第17話

 ゴンゴンッ


「あーそーぼー」


 年相応の声色で友達の家をノックするように、錆びながらも頑丈そうな扉を叩く。手に持つ紙袋にはウチの店の廃棄品であるパンとラスクが入っている。手土産だ。


 スキル所持者のいる可能性がある餓鬼道会の拠点の連絡を受けてから数日。


 俺は早速、拠点である廃工場に来ていた。逸る気持ちを抑えて、餓鬼道会の面々が集まるという週末までなんとか我慢したのだ。


 しかし、どういう訳か人の気配があるから留守ってわけではないはずだが、居留守を使われているのか、いくら声をかけても応答がない。新聞や宗教の勧誘では無いんだがな。


 でも、考えてみれば廃工場に子供の声がするってのは確かに怪しい。心霊現象でないのだとしたらミスマッチにも程がある。もしかしたら、秘密基地と間違えていると思われている可能性すらある。


 それなら仕方ない。もう少しわかりやすく呼び出してあげよう。俺は、確かにここに用があるんだからな。


「ろーくどーくーんあーそーぼー」


 六道テンマ…餓鬼道会のリーダーと言われている男の名だ。


 カラーズによると餓鬼道会の調査は、割と本気で苦戦していたらしい。世に出たら社会的に死ぬ写真で脅しても見つからないと言うくらいなのだから、相当厳しい状況だったのだろう。なんでもリーダーの名前はおろかメンバーの情報すら掴めない程だったとか。


 そんな奴ら相手に、どうやってリーダーの名前が特定できたのか?というと、それも単なる偶然だったのだという。


 カラーズは情報の集まらない事に焦り、通っている定時制高校でも聞き込みをしていたらしい。


 そこで、聞き込みをしたひとりに偶然餓鬼道会のメンバーが話している所を目撃したという奴が居たらしく、その会話の中に「六道さん」という単語が出てきていた事をきっかけに捜索したんだとか。


 餓鬼道会のメンバーが敬称をつける相手となれば関係者に違いない!といった具合に発展していき見つけたらしい。もう、探偵だよな。


 カラーズが六道という苗字を頼りに探ると、それらしい人間は一人しか該当しなかった。それが、六道テンマだ。


 不良高校に通う3年生で、校内では余り目立った存在ではなく、学校に来ることも稀で、来たとしても自ら騒ぎを起こすようなタイプでもない…というのが基本情報。


 こうして聞くと、とても急速に勢力を拡大させている暴走族のリーダーとは思えないが、これには実は裏があった。


『六道テンマには手を出すな』


 カラーズがツテをあたって不良高校の奴等に話を聞いた所、皆が口を揃えてこう言ったのだ。どうやら、不良高校でもアンタッチャブルになるほどの存在らしい。


 そして、カラーズ総出で一人を囲んで審問したところ、どうも餓鬼道会のリーダーというではないか。


 そこからの進展は早かった。久しぶりに登校した六道をバレないように尾行し、餓鬼道会絡みの行動を起こすまで見張る。そして、この場所に行き着いたというわけだ。


「ろーくどーくーんあーそーぼー。ろーくどーてんまくーんあーそーぼー」


 ご丁寧に名前まで出して呼んだおかげか、何やら扉の向こうが慌ただしくなった。これで、間違いではなく故意で来たことが伝わっただろうか。


 ガラッ


 経年劣化でただでさえ重い扉が更に重そうな音を立てて横にスライドして開いていく。


 そこから顔を出したのは、いかにも柄の悪そうな顔をした筋骨隆々の男だった。


「……なんだガキ」


 俺を見て一瞬呆れた顔をした男は、低く、それでいて威圧感のある声で俺に話しかけてきた。


 見てくれは立派だが、実力はどうだろうか。今のところ六道以外に興味はないから、まずは本人確認をしておこう。


「お前が六道か?」


「!?……違う」


 俺の口調と声色が変わった事に驚いたのか、遅れて答える男。


「お前みたいなガキが会えr…」


「なら邪魔だ」


 ズドンッ


 展開の読める問答をしようとする男の言葉を遮り、強めに蹴りを入れ屋内に向け吹っ飛ばす。


 ここまできて、面倒なお喋りをするつもりは無い。こちとら、直ぐにでも殴り込みたい所を今日まで我慢してきてるんだ。言わば、禁欲してきてるのに今更お預けなんてされて喜ぶ属性は持ち合わせていない。


「お邪魔しまーーす!!六道くーん遊びにきたよー!」


『…』


 俺は軽快な足取りで入室する。大男が吹っ飛ばされてきた直後に入室してくる子供に訝しげな表情をして固まる餓鬼道会の面々。さぞかし不気味に映っている事だろう。


 緊張をほぐしやらないとな。行き過ぎた緊張感はパフォーマンスを下げる。


「これお土産ね!ウチの自慢のパンとラスク!人数分あるよ…と言いたい所だけど、思ったより人数が多いね」


 俺の前にいるのは想定を優に超える大人数。軽く100はいるだろうか。これではとてもじゃないが、お土産が行き渡らない。リサーチ不足だったな。


「まぁ、いいや。これは六道くんの分って事にしとこう。…で、その六道くんはどこかな?お土産は直接渡したいんだけど」


 軽く見渡しても六道らしき人物は名乗り出ない。 


 カラーズ情報によると六道の見た目はあまり強そうには見えないとの事だったが、俺自身はその姿を知らない。見かけたらその場でやり出しかねなかったし、実際やってただろうしな。


 やるのは構わんが、警察に出張られたり、まだ能力が露見するのは避けたかった。俺の能力は目立たないが、六道が火を扱うなんていうスキル所持者だった場合、目立ち過ぎるからな。


 異能バトル展開になるのは大歓迎だが、政府に取り込まれたり、あからさまに敵対されるのは今の俺ではまだ力不足だ。やりたい放題するにしてもまだ先の話だ。


 少しの憂を無視する訳にはいかない。長く楽しむ為に。


 とはいえ、今は話は別だ。


 警察にも特定できていない、関係者以外人気のない廃工場。ここで、やらなきゃ一体どこでやるって言うんだ。


 仲間一人を蹴っ飛ばされても出てこないあたり、仲間思いの勇者タイプではなく、自分勝手な非道の魔王タイプか?それか、ただ単に俺を舐めてるか、興味の無いかのどっちかか。


 それなら、どんなタイプであろうと無視できないくらい注目を集めるしかないだろう。


 ありがたい事に目の前には、100人以上の贄がいる。ウォーミングアップにも、興味を持ってもらうにしても、これ以上の適役はいない。


 決まりだな。

 てか、今気付いたけど俺完全に悪役だな。いきなり訪問しただけで無く、先に手出してんだもんな。まぁ、今更か。散々あちこちで喧嘩売ってるもんな。


 餓鬼道会という組織のせいで怖くて夜も眠れない日々を送ったとかで、精神的苦痛を受けたことにしよう。それなら、喧嘩を売るには十分な理由だろう。


 そうと決まれば挑発だ。

 やるからには楽しみたいからな。全力でやって貰わないと楽しくない。


 これまでの経験上、俺がガキである以上どんな悪党でも舐めてかかられる。頼んでもないのに、手加減なんてされたらたまったもんじゃない。


 既に悪役になってるからな。とことん煽ってやろう。こういうのも嫌いじゃない。


「六道くんは出てこないみたいだから引きずり出すしかないな。そうしないと、お土産も渡せない」


『…』


 俺の言葉にも睨むだけで、動こうとしない餓鬼道会一同。強面は強面だが、そんなのここ一月で腐るほど見てきたから怖くも何ともないぞ。


「ここは、察しの悪いブサイクだらけだな…喧嘩売ってんだよ、喧嘩。商品の買い方だけじゃ無くて、喧嘩の買い方も分からないのか?…はぁ、はじめてのおつかいすら未体験かよ」


『…ッ』


 結構冷静な連中みたいだな。さすがは餓鬼道会ってところか。どこかから歯軋りは聞こえたが、足を動かした奴は居ない。


 他のチンピラならこの辺で大興奮で向かってくるんだが、大したもんだ。まぁ、俺の煽りもこの程度ではないがな。


「その強面は飾りか?あーあ、特技は顔だけかよ…あっ、顔は特技ってか才能か。俺も才能溢れる人間だからよく分かるんだよ。才能だけに頼ると碌な大人にならないぞ?って、ごめん、もう自分自身で証明済みだったな」


『…ック』


 うんうん、何人か爆発しそうだ。

 もう少しだな。


「でも、心配すんなよ。俺、人の役に立っていない人間っていないと思うんだ。お前らみたいな奴らでも、居てくれるだけで、俺みたいな優秀な人間の自己肯定感の肥やしになってくれるからな。自分の人生を賭けて、人助けなんてなかなか出来ることじゃないよ。胸を張って生きろ。その尊い犠牲ありきの幸せを、俺は忘れないよう気をつける」


『…』


 おや、プルプルと震えているが反応がない。

 あー、しまった…そういうことか。


「ごめんな?難しい言葉使っちゃって…俺の配慮不足だった。でも、分かってくれ。バカにも分かるような言葉を使うのって中々大変なんだよ。辞書とか持ち歩いた方がいいよ?分からない言葉があったらすぐに引けるしって…あっ!辞書の引き方も漢字も分からないか…でも、大丈夫!今なら電子辞書っていう便利なものもあるから…って、ごめん、ローマ字も分かんないよな…」


 理解不能な言葉で煽っても、意味が伝わらないんじゃ意味が無いよな。難しいな…言語って。


「分かりやすく言うとな?いつまで突っ立ってんだ腰抜け共。言葉も碌に理解できないバカから暴力を取ったら何が残るんだ?見掛け倒しならその顔面活かして畑で案山子のバイトでもやったらどうだ?社会復帰のチャンスだぞって、社会復帰の意味もわかんないか。あーー、もうめんどくせーな。餓鬼道会ってのが雑魚の集まりでないってんなら黙ってかかって来い…ガキが怖いってんなら、邪魔だから六道だけ残して消えろ」


 これだけ言ってもかかって来ないなら、こっちからぶっ潰そう。最初の数人を潰せば本気になってくれるだろう。それにしても、煽るのもだいぶ上手くなったな。結構楽しかった。いつか弁の立つ奴に出会えたら、是非口喧嘩したいな。


「ック、もう我慢できねぇ…おーーーらぁーー!」


 俺が、そろそろこちらから仕掛けるしかないかと考えていると、集団の前の方にいた輩が威勢良く向かってきた。


 この様子からすると、ちゃんと怒ってたみたいだな。待機は六道の指示だったのかもしれない。


 まぁ、いい。一度戦闘が始まればこっちのもんだ。すぐに俺が普通ではないと気がつくはずだ。


「おらぁ!!」


「…」


 向かってくる輩の拳を避け、鳩尾にお返しとばかりに強めに殴る。最近、骨のある部分を殴るとすぐに折れてしまうからな。手加減の練習だ。舐めプには必要不可欠な技術だからな。


「ガハッ!?」


「あれ、強すぎたか」


 よくぶっ飛ばすという脅し言葉が使われるが、その言葉を自分の手で体現してしまった。初めましての蹴りと同じくらいに吹っ飛ぶ輩。


 ドサッとした鈍い音が響くのと同時に、餓鬼道会の面々が目を見開き俺を見る。


 最初だって筋骨隆々の男に同じ事をしただろうに…入ってきた俺の姿を見て疑ってたのか?


 まぁ、これで伝わったろ。


『うぉーーーらぁーー』


 声を揃えて一気に向かってくる輩達。


 その光景は壮観だった。まるで不良映画のワンシーンを見ているようだ。


「まさか本当に100人組み手が実現するとはな!ハハッ!漫画の主人公を超えてやる!」





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