第25話

 ——騎馬戦

 4人一組で構成され、3人が土台となる騎馬を作り、その上に騎手が1人乗る。騎馬の機動力と騎手の身のこなしを駆使し、敵陣と帽子やハチマキを奪い合う競技。


 運動会の競技の中では比較的激しく、リレーと同じくらい盛り上がるものと言えるだろう。


 近年、騎馬戦のその競技性から怪我人などが続出し、運動会の種目の中から外される傾向があるらしいが、俺の通っている学校では未だに定番競技となっている。


 怪我をさせたく無いのならはじめから運動会なんて辞めてしまえと思わなくもないが、それをしたらしたらで、苦情が殺到するのだろうから難しい世の中だ。


 この競技は5、6年生の男子のみで行われ、午前の部の締めの種目となっている。


「よし、騎馬を作れ」


 既に組み分けされている他のメンバー3人に、俺は指示を出す。


「え、あ、でもっ、快くんは騎馬だった気がするけど」


「たっちゃんが上だ!」


「そうだ、俺が上だ!お前は騎馬だ!」


 俺のチームは俺の発言が揃って気に入らないらしい。


 確かに、事前に騎馬と騎手を決めていたような気もするが、その時はどうでも良過ぎて全く聞いてなかった。どうやら、俺は騎馬役だったらしい。


「そうか、俺は騎馬だったのか」


「そうだ!!」


「じゃ、代われ」


 事前の取り決めなど知らん。適材適所だ。俺の方がたっちゃんとかいう奴より強い。


「なんだと!俺が上になった方が強い!」


 物事を合理的に考えられないらしいな。このたっちゃんとか言う奴は。


「うるさい、お前は明らかに騎馬体型だろ。ルールを知らないのか?騎馬が崩れて、騎手が落ちても負けになるんだぞ。お前のジャンクフード印のアメリカ人体型だとたとえ強くても、敵よりも先に味方が死ぬんだよ」


 コイツの体型だと俺は良くても、他の2人が潰れる。このままだと確実に帽子やハチマキの取り合いの前に、耐久戦が始まってしまう。


 別に俺1人でも問題なく支えられるだろうが、それだとコイツと必要以上に密着することになるし、それはなんとしても避けたい。


「ふん!俺のは筋肉だ!」


「ほー、それなら良かったな。その肥大した肉が全て筋肉なら尚更お前は騎馬向きだ。大活躍間違いなしだ」


 大方、ただ目立ちたいだけなのだろう。見るからに何処ぞのガキ大将感万歳だし、事実その体重差なら同年代なら怖いものなしだろうからな。


「騎手目立つ!やりたい!」所詮この程度の思考力で物事を考えている。勝敗なんて二の次だ。


「そ、そうか?大活躍か?」


 俺の皮肉を自分の美味しいように咀嚼したのか、チラチラと応援席の方を見て、あからさまに機嫌を良くする。


 ん、好きな女子でもいるのか?まぁ、どうでもいい。これでいけそうだな。どうせ、騎手に限らず目立てれば何でも良かったんだもんな。


「あぁ、モテモテだろうな」


「よし、上に乗れ快!!!」


 張り切ったヘビー級の騎馬をゲットした。コイツに比べると他はポニー同然だな。


 ——おぉ


 号令がかかり、実際に騎馬に乗ってるみると抜群の安定感を誇っていた。


 ヘビー級を先頭に、気の弱そうな奴と子分みたいな奴は後ろから支える。しかし、俺の体重のほとんどはヘビー級に乗っているようなもんだ。


 皮下脂肪の下には確かに筋肉があったらしい。その割合は五分五分だろうが。


 ピーッ!!


 会場に開始の合図が鳴り響く。


 ドタドタとグラウンドを震わせ、一斉に両陣営の騎馬が走り出す。


 勝利条件は次のどちらか2つ。

 大将騎を負かすか、その他の騎馬を負かし、時間切れの時の生存騎の数を競うか。


 まぁ、俺が狙うのは実質一択だ。


「何処に行く!快!!」


「大将騎だ」


 下から聞こえてくる声に短く答える。


 大将騎が負ければ、組自体が負ける事は皆周知の事実だ。だから、必然と大将騎の守りは固くなる。


 特攻してそのまま大将騎が討ち取れればよし、阻む奴が居るならそいつらも一掃する。


 一石二鳥、時間短縮にもなり我ながら完璧な作戦だ。


 まぁ、俺の所属する白組は筋金入りの無能だからな。自分の所の大将騎を守る為にも、掛かる時間は少ない方がいい。


「敵が多いぞ!どうする!!」


 俺の予想通り、大将騎に近付くにつれ有象無象が群がってくる。


「自慢の筋肉で撥ねろ。俺のハチマキは取らせないから思い切り行け」


「へへっ!分かったぜ!!」


 このエセガキ大将。扱いやすくて何よりだ。


 明確な目標が定まったからか、俺の騎馬はグングンと加速して行く。さながら、敵陣に特攻する飛車のようだが、攻撃力はその比じゃない。


 助っ人外国人のような体格の暴れ馬に、それを乗りこなすスキル所持者。勝ち目などあるはずもない。


「行かせるかよッ!!おら!囲め!!」


『おう!!』


 体格的に6年生だろう。俺より幾分背の高い奴等が主導して、俺達を取り囲んでいく。


「止まるな」


「ッ!…おう!!」


 多勢に無勢、取り囲まれ減速しようとするのを、声を掛け食い止める。


 大将騎が目前なのに止まってられるか。


「おらっ!!」


「こっちも!!!」


「横からもだぁ!!!」


 構わず突っ込んでくる俺達に、赤組は焦ったように攻撃を仕掛けてくる。


「うわぁあ!!」


「あぁいたぁ!!」


「うぉぁあッ!」


 俺に触ろうとしてくる奴の手首を掴んで、揃って強めに握る。潰さないようには意識したが、ヒビくらいは入ったかもしれない。


 突然の痛みにバランスを崩し、騎馬はドミノのように崩れて行く。


「すげぇぇ!!!何したんだよ!」


「別に何もしてない。手を払っただけだ」


 下から歓喜の声が聞こえてくるが、軽く流して答える。


 一瞬で破壊し治癒したから痛みはあれど無傷な筈だ。審判に抗議しようが無駄だ。証拠は何一つ残っていない。


 だから、何もしていない。バランスを崩したんだな。あー、運が良かった。


「あとはお前だけだぁあ!!!」


 俺の活躍に興奮したのか、自分も活躍しようと気合いを入れているのか、エセガキ大将が雄叫びをあげて猛進する。


 目前に残すは大将騎のみ。攻撃に出ていた赤組の騎馬は危険を察知し、自陣に戻ろうとしているがもう間に合わないだろう。


 そして迎えた一騎打ち…勝敗は言うまでもなかった。



 ——大活躍だったじゃないか!!


 騎馬戦を終え、昼休憩に入ること数分。俺はひたすらに父親から持ち上げられていた。


「さすが俺の息子だ!」なんだと興奮しながら力説する姿は、どこか誇らしそうだった。


 パン屋の息子が運動会で活躍することのどの辺が、さすがと言えるのか、俺には分からなかったが機嫌がいいならまぁほっといても良いだろう。


 実際、俺の元の運動神経はこの父親譲りかもしれないし、その事かもな。事実、腕とかパン屋とは思えない程ぶっ太いし。


「うふふ、落ち着いてくださいあなた。快ちゃんが活躍して嬉しいのは分かりますけど、あんまり話しかけると快ちゃんがご飯を食べられないわ!午後もリレーがあるんですから!」


「おぉ!!そうだな!悪いな快!嬉しくなっちゃってなぁ!いっぱい食え!!今日はパンじゃなくて、豪華なお弁当だぞぉ!!」


 母に諌められても尚、興奮気味の父は俺にずいずいとお弁当を勧めてくる。


「ありがと、おいしいよ」


「あら〜、嬉しいわ!!」


 勧められるままに食べた母の手作り弁当は本当に美味しかった。


 コイツらがいなければもっと、美味しく感じたんだがな。


「…」


「あ、あはは〜…快ちゃん、すごかったな〜…お、美味しいねぇ。お母さんお料理上手ですね!快ちゃんが羨ましいなぁ〜いつも美味しいパンもご飯も食べれて…あはは…」


 視線を向けた先に縮こまるテンマと銀次。


 銀次は居心地の悪さを表すようにブルーシートの端で正座し、テンマは怒りの矛先を向けられないよう母に媚を売る。


「テンマ君はいつもパンも買いに来てくれるからね〜!夕飯もいつでも食べに来ていいのよ?なんて言ったって、快ちゃんの親友なんですものね!あぁ、もちろん銀次君も来ていいのよ!うふふ、快ちゃんにこんなに大きなお友達が居るなんて知らなかったわ!」


 ん、なんだって?


「あ、あ、あはは!ありがとうございます!!そうですね!行きたいです!し、親友ですからね!歳の差なんて僕らにはあってないようなものですよ!!」


「き、機会があれば…」


 俺の顔色を伺い、勢いで乗り切ろうとするテンマに、俺の顔すら見れないのか俯いたまま答える銀次。


 どうやら俺がいない間に随分と外堀を埋めたらしいな。パン屋の常連から一気に親友にまで昇格してるじゃないか。


「ふー、ご馳走様。おいしかったよ」


「あら、もういいの?まだ残ってるけど…」


「午後は走るしいっぱい食べ過ぎても苦しくなるから。残りは夕飯に食べてもいいけど、父さんが全部食べてくれると思うよ。俺に遠慮してあんまり食べてないっぽいから」


 俺の言葉に父はキョトンとし、その後盛大に笑った。


「はははっ!バレてたか〜、あんまりおかずを取っては快の分が無くなると思ってな!実は、お腹ぺこぺこなんだ!快もこう言ってるし、全部食べてもいいかな?」


「うふふ。えぇ、どうぞ!」


 続けて母が、お友達の分は?と言って来たが、これから親友の2人には学校案内をするからと丁重に断った。


 俺の思惑を把握している2人は、拒否権がないことを察し静かに頷く。


 いざ移動するとなった時に、テンマは安全地帯のこの場に居座ろうと多少抵抗をして見せたが、銀次に捕まり難なく持ち運べた。



 ——すまん!ごめんなさい!


 学校案内と称し、人気のない校舎裏までやって来た途端、2人は盛大に頭を下げた。


「何のことだ」


「え、あ、あれ?怒ってないの?」


 俺の思わぬ態度に、2人は唖然とした表情を浮かべる。


 怒ってないかって?どうだろうな。


「あぁ、応援には絶対に来るなと忠告したのにも関わらず、お前が強行突破してきたことか?それとも、ただ来るだけでなく、両親も巻き込み大声で応援していることか?」


「「…」」


「あれ、これも違うのか?お手製の写真付きうちわを周囲に配布し、俺を笑い物にしたことかな。テンマの暴走をおかしいと思いながら見過ごした奴の事かな。俺がいない間に外堀を埋めたことかな」


「「…」」


「あー、俺のこの気持ちはなんだろうな?自分でも分からない感情だ。もしかしたら、予定を漏らしてしまった俺が全部悪いと、自分自身に怒っているのかもしれないな」


「「すいませんでした!!!!」」


 勢いよく土下座の姿勢になる2人。


「どうしたんだ?2人共。俺たちは親友なんだろう?歳の差なんてあってないようなもので、対等な関係だろ?何をそんなに必死に謝っているんだ?」


「すまなかった、快。俺がテンマを止めていれば…」


 俺の態度を見て、怒りは相当なものだと理解したのか銀次はさらに深く頭を下げる。


 実は、俺は銀次にはあまり怒っていない。元はと言えば、全てテンマが原因なわけだしな。だが、一つ解せないことがある。


「お前、なんでこの場に来た。お前なら来る前におかしい事に気付けただろ」


 銀次がテンマに対し、恩を感じているのは知っている。だが、それでもこれまではやりたい放題にやらせるだけでなく、超えてはいけない一線を超えないようにストッパーの役目は果たしていたはずだ。


 今回に限ってその感覚が鈍るなんて事はないだろう。俺が怒るのなんて簡単に予想が付く。


「い、いやな。テンマがな「快ちゃんの両親が運動会に応援に行けないらしいから、代わりに僕たちだけでも行ってあげよう?応援に誰も来ないなんて可哀想だよ」って言っててな。俺達は両親がいないし、経験上それは確かに一理あると思ってな…だが、まぁ、来てみれば一緒に場所取りはしてるし、なんだか仲良さそうだしで、すぐにおかしいとは気付いたんだが…気付いた時にはもう結構やらかしててな…」


 テンマのせいにするのは心が引けるのか、苦しそうに経緯を話す銀次。テンマを守るか、俺に誠意を示すかで、謝る側だから今回は俺に誠意を示したのだろう。


「正直にどうもありがとう。話はよく分かった」


 グシャッ


「グヘッ!?」


 銀次の話を聞きながら、これはマズイとプルプルと震えていたテンマの頭を足で踏みつけ地面に埋め込ませる。


「何か言いたいことはあるか?」


「おめんなはいおんとにおめんなはい」


「おいおい、口の中の物を飲み込んでから話さないと何を言っているか分からないぞ?」


 地面に埋まったまま話すテンマの口には、開くごとに土が口内に侵入してくる。それを分かってて尚、足をどけないと言う事は、即ち飲み込めという命令なのだ。


「…ゴクッ…ケホケホッ…ごめんなさい、快ちゃん、銀ちゃん」


 口パンパンの土をなんとか飲み込んだテンマは、申し訳なさそうに俺と銀次に謝罪する。


「さて、これで銀次は無罪と分かった。だが、それでもテンマを抑えられなかった責任の一旦は担ってもらおう」


「あぁ、覚悟してる」


 俺がこの時点で餓鬼道会を統括していたなら、こんな処置もいらないが、俺達はまだ同盟関係だ。なら、落とし前はつけさせてもらう。


「命令権だ…簡単に言えば貸しだな。俺個人がお前個人に対し、一度だけ命令する権利を貰う。因みに絶対服従だ」


「分かった」


 真剣な面持ちで頷く銀次。


 厳しいようだが、これで少しはテンマも反省するだろう。自分の行為が周囲にどんな影響を及ぼすか学ぶいい機会だ。今後俺に迷惑をかけないようよく学べ。好き勝手に動いていいのは俺だけだ。


「ま、まって!!僕が悪いから全部僕が引き受けるよ。罰でも貸しでも何でもいいから!」


「馬鹿か、お前には当然罰を与えるに決まってるだろ。まぁ、だが安心しろ、銀次が大怪我したり、ましてや死ぬような命令は出すつもりはない。これは、謂わば俺のお願いしたことを優先的に考えてもらうという先約のようなものだ」


「そ、そう、よかった」


「あぁ、本当によかった。これでようやくお前に集中できるよ」


「…ゲッ!ごめん、快ちゃん!本当に!命令でも何でも聞くから痛いことはやめて!!!僕に貸し100とかどう?」


 自分が今から何をされるか分かっているのか、露骨に焦り出すテンマ。


 処置を緩和するために条件を提示してくるが、そんなのものには当然意味は無い。


「んー、貸し100ねー、それで足りると思ってるのか?」


「え、と、貸し1000!!」


「1000ねー…」


 呟きながら、両手でテンマの頭を固定し、親指をテンマの目に近付ける。


「待って!待って!貸し1万!…あー、うそうそ止まって!止まって!貸し100万!!」


「ばーか、オマケして貸し1億と両目潰しだ」


「うぁぁぁあああっ!痛い痛い痛い!!!はやく治してぇぇ、ダメなら保健室連れてってーーーーー!!!!!」


 我ながら優しすぎる気がするが、これくらいで勘弁してやろう。


 銀次はともかく、テンマの貸しは実質無限だ。早速、役に立ってもらうとしよう。


 まず、手始めに圧倒的戦力不足の運動会の勝利の為に。






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