第18話

 10…20…30…と餓鬼道会の三分の一程を潰したところで、一度戦闘が止まる。


 はぁはぁ…と息を切らしこちらを警戒するように見つめる輩達を前に、俺は汗一つかかずに余裕綽々な態度で口をひらく。


「どいつもこいつも見掛け倒しもいい所だな。揃いも揃って凶器みたいな顔しやがって、ここの人事はなにやってる。顔採用も程々にしとけよ。人材不足か?」


 口ではこう言ってるが、戦ってみると確かにこいつらは強い。数多のチンピラを相手にしてきた俺から見てもそれは間違いない。集団での戦いにも慣れているし、的確に俺を追い込もうと考えて戦っている。その辺のチンピラ集団なら成す術もないのは良くわかる。


 だがどうも違和感がある。

 この程度で、有力な暴走族相手に勝てるものか?有力な暴走族はこれの比にならない程の規模があるはずだ。人数、実力共にこれの倍では収まらない。


 そいつら相手にこれ程、餓鬼道会という名前を轟かせることができるか?


 いや、まずできない。


 俺の言った強いというのはあくまで集団の話で、個々の能力値的にはそこまでずば抜けているわけではない。例えるなら、戦術の上手いサッカーチームのようなものだ。基本的な技術はあっても決して一流ではない。


 名前を売るには、格下が格上を倒し続ける必要がある。だが、コイツらはそれを達成できるほどの実力は持ち合わせていない。


 いる…確実に。単独プレイで強豪をも打ち負かすスター選手が。


 俺は密かにスキル所持者の存在を確信していた。ここには一流どころではない、その界隈で伝説になるような逸材がいる。そして、それは十中八九スキル所持者だ。


 俺の言葉に、更に興奮した輩達は雄叫びを上げて向かってくる。


「グフッ!?」


「ガハッ!?」


 前後から同時に殴りかかってきた輩達の攻撃を横に倒れるようにして避け、二人の後頭部に手を添え、顔面同士を勢い良く衝突させる。激しいキスをしたおかげで、二人の鼻と口からは大量に血が噴き出している。


 子供の前なんだから、ハードなプレイは控えて欲しいものだ。


 その後も、攻防は続いた。


 拳には拳を、脚には脚をぶつけ、相手の骨を砕く。

 目潰しや金的を狙われたら、相手の髪や耳を引きちぎる。

 真っ向勝負には真っ向勝負で、卑怯な手には卑怯な手で制する。


 我ながら正々堂々戦った。まぁまぁ、楽しかったな。


 10分ほど経過して辺りを見渡すと、立っているのは俺を入れて3人だけになっていた。


 俺の正面に対峙する二人の男。


 一人は高身長のメガネを掛けた黒髪短髪の男。一見細身に見えるが、腕とかをみるとそれなりに身体が鍛えられているのが分かる。リーチの長さを活かされれば厄介な相手になるだろう。


 もう一人は、低身長の淡いピンク色の髪。笑みを浮かべ雰囲気は柔らかく、体格もメガネのやつに比べたら劣っているが、何故かそれ以上に大きく見える。


 この2人のうちどちらかが六道テンマだな。

 まぁ、どちらが六道かなんて既に大体予想は出来ている。


「六道とは一対一で戦いたいからな。邪魔者は消えてもらうぞ」


 そう言い、俺はピンク頭の方に走り出す。


 その行動を見て、ピンク頭は少し驚いたような顔をしてすぐに構えを取る。構えといっても、ボクサーや柔道家のような構えではなく、もっとフラットな構えだ。


 例えるなら宮本武蔵のような、左右どちらに重心を傾けるでもなく、両腕を下ろした状態。


 構えを見て予想が間違っていなかった事を確信した俺は、ピンク頭の射程に入る直前で、右脚に力を込め方向を急転換し、左側に立つのっぽメガネに狙いを変える。


 ピンク頭が六道だ…まずはコイツから片付ける。


 急に狙いを変えることを予想していたのか、俺の急転換にも動じず、既に構えをとっていたのっぽメガネ。


 俺が射程に入ると、直ぐにリーチを活かした蹴りが容赦無く上段に向け放たれる。


 流石に冷静だが、俺も攻撃のパターンくらいは既に想定済みだ。自分の強みを活かすのは当然だから、見るからにリーチのあるコイツの動きを予想するのは難しくない。


「…ふっ」


 上段蹴りをスピードを落とさず、滑り込むようにして潜ると、そのままの勢いで軸足である左足を脛側から蹴る。


「ぐぅあぅぅぁあっ…」


「…あ、ごめん」


 のっぽメガネの次は、いよいよ六道とだ!っと、無意識に気合いが入ってしまっていたのか、思い切りオーバーキルしてしまった。


 のっぽメガネの左足は、足首と膝関節の間に不自然にもう一つ関節のようなものができてしまっていた。端的に言えば、脛が本来曲がらないであろう方向に折れ、くの字型になってしまった。


「いや、ごめんほんと。ここまでする気無かったんだけどさ」


 俺が隕石を受け止めた時の、骨が皮膚から突き出るような解放骨折とまでいかないが、確実に粉々にはなっている。


 軽く足を払うつもりが、骨を砕いてしまった。


「ハァハァ…も、問題ない。幸い、何故か痛みは感じないから、俺のことは気にするな」


 俺の謝罪で誠意が伝わったのか、快く許してくれたのっぽメガネ。息は荒いが、直ぐに死ぬような怪我ではないからほっといても大丈夫そうだ。痛みというより、自分の脚の状態を見て、驚愕している様子だな。


 気持ちはよくわかる。大怪我ってビックリしすぎて痛くないよね。敵ながらよく出来た人だな、全く。嫌いじゃないから後で治してあげよう。


 これで六道に集中できる。


 顔を六道の方に向けると、仲間をやられて怒っているかと思えば、超がつくほどニヤついていた。それは、もう満面の笑みだ。


「お前が六道テンマだな?」


「ふふっ、そうだよ!」


 話しかけてみると、更に嬉しそうに答える六道。


「何がそんなに嬉しいんだ。やった張本人の俺が言うのも何だが、アイツの怪我ちょっとグロいぞ?」


「あー、まぁ、問題ないって言ってるし多分大丈夫でしょ!本当にヤバいならちゃんと言うよ!」


 これも俺が言うのもなんだが、冷たいというか何というか、変わった信頼の仕方だな。


 まぁ、のっぽメガネの事を気にせずにコイツが本気を出せるなら、俺からは何もいうことはない。後で、治してあげるしな。


「何がそんなに嬉しいんだって聞いたよね?」


「あぁ、それがなんだ」


「教えてあげるよ!君…持ってるでしょ?明らかに普通じゃないもん」


 口元を三日月のように歪めてそう言う六道はまるで自分を見ているかのようだった。


「ハハハッ、さぁな!試してみればわかる」


 何を持っている?なんて、野暮な事は言わない。


 六道もそれが分かっているのか、再度構えをとった。


「…っ!」


 まず初めに仕掛けたのは俺だった。

 これまでの手加減したものではなく、本気の踏み込み。地面をこれ以上ないってほど踏み込み、5メートル程の距離を一瞬で詰め、そのままの勢いで顔目掛けて回し蹴りを放つ。


 六道が避けられるかどうかなんてこの際考えない。俺は今紛れもなく本気で、殺す気で掛かっている。


 避けるか受け止められれば俺の求めていた相手。それ以外ならこれまで通りガッカリした後、他に相手を探すだけだ。


「あっっぶな!ほっ!」


「っ!?ぐふっ」


 結果はそれ以上。


 俺の蹴りを上半身を背面に反らすだけで回避し、カウンターに頬をぶん殴られた。


 振り出しに戻されるように元の位置に飛ばされると、口の中に血の味がじんわりと広がっていた。


 本気の攻撃を躱され反撃までされた。


 その事実を再確認すると、心の奥底から震えるような快感が押し寄せてくる。スキルを獲得して以降、ずっと待ち望んでいた状況が現実で起こっている事が嬉しくて仕方ない。


「君、硬いね!結構本気で殴ったのにピンピンしてる!それに疾い!」


 そう言って、ぷらぷらと手を振る六道の手は怪我をしていない。俺の強化された肉体を殴っても無傷のままだ。


 スキルはまだ特定できないが、長く楽しめる事だけでも分かって何よりだ。


「まだまだぁ!!」


「いいねいいね!そう来なくちゃ!!次は僕から行くよ!」


 俺が立ち上がったのを確認すると、今度は六道が仕掛けてくる。


 その場でぴょんぴょんと跳ねて、こちらの様子を伺っている。


 何をする気だ?


 警戒を強め、六道の挙動に注視する。


「…は?」


 確かに注視していた。瞬きすらしていない。だが、気付いたら六道は俺の視界から消えている。その場でジャンプしていて、着地したと思ったら次の瞬間には忽然と姿が消えていた。


 攻撃という衝撃が自分に襲ってくるまでのその刹那に簡単な状況判断を行う。正面、視界の中に六道の姿は見えない。分かるのはたったこれだけ。どんな能力で、どんな使い方をしてこうなったのかなんて見当もつかない。


 だが、それだけわかれば十分だ。

 姿が見えずとも背面の防御に全てを賭ける。


 相手がスキルを使った途端にピンチになった。苦戦しているその事実に嬉しくなりながらも、最善を尽くす為に考えるのと同時に、身体を反転させ、両腕をクロスにして防御の体制を整える。


 これは思考なんて大層なもんじゃない。言わば単純な取捨選択だ。前にいないなら後ろという俺らしくないバカのような状況判断。でもこれが今の最善。俺にできる全て。


 ズシンッ


 両腕に突如襲い掛かる強烈な衝撃。賭けには勝ったが、受けた側から腕の中がジンジンと痛む。


「あれっ!あははっ!マジかよ、防いじゃうんだ!」


 俺が防いだ事を嬉しそうに笑う六道。


 その言葉に応答したい所だが、俺はさっきの比にならないくらい吹っ飛んでいてそれどころじゃなかった。蹴られたのが辛うじて腕の隙間から確認できたが、その勢いそのままに壁に直撃し背中にも尋常じゃない衝撃を感じた。


 腕は確実に折れている。背中は全体的に痛くて、折れているかどうかも感覚では分からない。だが、呼吸はできないし、折ったり、刺したりとは違った鈍痛が慣れてなくて結構きつい。


 思えば、今までまともに喧嘩で攻撃を受けたことが無かった。これはこれから慣れていくしかないだろう。てか、自分以外に傷をつけられるの自体初めてだ。


 あー、最高だ。楽しい。


「…ゲホッ…ハァッ」


 倒れた身体を四つん這いにして残り少ない息を吐くと、それで栓が抜けたように呼吸がし易くなる。折れた腕も、背中に残る痛みも立ち上がりながら治癒していく。


「うわぁ、本当に頑丈だね!!」


 六道は立ち上がった俺を見て感心したように呟く。その物言いはどこか俺を下に見ているような感じがした。


 受けたのはすごいけど僕には勝てないよね?


 明言していないが、遠回しにそう言われている気がした。


「頑丈なのが取り柄なんだ」


 余裕を見せてそう答えると、改めて六道の方を見据える。


 スキルの全容もわからず、経験も俺より遥かに豊富。俺のスキルが治癒なのに対して、向こうは攻撃や移動にも使えることから推測するにおそらく汎用性の高い能力。


 現状、勝ちの目は薄いように見えるがそうではない。


 俺の強みはズバリ持久力。強靭な肉体とマナ器の強化で得た豊富なマナ量。マナが尽きない限り、俺が本当の意味で負けることはそう滅多に無いだろう。即死級の攻撃は確かにやばいが、それもなんとか致命傷程度に回避することが出来れば十分回復できる。


「いいね!いいね!もっとやろう!」


「舐めていられるのも今のうちだぞちんちくりん!」


「あはははっ!僕以上のちんちくりんに言われたく無いよ!でも、まぁ出来るだけ楽しませてよね」


 俺のちんちくりん発言にカラッとした笑みを浮かべるが、後半になるにつれその笑みはニヒルなものに変わっていた。俺を試すような、それでいて挑発的な目をしている。


 楽しませてよね?だと…


「こっちのセリフだ」

















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