第23話

 餓鬼道会との衝突から幾日が経過し、何度か話し合いを重ねた末に俺達は同盟のようなものを締結した。


 先に手を出した手前、協力を取り付けるのは苦労すると思われたが、これといった反対もなくすんなりと協力してくれる事になった。


 同意したのはリーダー含め全員が完敗した事と、他のスキル所持者の捜索や来るべき政府との異能バトル展開という俺の目的にテンマ自身が賛同したのが大きい。


 実際のところ、何度も話し合いをする羽目になったのは、俺に揃ってボコボコに負けた為に、餓鬼道会というチーム自体を俺に譲渡するとか何とかって話を断るのが大半だった。


 別にその話自体は悪くない。カラーズに加え手駒が増えるのは俺も賛成だった。俺の直属というだけで、無理難題を押し付けることもできるしな。


 だが、今はタイミングがよろしくない。この餓鬼道会というチームは良くも悪くも六道テンマという人間に依存している。武力という意味でも精神的にも。急にトップが変わったら反発も大きいだろう。


 餓鬼道会のメンバーがテンマを慕う理由はそれぞれだろうが、現段階で素直にこいつらが俺の言う事を聞くとは思えない。俺のみてくれはガキだし、長いことテンマの下に居たというだけで忠誠心も少なからず芽生えているはずだ。


 この状態で、俺が形だけトップになったとしても俺→テンマ→メンバーという命令形態になるのは目に見えている。俺の理想は、俺→俺以外だ。


 カラーズのように強力な弱みを握るという強硬策もあるが、情に厚い銀次辺りが渋りそうだしメリットも少ない。チーム内で俺派とテンマ派なんて無駄な派閥が出来上がっても面倒臭い。人数が増える分、統率も難しくなるだろう。


 テンマはリーダーとかが面倒臭いらしく、銀次は元々柄ではなかったとか言って、早くトップを譲りたがっていたが、そこは今の段階では無視することにする。


 その結果、現状は様子見という形で落ち着いた。統合するにしても暫しの時間が必要という俺の判断だ。


 これは、スキルの事に関してメンバーに秘匿している現時点では、色々と制約も多い為、時間を掛けて信頼できる奴らを選別する期間という意味合いもある。


 その為、しばらくはテンマ率いる餓鬼道会と俺率いるカラーズとの同盟関係が続くだろう。


 まぁ、ゆくゆくは俺が全てを統括し、正式な組織となるんだ。気長にやろう。どうせ、今とやる事は大して変わらない。


 そして、俺達が目下課題として取り組んでいる事といえば戦力の強化だ。


 ここで言う戦力とは、もちろんスキル所持者の事だ。この期に及んで、その他の有象無象を掻き集めたところで情報収集にしか役立たない。そこは下っ端共に任せる。


 どんなに武勇が轟いている者でも特別な能力を保有するスキル所持者には勝てない…というのは俺自身で既に証明済みだ。


 まぁ、現在この場にいるスキル所持者なんてのは2人しかいない。つまり、今やっているのは俺とテンマの強化だ。


 俺達2人の強さは、現在のスキル所持者の中では割と上の方に位置していると思っている。これは、別に自惚れているわけではなく、客観的な評価だ。


 テンマは元々の能力とセンスがずば抜けていたし、戦闘経験も豊富だった。そして、それに勝利した俺の事を考えると、自ずとその位置になってくる。


 隕石ニュースの件が始まりだとしたら、早い段階で能力を獲得した奴でも、漸く一年が経ったかなというくらいだ。使い熟すという意味でも妥当の位置だろう。


 だが、テンマと戦って分かったがスキルにはそれぞれ相性という物がある。相手の能力次第では、練度云々の話ではなく今の俺達は簡単に負けてしまう。


 その点を踏まえると、自身の強化というのは今後の至上命題と言えるだろう。


 そして、肝心な強化のやり方だが。


 生粋の戦闘狂が2人。


 選択する余地もない、方法は一択だった。



 ——餓鬼道会拠点の廃工場


「風刃ッ!!」


「遅い」


 テンマが放ってくる風の刃を横にズレるだけで躱す。


「まだまだぁ!!風刃・5連!!」


 俺が避けたのも構わず、続々と風刃を放ってくるテンマ。だが、前の猛攻に比べればこれくらいの攻撃を避けるのは容易い。


「ふふっ、本命はこっち!!」


 風刃を目眩しに、高速移動で背後から攻撃をしたかったのだろうが甘い。出力を抑えた致命傷にならない事が分かっている風刃に夢中になる程、俺は子供じゃない。


「分かってるが?」


「えっ、なんで?!」


 背後から殴ろうとするテンマより先に、顔面をぶん殴る。


「ッガハ!!」


 前のように風で威力を殺せば良いものを、俺が引っかかると思って油断したのか、俺の拳は難なくテンマの頬にクリーンヒットする。


 これ以上建物を壊さないよう、下に殴りつけるようにした為か、テンマはノック球のようにゴロゴロと転がりながら吹っ飛んでいく。


「…ケホッケホッ。あー、絶対骨折れたーー、痛いーー、肋骨も腕も脚も顔も…ってか全身痛いよーー、快ちゃーん助けてー」


 ようやく勢いが止まった所で、テンマは大の字になりながら駄々を捏ねる子供のようにジタバタとし助けを求める。


「それだけ動けるなら立て」


「いや、よく見て快ちゃん!!顔殴られたのに、足首逝っちゃってるから!ぐねっちゃってるから!幼稚園児が作った粘土工作みたいになっちゃってるから!喋れてるだけ褒めて!」


「はぁ…分かった」


 怪我の割にうるさいテンマの元に足を進める。


「わー!ありがとー!」


 近付いてきた俺を見て、嬉しそうに頬を綻ばせるテンマ。


 グキッ!


 嬉しそうにしていたのも束の間、俺が右腕を容赦無く踏み潰した事で顔が青ざめる。


「…え、痛い痛い!快ちゃん、踏んじゃってるから。踏んじゃってるっていうか潰しちゃってるから!!」


「失礼だな。ちゃってるんじゃない。故意に、わざと、意図して潰してるんだ」


「えぇーー、なんでなんで!」


「なんでって、どうせ痛いんなら骨と筋肉諸共、全身潰してしまった方が一気に強化できてお得だろ?粉々にした方がマナが隅々に行き渡るからな」


 何言ってるんだ?とまるでこちらが間違っているみたいな目で見てくる快に、テンマは焦りを抑えられなかった。


「いや、まってよ!あ、いやっ!そんな純粋な目で見ないで!あーーー!もう、分かった、分かったから優しく!優しく潰して!」


「はー?優しくだって?まぁ、趣味は人それぞれだからな。とやかくは言わない。リクエストには答えてやる。得られる結果が同じなら俺はそれで良い」


 優しくというのを、ゆっくりという風に解釈した快は、じっくりと痛ぶるように時間をかけて左腕を潰していった。


「あ、ありが…ぐぅあーーー!!ちょっと、嘘!今の嘘!一気にやって一気に!」


「ったく。注文が多いな。よっ」


「わあぁーー、なるべく急いで!本当、目にも留まらぬ速さでお願い!僕が痛みを感じる前に!匠の業で!!」


「無茶言うなっ!!」


「うわぁぁあ!!!!!!!」


 その後、数分間テンマの悲鳴は続いた。


 ——全身治癒後


「あー、死ぬかと思った…でも、これやると確かに少しだけど身体が軽くなる気がするんだよね。快ちゃんはこれを繰り返して強くなったんだね」


 テンマは変わらず大の字の横になったまま呟いた。


「あぁ、お前も効果を僅かでも感じているのなら続ければ強化されていくはずだ」


 俺のマナが問題なくテンマの体にも馴染むようで良かったな。俺の肉体強化が他対象にも効果があるか、少し心配だったがテンマの様子を見る限り問題なさそうだ。


「そっかー、僕はもっと強くなれるんだー」


「今以上に強くなる…てか、なれ。今のままじゃ正直期待外れだ。最初より弱くなってる気さえする」


 テンマにはこう言ってるが、これは半ば発破をかけているようなものだ。こいつには俺の遊び相手としてももっと強くなってもらわないといけない。


 だが、強ち全部嘘と言うわけでもない。


 事実、テンマとの戦いで最初程の緊張感は、既に俺は抱いていない。


「えーー、僕が弱くなってるんじゃなくて、快ちゃんが強くなり過ぎなんだって!僕の高速移動だって前は見えてなかったでしょ?今回は見えてる感じだったし…どうやったの?」


「別に大した事はしていない。お前との初戦で、五感の強化をしていなかった事に気付かされてな。取っ掛かりやすい視覚を弄っただけだ」


「…えっ、弄ったってつまり…?」


「潰した」


「……それって、僕にもやったりしないよね?」


「ゆくゆくはな、今やってもいいならやるが?」


「うん、ゆくゆくね。あははっ、ゆくゆくゆくゆく、そのまたゆくゆくが良いと思うな僕は!」


 テンマは引いているようだが、これは結構凄い効果があった。


 まず、シンプルに目が良くなった。視力で言うと、どのレベルなのかは正確には測れていないが視力検査でよく使われる2.0の指標が嘘みたいに見えた。きっと世界のどこかにいるなんちゃら族よりも鮮明に遠くのものが見えているのは間違いない。


 そして、反射神経。これは、あまり体感は変わらなかった。速いものは速いし、遅いものは遅い。分かりやすく世界がスローモーションのように映るなんて事も無かった。ただ、良く見えることによって、筋肉の動きだったり、普通では見逃しがちな予備動作みたいなものは分かるようになり、その結果、前より攻撃を避けたり、予測することが可能になった。


 今回、テンマの攻撃を避けられたのもその為だ。他にも、分かりやすく隙を作ったりなど工夫はしているが、わざわざ教えたりはしない。


 私生活に支障が出ないであろう視力から取り掛かったが、いずれ聴覚あたりに手を出して見るのも良いだろう。もしかしたら、気配を探るのにも役立つかもしれない。敏感になり過ぎるのを避ける為にも、様子を見ながら試していく事にしよう。


 他の、嗅覚、味覚辺りは敏感になってもメリットよりデメリットの方が多そうだからな。今の所はなしの考えだ。


 触覚は強化のしようが無いから無視だな。


「お前の課題は明白だ。ケチらないといけないマナ量に、風を纏わないと直ぐに壊れる肉体の強度。そして、油断。弱点だらけだ」


「うぅ…反論したいけど、ご尤もです。でも、出力はどうにもならないんだよね?」


「あぁ、多分それが等級に関わってくるんだろうな。お前のマナ量を気にせずに放てる風刃の攻撃力は一定なんだろう?」


「うん。全部のマナを使い切るつもりで攻撃しても、一定量引かれるだけで、マナは一気に消費できないんだよね」


「なら、それがお前の最高出力なんだろう。安心しろ、お前の最高威力の攻撃を何発も打てるようになれば十分脅威になる。それ以外にもやり用はいくらでもあるから、その為にもマナ量を増やせ」


「はーーーい!」


 元気に返事をするテンマを他所に、俺は今分かっているスキルの事について軽く整理する。


【スキル:風(中)】


 これが、テンマから伝え聞いたスキル。

 風を生み出し、操る能力。


 俺とは異なり、体外でマナを操る事に特化しており、逆に体内での操作は苦手らしい。


 そして、俺の読み通り、スキルには等級があった。仕様もだいたい予想通りだろう。


 スキルオーブの色によって等級が判別できる。


   虹・特級

(仮)金・上級

   銀・中級

(仮)銅・下級


 直接確認したのを除くと、大体こんな感じだろう。あくまで予想だが、あまりに見当はずれという事は無いはずだ。


 ここで驚きなのは、あれだけ強力な攻撃スキルを放って置きながら、テンマの等級が中級ということだ。この上に、更に2つ上の等級がある。


 俺のスキルが特級なのは、表示と規格外な能力からしてなんとなく予想はしていたが、これは注意が必要だ。攻撃スキルの、上位等級は甘くみたら死ぬ。


 まぁ、望む所だし、つまりは強敵がいるという朗報でしかないが、今まで以上に力を入れて鍛錬に勤しむ必要があるだろう。


 そして、その他の俺の予想。スキルが望んだスキルに変化した説と元々オーブ自体に備わっていた説があったが、それはテンマの一言によって難なく判明した。


「んー、僕はスキルが意思を反映したってのは違うと思うな。確かに風っていうスキルは気に入ってはいるけど、最初に好きなスキルとか欲しいスキルを思い浮かべろって言われたら、まず間違いなく、時間操作系か重力系が思い浮かぶもん!漫画やアニメだったら間違いなく最強格だしさ!」とのこと。


 自分自身の獲得した時の状況が、あまりにハイだっだから分からなかったが、テンマの証言を信じるなら、俺に治癒というスキルが備わったのは単なる偶然という事なのだろう。


 偶然張り込んだ場所に、偶然特級のオーブが飛来し、偶然自分の気に入る能力だった。


 こうして考えると、つくづく運がいいな俺は。その運を無駄にしない為にも精一杯楽しめるだけの実力をつけるとするか。


 テンマに関してもまだまだ伸び代はあるし、最終的にはスキルの二重保持なんて可能性もある。まぁ出来るのかは知らんが、不明なんだから取り敢えず今は可能性って言ってもいいだろ。まだ、練度次第で威力も上がりそうだしな。焦る事はない。


「あっ…今何時だ」


 思考を一時停止し、身体が回復したことでうるさくなってきたテンマに時間を尋ねる。


「えーっとね、ちょっと待ってね!…もうそろそろ18時になるかな!」


 一瞬で荷物が置いてあるところまで移動すると、スマホを見て時間を知らせてくる。


「どうもありがとう。では、今日はこの辺で帰らせてもらう」


 お礼も程々に、俺は速やかに帰り支度を整える。


「えーーー、いつもはもう少し居るじゃん!なんで?用事でもあるの?」


 俺の様子を訝しんで探りを入れてくるテンマ。


 何故か、こういう所は鋭いんだよな。


「いや、別に今日はいつもより夕飯が早いから、早く帰ってくるよう言われているだけだ」


「ふーーーん」


「じゃあな」


 怪しんでいるようだが、こういう時は無視して帰るに限る。


「うん、バイバイ……あっ、そうだ!明日は何時にする?土曜日だし午前中からでも良いでしょ??」


 扉を出ようとした直前に投げかけられる質問。これを無視するのは簡単だが、答えないと変に怪しまれる為、嫌々答える。


「……明日は用事があるから無理だ。明後日な。9時からで…じゃ」


「ちょっと待った」


 風塊を踏み台にした高速移動で、一瞬にして俺の肩を掴むテンマ。


 くそっ、さっきより速いじゃないか。なんでよりによって今発揮しやがる。


「…なんだ、帰らないといけないんだ。こう見えて小学生なんでな。門限というやつだ」


「へーー、快ちゃんのお家って放任主義じゃなかったっけ?だから、普段も遅くまでいられるんだよね。へーー、それが今日に限っては門限があるんだー。へーー」


「…心配になったんだろうな。俺って顔整い過ぎてるから誘拐とかされかねないし。最近は物騒らしいからな。きっと、ニュースでそういうの見て怖くなったんだ」


「物騒の権化みたいな人が何言ってんのさ。正直に言わないと快ちゃんの名前を餓鬼道会メンバーに呼ばせながら、ご近所徘徊させるよ?しかも、野郎の喘ぎ声で」


 なんだその凶悪過ぎる脅しは…


「よし、とうとう人殺しの時が来たみたいだな、餓鬼道会は今夜をもって壊滅だ」


「あぁーー!!嘘嘘、本当にやりかねない目しないでよ!でも、隠されると気になるじゃん!明日は何があるの??」


 ふぅー、どうやら正直に話すしかないみたいだな。まぁ、話しておいた方が言う事を聞いてくれるかもしれないしな。


「…運動会だ」


「ブフッー」


 俺の一言を聞いて、秒で吹き出すテンマ。


「体育祭じゃなくて運動会ね…ふーん、ふっふふ…頑張ってね?踊ったりするのかな?あっ…今日早く帰らないと行けないのって、もしかして…前夜祭的な?快ちゃん運動会頑張ってねって事の景気付け的な?ブッ…ふふ、ふふははっははは!!」


 笑いを堪えて喋っていたのを、遂には決壊させて大笑いをかますテンマ。


「よし、お前から殺そう」


 手首を掴み、本気で握る。


「ギャーーーーッ!痛い痛い、ごめんなさい!!だって、運動会って響きが可愛過ぎて、ギャップがさ!!!普通の子供に混じって走ったりする快ちゃんの事想像すると面白過ぎて!!」


「溺死と焼死どっちがいい?おすすめは焼死だ。最後まで苦しいらしいからな。ミディアムまで焼いたら治すのを繰り返して、殺してほしいと懇願するまで痛ぶってやる」


「ねぇ、怖いこと言わないで!!お願い、嘘だから!今の嘘だから!本当に!明日頑張ってください!応援してます!明後日の9時集合ということで!」


「…分かってるとは思うが、間違っても応援になんて来るなよ?」


「………わ、分かってるよ!は、はは、もちろん行かないよ」


 あー、嫌な予感がする。一応、もう一度全身を砕いておこう。あー、マナも全消費させて激痛を味合わせよう。


 うん、これで色々と強化されるし、脅かせるしで一石二鳥だな。


 これで、応援に来たらどうしてやろうかな。


 てか、明日休みてー。




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