底ホッとしている。


 両親に見られるだけならまだしも、テンマや銀次に見られるなんて冗談じゃない。もし仮に、踊ることがあろうものなら本当にテンマの目玉を潰したまま放置していた筈だ。


「快くん、まだ得点追い付ける?」


 次の種目が始まるまでの暫しの待ち時間。メガネ女児が得点板の方を見ながら不安そうに声をかけてくる。


「今後の結果次第だがまだ逆転できる範疇ではある」


「そ、そっか」


 俺の言葉を聞いて尚、メガネ女児は不安そうに頷く。まぁ、気持ちはわからないでもない。


 午後の競技はそう多くはないが、団体競技が多く得点の比重としては大きい。午前の終わりで俺が騎馬戦でボロ勝ちしたことで、赤組の背中ぐらいは捉えたが、その点差は未だ大きく団体競技で負けが許されるほど余裕がある訳ではない。


 一度も負けてはならないという事実は、精神的に余裕がなくなる。


 この様子だと、もしかしたらメガネ女児は緊張しているのかもしれないな。勝つと言い切ってしまった手前、負けたら鶏が盛大に泣きそうだし、ミスしてはならないというプレッシャーもあるのだろう。


 煽りの件もあり忘れていたが、元は気弱の性質らしいからな。仕方ない。ここはフォローしてやるか。いつも、休み時間は鶏を遠ざけてくれているからな。そのお返しだ。


「心配するな。俺は勝つと言ったら勝つ。仮にお前がリレーで何回転ぼうが、何回バトンを落とそうが、最後には俺がカバーしてやるから気を張らずに普通にやれ」


「う、うん。わかった!あ、ありがとう快くん!」


 青ざめていた顔に血色が戻った。もう大丈夫だろう。


「気にするな。足手まといが一人増えようが、俺にとって大した差はない」


「…は、はは。そうだよね、快くんってそういう人だよね」


 ん、変わらず血色は良いが、なにやら顔を引き攣らせている。何か気に食わなかったのか?全く、扱いの難しいやつだ。まぁ、緊張も無くなったようだし、これで十分だな。


 丁度、次の競技が始まるみたいだ。


 会場に放送委員会によるアナウンスが流れる。競技はPTA綱引き。


 それを聞き視線を前に戻すとトラックの内側に、続々と大勢の大人が入場してくる。その性別や年齢はバラバラで統一性はなく、その大人達はコートを半分に横切るように設置された綱に二手に分かれて並び出す。


「快ーー!!見てろよーー!父さんが絶対勝ってやるからなー!!」


「快ちゃーん!!僕も頑張るよー!!応援してーー!!快ch…mmm!!」


 そして、その集団から一際大きな声で自分の名前を呼ぶ声が聞こえてくる。


「ハァ…」


 本日、何度目かのため息が出る。


 腕を折り曲げ筋肉を見せつけるようにする父親と、ぴょんぴょんと跳ね大声を出すテンマにその口を塞ぎ気まずそうにこちらに頭を下げる銀次。総じて目立っている。


「わぁ!快くんのパパとお兄ちゃん達だよ!!ねぇ、みーちゃん、見て見て!」


「う、うん、そうだね…」


 その注目は、近くにいた鶏やメガネ女児だけに留まらず俺の周りのクラスメイト含め、白組全体にまで及んでいる。


 控えめに言って撃ち殺したい。これ程、遠距離攻撃が無いことを悔やんだことはない。早急に開発に取り掛からなければな。


「この際訂正して置くが、あの筋肉達磨は確かに俺の父親だが、残りの二人は兄なんかではない。ただの知り合いだ」


「えぇー、そうなんだ!!でも、快くんのパパはすごい筋肉だし、あのお兄ちゃんたちは快くんの知り合いなんだから絶対勝てるよ!!!」


 俺の知り合いだから戦力になるという、相変わらず鶏の解釈は意味不明だが、強ち間違ってはいない。なんせ俺が協力しろと言ったのだからな。戦力になってもらわなければ困る。


 ただ、PTAの競技に直接出ろとまでは言っていない。


 俺がテンマに頼んだのは白組が劣勢になったら、できる範囲で風でアシストしろと言っただけだ。風での補助なら別に応援席からだってできるだろうに…テンマに言っても無駄か。


 まぁ、白組陣営がこれで勝てるなら出場したことは大目にみよう。だが、注目を集めた事と、俺に恥をかかせた事は別途で請求する。


 このPTA綱引きの勝敗は赤と白のそれぞれの点数にしっかり加算される。そのため、保護者達も我が子の勝利の為にと張り切っている訳だ。


 その証拠に現在大幅にリードしている赤組陣営の雰囲気は和やかだが、白組の顔は大分力んでいる。


 この結果如何によって、白組の勝利の芽が無くなるのだから無理もない。俺にとってもいくらこの後に得点の高いリレーが残っているとは言え、ここでの勝利がなければそこでの勝利も意味をなさなくなる。だから…


 勝て。


 声に出さずに、静かにテンマと銀次を見据える。その意思を確かに感じ取ったようで、二人は揃って頷いた。


 ——パンッ


 雷管ピストルの音と同時に両陣営が一斉に綱を引く。


 ——ズシッ


 だが、両者力が拮抗しているのか、綱が伸ばされる音がするだけでこう着状態に陥っている。


 父と銀次は筋肉をこれでもかと動員し、袖から除く腕には血管が浮き出ている。テンマも力の限り引いているのだろうが、何というか軽く見える。果たしてアレは戦力になっているのだろうか。


 単純な力となると、今のテンマは銀次よりも劣る。テンマの強みは戦闘に置いて発揮される身のこなしとスピードだから仕方ないといえば仕方ないが、これを見るとやはり肉体強化の段階が浅い、スキルの無いテンマは怖くないな。


「わぁーー勝った勝った!!」


 勝敗そっちのけでそんな分析をしていると、鶏が歓喜の声をあげる。どうやら、この反応からしてスキルを使うこと無く白組陣営が粘り勝ったらしい。


「おぉー!!勝ったぞー!見たかー快!!!」


「快ちゃーん、やったよー!!」


「…ふん!」


 父、テンマ、銀次が揃ってこちらに手を上げてくるが、俺は肝心な所を見逃したようだ。すまんな、父よ。息子はスキルのことを考えていた。


 これで終わりかと思われた綱引きだが、どうやらメンバーを総入れ替えして、もう一戦行うらしい。


 確かに考えてみれば、急遽集まった人員を均等に分配する事は難しい。スポーツテストのデータがあるのに偏った組み分けにした教師陣を見ればそれはよく分かる。


 2回戦目を行うのは、両陣営の公平性を保つ為の配慮なのだろう。


 となると、次に負ければ白黒つける為に3回戦目があるということか。それはめんどくさいな。


 この勝敗の行方は既に殆どの確率で決まっている。相手にスキル所持者でもいない限り、これは覆ることはないだろう。


 こんな茶番早く終わらせるに限る。


 メンバー入れ替えで、あるかもしれない3回戦目に備えて脇に控えているテンマ目掛けて、近くに落ちてた小石を指で弾く。急拵えの遠距離攻撃だ。


 ——シュッ


「痛ッ?!」


 小石が額に当たり、こちらを向くテンマに今から始まる2回戦目の方を見て顎でしゃくり合図を出す。


 すると、意味を理解したのか頷いて笑みを浮かべた。


「わー、勝てるかなぁ、勝てるかなぁ」


「うるさい黙ってみてろ」


「でも、快くん、相手強そうだよぉ」


「問題ない、勝つから黙ってみてろ」


「分かった!!快くんが言うなら黙って見る!!」


 落ち着きの無い鶏を黙らせ、2回戦目の面子を見てみると、確かに分が悪そうに見えた。


 婦人が多い白組に対し、明らかに体育会系のガタイをした男の多い赤組。中には、モノホンの助っ人外国人までいる。


 ここまでくると本当に裏金でも渡してそうな組み分けだな。不正してますと言われた方がまだ納得できる。ま、不正には不正だ。


 ——パンッ


 2回戦目が始まると同時に、不自然に巻き起こる風。その風は徐々に赤組陣営へと向かって行く…


 この勝敗にオッズがあるとしたら、まず間違いなく俺は大金を獲得できていただろう。


 やる前に半ば勝敗が分かっていると思われていた2回戦目は、大勢の予想を裏切る形で呆気なく終わった。


 白組の圧勝。


 始まった途端に、砂嵐が赤組を襲った。その偶然に、白組は赤組に劣る戦力にも関わらず勝利した。


 目に砂が入れば痛む。痛みがある中物事に集中出来る者はそう多くない。ましてや、力と周りと息を合わせる必要がある動きなんて出来るわけがない。


「わぁーーー!!本当に勝った!すごーい!快くんの言った通りだー!!」


「ほんと、すごいラッキーだね…」


「だな」


 偶然、風が起こって、その風が偶然砂を巻き上げ、その砂嵐が偶然赤組を良いタイミングで襲ってくれた。


 あぁ、本当にラッキーだな。



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