第16話
餓鬼道会という目下の楽しみを見つけた俺は、カラーズからの情報を日々心待ちにしていた。
しかし、餓鬼道会というのは暴走族の癖に色々と小細工をするらしく、捜索は思いの外難航していた。
姿を見かけたり、名前を耳にすることはあっても中々本拠地を特定させない。活動地域も幅広く、どこを拠点にしているかも予測がつかないのだという。
そして、暴走族という特性上、夜に活動することが多いらしく、夜は学校に通っているカラーズとの活動時間にずれが生じていることも苦戦の要因らしい。
まぁ、カラーズ幹部に少し写真をちらつかせたから、情報が送られてくるのも時間の問題だろう。
俺が喧嘩しまくったこともあり、それなりの人数が吸収されたらしいからな。人海戦術の本領を発揮して欲しいものだ。
という訳で、適材適所という言葉の通り任せた結果、やる事のない俺は、ここの所はカラーズと出会う前のような鍛錬生活を送っていた。
もちろんしっかり学校にも通っている。
なんだかんだ5年生にもなったしな。
今は2時間目。国語の時間だ。
「…」
平和だ。
鶏という授業中にも構わず話しかけてくるうるさい女児は、隣の席にはもういない。
隣の席には見た目通り物静かそうなメガネを掛けた女児。そして、担任は田中先生ではなく、名前も知らないおばさん先生。
クラス替えをして以降、学校にいる大半は誰にも邪魔されずに鍛錬に集中できている。
最近の鍛錬内容は、骨の強化ではなく、握力を鍛えている。
これは戦闘を経験した今だからよく分かることだが、握るという行為は、戦闘においてかなり強力だ。
戦闘時、大半の人間は敵から距離を置きたがる。実力差がある場合は、力技で何とかなるが実力が拮抗した場合は相当厄介だ。負ける事はないだろうが、勝ちきる事も出来ない。
そういった時、強力な握力が有れば身体や衣服の一部でも指が掛かれば、手繰り寄せ一方的にぶん殴ることができる。
相撲取りや柔道家を見てみればその強さは一目瞭然だろう。指の健なんかも鍛えれば、スポーツクライミングの選手のように、少しの指の掛かりで全体重を支える事も可能だろう。
俺の場合、マナで肉体自体を強化できる為スポーツ選手の数倍の身体能力を獲得できるはずだ。
通常の選手が、ケガを考慮してトレーニングを積む中、俺はむしろ積極的にケガをする程に打ち込むことができる。壊せば壊すほど俺の身体は進化する。
キュッ…キュッ…
おばさん先生の授業の節々に、俺のハンドグリップを握る音が鳴り響く。
「…」
隣の女児は俺の机の下のハンドグリップを一瞥するが、何も言わずに黒板に視線を戻す。
こういう所が鶏との違いだ。
アイツだったら確実に「快くん!何やってるの!!あたしもやる!!」とか何とか言ってくるに決まっている。
ずっとこの席がいい。
因みに、ハンドグリップは80Kgのものを使っている。最初はびくともしなかったが、マナによる肉体強化で今では軽く握る事ができ、今は親指と各指の2本でのトレーニングに移行している。ギネス記録を超えるのも時間の問題だ。
キーンコーンカーンコーン
授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、おばさん先生も日直に指示して号令をさせる。
授業が終わったからといって、特に俺のやる事は変わらない。次の授業が始まるまで、トレーニングを続けるだけだ。
しかし、厄介なことに2時間目と3時間目の間の休憩時間は長めだ。業間休みだなんだといって、外に遊びに行く奴もいれば、お喋りに勤しむ奴もいて騒がしくなる。
ドタバタとうるさい足音を立てて、近寄るひとつの人影。
嫌な予感をひしひしと感じるが、そいつの為に席を立つのも癪だ。
「快くーん!!みーちゃーん!!」
鶏である。
そう、俺の願いは虚しくも届かず、今年、来年と同じクラスが確定してしまったのだ。
幸い、席は遠いが休み時間の度に、俺と隣のメガネ女児…みーちゃんとかいう猫みたいな呼び名の奴の元にやってくるのだ。
「快くん!!授業中何やってたの!!音聞こえたよ!!あたしもやりたい!!」
「…」
「それ、少し貸して!!あたしもやりたい!!」
「…」
「ね!ちょっとだけ!」
うるさ過ぎる。
文句の一つも言ってやりたいところだが、ここは堪えて無視しよう。
「ねぇ!いいでしょ??」
「あーちゃん…快くん忙しいんだよ。だから、また今度にしよ?」
俺と鶏の一方通行過ぎるやり取りを見かねたのか、鶏を嗜めるメガネ女児。
いいぞ、その調子だ。
「ふふん!みーちゃん、あたしは快くんと仲良しなんだよ!みーちゃんと同じで親友なの!!」
ちっちっちと指で見せつけるようにして、事実無根な事を言い放つ鶏。その指へし折って唐揚げにしてやろうか。
「そ、そうな…の?」
俺の顔色を伺うように見てくるメガネ女児。
ここで無視を決め込むのは簡単だが、このメガネ女児はなかなか空気が読めそうだからな。ここで、ズバッと真実を言った方が俺に配慮して鶏を遠ざけてくれるかもしれない。
「いや、事実無根の全くの嘘だ。仲良しどころか話したくもない」
よし、これでどうだ。
俺がメガネ女児の反応を伺っていると、それを遮るように鶏が口を開く。
「あー!快くん、エイプリルフールはもう過ぎてるから嘘はダメなんだよ?」
「な?この通り、こいつのイかれたクソポジティブな性格なせいで、勝手に仲良し判定された末に、遂には勝手に親友にまで格上げされている」
俺に同情してくれと言わんばかりに、メガネ女児に訴える。空気を読んでくれ。
「そ、そうなんだね…」
何ということだ。なんとも言えないと黙秘してしまった。
「快くんいーなー、みーちゃんと席隣で。あたしも2人と近くがいいな!!席替えしたいね!」
「いや、このままで結構だ」
「なんでよ!仲間はずれはダメなんだよ!」
そもそもなんで、俺と殆ど話をした事のないメガネ女児が仲間判定されてるのかが理解できない。
「いっそ、俺を仲間はずれにしてくれ」
「ううん!しないよ!!一緒!!」
「やっぱり…仲良し?」
あー、ダメだ。
メガネ女児まで、俺達の事を勘違いし始めた。こうなったら仕方ない。どこかに行ってもらおう。
「おい、鶏…お前さっき先生に呼ばれてたぞ」
「え、なんで??」
「さぁな、バカ過ぎるからじゃないか?」
「バ、バカじゃないもん!」
「じゃあ、この前の算数のテスト何点だった?」
「ろ、65点…」
「うわ、それ下手したら退学だぞ?良くて留年だな…お前だけもう一回5年生だな」
「え…ど、どうすれば…」
深刻そうな顔をして、あたふたとする鶏。
「そうだな、休み時間は先生のお手伝いしたり、勉強頑張ったりしたら、6年生に上げてもらえるかもな」
「わ、わかった!!行ってくる!!あたしも快くんとみーちゃんと一緒に6年生になりたいもん!!」
ドタバタと来た時と同じように、教室を出ていく鶏。
ふー、これで静かになった。
「本当に先生に呼ばれてたの??」
俺が鶏の背中を見送っていると、不思議そうにメガネ女児が尋ねてくる。
「嘘だけど?」
なんて事はないという風に答えると、メガネ女児はキョトンとした顔をする。
「退学とか留年の話って…」
「あぁ、気付かない所がバカ丸出しだよな」
あちゃーと、擬音が聞こえてきそうなポーズをして、気まずそうな顔をするメガネ女児。
俺の行動を止めないのは、それが少なからず鶏の為になっているからだろう。勉強に、お手伝い…なにも悪い事はさせていない。
明日辺りに、メガネ女児が勉強でも教えに行ってやれば休み時間も静かになって万事解決だ。
念には念を押しておこう。これで、この席で勉強するとか言ったら迷惑極まりない。
「お前が明日から勉強でも見てやれ。あいつの席の近くでな。ここには煩いから近寄らせるな」
「うん…でも、こっちでやりたいって言ったらどうする?」
「適当に理由を作れば良い。快くんいたら遊んじゃうでしょとかなんとか言っておけ。鶏だから通じるはずだ」
コクンと頷いたメガネ女児を確認すると、直ぐにトレーニングに戻る。
これで明日からより強化に集中できる。
——来たか
学校が終わり、寄り道せずに真っ直ぐ家へ帰ると、パソコンに一通のメールが届いていた。カラーズからだ。
『餓鬼道会の拠点を特定しました』
本文の下には位置情報が添付されている。
「手土産は何が良いかな」
逸る気持ちを抑えて精一杯声を絞り出す。
俺以外のスキル所持者の可能性。
楽しみだ。
快の表情は友達の家に遊びに行く子供そのものだった。
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