第19話

 六道のスキルがどんなものか分からない今、俺に出来ることはそう多くない。


 仕掛けるか、待つか…


 推測するに、先の攻撃の直前に姿が見えなくなったあれは透明化の類の能力ではない。もし、その類の能力ならあのバカみたいな攻撃力の説明がつかないからな。


 姿を消して直ぐに背後に現れたことを可能にする高速移動に、俺を吹っ飛ばす程の並外れた攻撃力と頑丈な体を持つ俺を攻撃しても傷つかない耐久性。


 能力の系統は、何となく当がついた。


 そして、これから俺が取る行動も決まった。


 仕掛ける一択だ。


 そう決めた俺は、小細工無しに正面から六道に向かい走る。俺の想定通りなら、これが1番勝率が高い。距離を取るのはかえって悪手だ。


「あれっ!真っ向勝負?いいねいいね!そういうの大好き!」


 身体を左右に揺らし、楽しげな口調で俺を見据える六道。


 その舐められた態度は、多少癪に触るが、そうしてられるのも今のうちだけだ。


 六道を攻撃射程に捉えた俺は、殴るモーションを途中で切り替え、ただでさえ低い身長を更に屈めて、のっぽメガネの時のように脚を蹴り払おうとする。


「おっと!!」


 簡単にジャンプして避けられるが、これは想定済み。元より食らうなんて思っちゃいない。


 狙いは次だ。


 避けられた蹴りの勢いを殺さず、軸足の右足を起点に回転するようにもう一度蹴りを放つ。


 ヒットタイミングは六道が着地をするその時。


「…ッ!」


 本来避けられるはずのない攻撃。しかし、六道は一瞬驚き目を見開いた後、俺の顔を見てニヤリとしてその攻撃を避けて見せた。


 宙空を蹴って。


 俺の二度目の足払いは、何の障害も壊すことなく不発に終わった。


「あっははは!一本取られたな〜、もう少し秘密にしておきたかったんだけど」


 六道は宙を蹴ったその脚で跳躍し、大きな弧を描きながら10メートル程先に着地した。そして、いたずらがバレた子供のような顔をして肩をすくめた。


「僕のスキルが何か分かってたの?」


「ま、何となくな…お前の動きを見て予想はついていた」


「えー、身体強化系だって勘違いして欲しかったんだけどー」


 俺の反応が、気に食わないとばかりに不貞腐れた態度をとる六道。


 こいつ、本当に高校生か?

 俺よりずっと子供っぽいな。


「それは最後まで判別できなかったさ。俺が考えていたのは、シンプルな身体強化系とそれ以外の空間操作や属性魔法のような使い手次第でどんな使い方にも消化できる能力の二択だ。最後まで、絞れなかったからこそ本来なら避けられないはずの攻撃をして様子を見る必要があった」


「ふーん、でもそれなら迂闊に懐に潜り込むの危険だったんじゃない?」


「そんなこともないさ。あれが最善だった。もし、後者の能力だった場合、遠距離攻撃があるのは、誰にだって予測ができる。それならたとえ近距離で攻撃を受けることになるとしても、距離を取る方が危険だ。俺はそれに対処する術がないからな。ま、お前が俺を舐め腐っていたお陰でその心配は杞憂に終わったがな」


「え、もしかして怒ってる?」


 俺の顔色を気まずそうに窺うその顔は、どこか既視感があった。鶏だな。


「あー、舐めプすることが許されるのは強者の方だ。今回で言うなら俺のことだな。俺が舐めプするのは分かるがお前は違う。お前の今回の役目は全力で掛かってくることだろ?なに勘違いしてんだよ、自惚れ野郎」


 俺の言葉に六道は一瞬で表情をまた冷たいものに変える。口元の形は確かに笑っているが、それが形だけなのは目を見れば一目瞭然だ。


 舐められるのは気に食わないのだろう。

 どうやら根本的な部分で俺と似ているようだ。


「自惚れ野郎ね…君の方が自惚れだって証明してあげるよ」


 そう言う六道の身体の周りには渦巻き型に風が集まっていた。地面から木の葉を巻き上げるように六道のピンク色の髪も逆立っていく。


 やはり、こいつのスキルは風を操る能力か。道理で色々な使い方が出来るわけだ。高速移動に空中移動、そして攻防にも応用でき、加えて六道の元の身体能力とセンス。鬼に金棒とはまさにこのことだな。餓鬼道会とは良く言ったもんだ。


 こいつが一騎当千の働きをして、餓鬼道会の名前を広げたのは容易に想像がつく。


 だが、弱点がないわけじゃない。


「やってみろ。殺す気で来い」


 六道の本気が見てみたいのと同じくらい俺は本気で戦ってみたい。この後に及んで手加減なんてしたら許さない。


「あー、そう、じゃ遠慮なく」


 俺の態度か、言葉か、あるいは両方か…どれが琴線に触れたのかはわからないが、六道の目は完全に据わっている。殺る気だ。


「…っ!」


 高速で俺の目前に迫る六道。そのまま掌底が顔面に向けられ、直後に突風が俺を襲う。


 もの凄い勢いで飛ばされた俺は、再度壁に衝突しそうになるが、空中で身体を翻し足から壁に着地する。脚を屈伸させ衝撃を吸収すると、今度は六道目掛けてそのまま壁を蹴り返す。


 六道にも劣らないスピードでロケットのように噴出した俺は、頬に狙いを定めて拳を出す。


「くそっ」


 十分な勢いを付けて繰り出された拳は、六道の纏う風によって阻まれる。頬に小さい風塊を作り、拳の衝撃を殺している。


 風を緩衝材にして近接での攻撃を阻んでいるのか。これでは、まともなダメージを与える事が出来ない。おそらく、自身の攻撃にも活用し、肉体的負担を減らしていたんだろう。


「上手く使いこなしてるな」


「負けを認める?」


「まさか」


 近接での攻撃も難しいと判断し一度また距離を取るが、変わらず俺には近接攻撃しか出来ることがない。それに、こいつの弱点も近接にある。


「そう何度も君にばかり攻撃させないよ」


 俺が再度距離を縮めようと試みると、六道が次は僕の番とばかりに攻撃を放ってくる。俺は六道の手の届く位置にはいない。


 スキルによる遠距離攻撃だ。


 六道が手刀と蹴りをその場で数回繰り出すと、その先から風の刃が飛んでくる。


「……ふっ、はっ」


 かまいたちが飛んでこようが、俺は近づくのをやめない。身体を翻しながら、器用に斬撃を避けていく。こういう場合に備えて、アクロバットの練習も欠かしていない。体操選手の真似事くらい余裕だ。


 だが、緊張感は桁違いだ。


 俺の避けた斬撃がそのまま壁を破壊していく。セメントか何かでできた壁が、スパスパと豆腐のように切れていく。俺が衝突しても、ヒビしか入らなかったのが嘘みたいに思えてくる。


 俺が少しでもボディーコントロールをミスればああなる…


「ははっ」


 自分で自分を傷つけるのとは段違いのスリルに思わず笑みが溢れる。笑っている余裕なんて微塵もないはずなのに、自然と口角が上がってしまう。一歩間違えれば死ぬという現実が興奮を掻き立てる。


 ジリジリと笑みを浮かべながら距離を詰めていく俺を、六道は驚愕の眼差しで見つめてくる。


「しぶといなっ!」


 これ以上近付かせまいと、斬撃の数を増やす。


 その数を目視し、瞬時に俺は悟った。


 これは避け切れない。


 今までは、斬撃の合間合間の僅かな隙を掻い潜って来たが、今回はその比ではない。その隙はほとんど無くなり、攻撃範囲…風の刃の幅までも拡大している。花火大会のラストスパートのように絶え間なく攻撃が繰り出されている。


 不味いな。全てを回避するには本気でジャンプして上に逃げるしかないが、それは六道も承知の上だろう。それをしたら、それこそ六道の思う壺…挽き肉になるのは目に見えている。


 避け切れないことを察すると、すぐに思考を切り替える。まず、初めに考えるのは身体のどの部分を棄てるか…


 正確には避けられないわけではない。無傷で避けるのが不可能なだけだ。殆ど隙のない攻撃だが、僅かに付け入る隙はある。ただ、その隙間を抜けるには俺の身体でもいささか大きすぎる。だから、強制的に縮小させるしかない。


 まず脚は無しだ。機動力を奪われたら近づく事はできない。胴体を切られるのもなしだ。治癒にどれほど時間がかかるか不明だし、今六道にさらに時間を与えるのは得策ではない。なら残るは…


 考えをまとめた俺は、数多の斬撃に向かい走り出す。そして、一番隙間の大きい斬撃と斬撃の合間を瞬時に探し出し、その一点に身を投じる。


「何をっ?!」


 俺の行動に驚愕の声を上げる六道。


 だが俺は、それどころではない。


 フラフープ程の大きさ…いや、近付いてみるともっと小さいか。子供用の浮き輪の穴くらいの大きさを抜けなければならない。


 ストンッ


「…ック!」


 肩から脇に斬撃が入り、両腕が胴体から切り離される。部位欠損の痛みは初体験だが、ここで体勢を崩す訳にはいかない。下手すりゃ死ぬんだ。


 この斬撃の嵐から全身が抜けるまでは、身体のコントロールを乱さない。痛みは二の次で今は避ける事に集中する。


「抜けたッ!!」


 嵐を抜けると身体がゴロゴロと床を転がるが、すぐに勢いを利用して立ち上がる。


 ここからは時間との勝負。六道に追撃の暇を与えない。


 両腕欠損に腰元から膝までの肉が少々抉れたが、何とかまだ動けるし戦える。


 脚を即座に治癒し機動力を確保する。


「あっはは…狂ってるよ!?」


 六道は、両腕を失くしてもなお絶えず自分に肉薄しようとしている俺に、驚愕と喜色の色を多分に含んだ目をして頬を引き攣らせる。


「はっ!負けず嫌いなんでなぁ〜」


 右腕が肘関節辺りまでしか回復していないのも構わず、六道の顎に狙いを定めてアッパーを放つ。


「ここまで来たのはスゴイけど、これじゃさっきと同じ結果になるよ?」


 六道の顎下には小さな風塊があり、俺の攻撃を阻んでいる。六道は余裕の笑みを浮かべ、俺を見下ろす。


「んなの、知ってるわ」


 防がれる事なんてとっくに分かってる。二度同じ事を繰り返す程、俺はバカじゃない。


 右腕はダミーだ。


「狙いはこっち」


 今の俺に自分を治癒する時間なんて、本来数秒もいらない。それが例え部位欠損だとしてもだ。右腕を中途半端に治癒して六道を勘違いさせ、本命の左腕は一瞬で治癒する。


 そうすれば…


 パシっ


「…なっ!?」


 直接的な攻撃ではなく、六道の右手首を一瞬で治癒した左手で掴む。


 俺の両腕が元から健在だったら、六道は警戒を緩めなかっただろう。だが、不意打ちなら捕まえることくらいはできる。


「捕まえた…お前、肉体はそこまで頑丈じゃないんだろ?」


「…クソっ!!」


 俺の言葉に焦ったように風を操ろうとするが、それをさせる程俺も甘くない。


「ふんっ!」


 風が収束する前に、問答無用で片手で背負い投げのようにして六道を地面へと叩き付ける。


「…グッハッ!!」


「ほー、風でダメージを緩和したか。よく間に合ったな、大したもんだ」


「ハァハァ…う、るさい」


「相手が悪かったな」


 ズシンッ


 ズシンッ


 ズシンッ


 …


 俺を睨みつけ、隙をみて攻撃を放とうとする六道を何度も何度も容赦無く地面に叩き付ける。


 最初は辛うじて保っていた意識も何度もやる内に、人形のように無反応になってしまった。ピンクの髪もすっかり赤髪に染まってしまっている。


 凡そ100人が倒れ込む廃工場で、1人佇みボソリと呟いた。


「……勝った」













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