第15話

 カラーズという情報収集専門の配下を手に入れた日から数日。俺は、人海戦術の効果を早くも実感していた。


「死ねぇぇぇ!オラァッオラッオラッ…」


 坊主に鼻ピアスというおしゃれ上級者の極みのような格好をした輩が俺の腹を何度も何度も殴る。


 普通の小学生なら死んでもなんらおかしくない乱打。この容赦ない攻撃にカラーズの比ではない経験の豊富さを感じる。


 喧嘩慣れというより、常日頃から暴力を身近に行使し、人を傷つける事に対して躊躇がない。これで技術が伴っていれば尚嬉しいのだが、そこまでチンピラに求めるのは酷というものだろう。


 期待半分で始めた試みだったが、思いの外カラーズは適役だったらしい。回を経るごとに敵のレベルが上がっている気がする。


 とはいえ、正直まだ物足りない。

 現に、周辺に転がっている奴等のボスだと思われる坊主鼻ピアスですら俺は今のところ苦戦ひとつしていない。


「ハァ…ハァ…」


 俺を殴っていた輩の荒い息遣いがすぐ頭上から聞こえる。息が整うのを待っているのか、胸ぐらを掴んだまま攻撃を中断している。


「おい、もうバテたのか?ったく、だらしないな。一発でいいから俺を唸らせろよ。ガキ相手だからって遠慮してんのか?」


「なっ!くそ!!」


 散々殴ったのにピンピンとしている俺を苛立たしそうに見て、ヤケクソに一発殴ってくる輩。


 元々本気だったのか威力は大して変わらない。唸るどころかこのまま歌が歌えそうだ。


 コイツの本気がこの程度ならもう用はない。追い詰めた末に覚醒!とかっていう少年漫画展開を期待していたんだが、それも期待するだけ無駄そうだ。


「もういいや」


「っく!?」


 俺の胸ぐらを掴んでいる輩の腕に足を掛け、関節技の如く簡単に拘束から抜けだす。


「つまらないパンチを30発もくらってやったんだ。次は俺の番な?」


「あ?なんn…」


「うるさい」


 反論しようとする輩の頬を引っ叩き、強制的に黙らせる。


「一発使っちゃったじゃないか」


「てめぇぇ!舐めたマネしy…」


「だからうるさい」


「ガァハッ」


 一々うるさい輩が気に障り、ついに金的を蹴りあげてしまった。これで二発も無駄にした。


 両手で股間を抑えて悶絶顔をする輩。

 口をパクパクとさせているが、何の音も発することが出来ていないから何と言いたいのか伝わってこない。白目を剥いているからもしかしたら気持ちいいのかもしれないな。気持ち悪いやつだ。


 ゴロンと蹲る輩を見下ろし、俺は残りの28発の使い方を考える。コイツにもう興味はないが、倒れたからと言ってそれで終わりなんて中途半端は良くない。


 お金と一緒でやられた分はしっかり返さなきゃダメだ。多過ぎても少な過ぎてもダメ。誠意には誠意をだ。


 過不足なく!

 これが俺の信条だ。


 だが、一発は一発。

 その質には最大限拘ろう。


「んー、でもなー、骨折るのとかは正直飽きてんだよな」


 ここ数日、カラーズの持ってくる情報を元に精力的に喧嘩をしていたおかげで、この手の暴力にはマンネリを感じている。


 骨を折る、砕く。

 爪を剥がす、割る。


 気絶せずに反応してくれるのは大体これくらいだ。やり過ぎたら直ぐに気絶するし、漏らすしで、正直反応が殆ど同じ過ぎてつまらない。


「どうしたもんかな」


 最初は新鮮で心踊るものでも、慣れてくれればそれは遊びではなく作業となる。常に新しい体験が出来ればいいが、世の中そう俺の思う通りにはなってくれない。


 世界中に存在すると思われる現スキル所持者達は、未だに存在が明らかになっていないし、隕石の件もまだ世に広まっていない。


 俺が望む異能バトル展開まではもう少し時間がかかりそうだ。そうなれば、俺を苦戦させ、楽しませてくれる相手も出てきてくれるだろうに。


 だから、それまでの暇つぶしと経験を詰むためにヤンキー共に喧嘩を売っていたが、そろそろ底が知れてきた。


 俺が強過ぎるのか、相手が弱過ぎるのか、はたまたその界隈が平和過ぎるのか手応えをまるで感じない。


 もっとアウトローな深層に潜り込めば楽しめるかも知れないが、流石に今は時期尚早だ。勝てない訳では無いだろうが、今の俺の年齢では色々と面倒を対処しきれない。


「いっそ回復させて無限組み手とか出来れば良かったがそれも無理だもんな」


 俺のスキルでこの辺に転がっている輩達を治すのは問題ない。実際、この喧嘩の日々を送るようになってから幾度か死にかけた奴を軽く回復させている。


 あからさまな部位欠損とかを治癒しない限り、俺の能力が広まる心配はしなくても良いだろう。粉々の骨を少し修復する程度じゃ違和感に気付いても、気のせいだと思うはずだ。


 そもそもガキ相手に負けたと吹聴する奴がいるとは思えないし、例え言ったとしても信じる奴がいない。


「治癒の能力を持ったガキが俺達をボコボコにしたんだ!」


 側から聴いたら、あまりにファンタジー過ぎる。そのファンタジーを間に受けてスキル所持者が喧嘩を売ってくれたら言うことなしなんだが、今の所なんの音沙汰も無いしな。


 それに、俺と戦った後で俺の非になる事をしようとする奴はいない。恐怖を抱いてしまっているからな。


 ここ数日で、新たに俺のスキルは感情にまでは作用しない事が分かった。


 治癒スキルが怪我だけで無く、精神にも作用する事は既に実証済みだ。


 この前、力加減を間違えて殺しかけた奴を見たが、明らかに精神が狂っていた。口元から涎をたらし、目の焦点が合っていなかった。


 最終的に脳に治癒スキルを行使することで、正常には戻ったから問題はない。


 だが、その効果もあくまで狂ったものを正常に戻すだけで、そいつ自身が抱いた俺に対する恐怖は拭えないらしい。感情と精神は似て非なる別の区分ってことだ。


「手強い奴を回復させて、無限に喧嘩が出来たらそれ以上の娯楽はないんだがな…。反骨精神が弱いんじゃ、俺に攻撃する事自体をビビってしまう」


 狂わないように永遠に拷問する事は出来るが喧嘩は出来ない。


 俺が実は元いじめられっ子で、加害者達への復讐で使うっていう裏設定があるのならこれ以上にない能力だが、俺には生憎そんな背景はない。


「ま、とりあえずコイツの28発を片付けてから考えるとするか…んー、28と云えば永久歯の数が丁度28本だったかな」


 白目を剥いて倒れている坊主鼻ピアスを一瞥し、近くに倒れている輩のTシャツを剥ぎ取り自分の手に巻き付ける。歯を抜くのはいいけど、直では触りたくない。


 準備が整い、作業に移ろうと坊主鼻ピアスの口を開けると、一瞬で顔を歪める。


「あーあ、コイツさては歯磨いてないな。臭いし、汚いし最悪だ」


 歯についての知識が豊富な訳ではないが、全体的に黄ばんでいるし、銀歯はあるし、虫歯っぽいのはあるしで、将来入れ歯になるのは確実だ。いっそ抜いたほうが清潔なくらいだ。


「これじゃ人助けだな…まぁ、いい。歯医者で抜くとお金かかるから俺が特別に無料で抜いてやる」


 聞こえているのかは知らないが、一応声をかけ一思いに顔を踏みつける。直接抜歯してあげようと思ったが、口腔内を見て布ごしでも触りたくなくなったから仕方ない。最終的に28発以内であれば、お得だと思ってもらえるだろう。


 多少俺がやられた分に足りなくても、28本の歯を抜けば結果は同じだ。手段はおまかせでいい筈だ。何せ無料なんだからな。


「ガァハッ!?」


 白目を剥いたまま、悲痛な声をあげる坊主鼻ピアス。


「1、2、3、4…うん、前歯は殆ど抜けたな」


 口元が血だらけになっている輩の顔を見て、前歯が無くなっていることを確認すると、次は奥歯に狙いを定め頬の側面から蹴りを入れる。右の後は続けて左を…痛みはまとめての方が楽だろうからな。


 手応えを感じ口内を確認しようとするが、血溜まりになっていてよく見えない。


「自分で口くらい濯いで欲しいんだがな…全く手の掛かるやつだ」


 結果を確認しないことには仕方ないと、仕方なく自分の水分補給用の水を口元に流し込む。大分血が溜まっているから全部流し込まなきゃいけないな。


「ゴボッ…ゴバァッ…ハッ」


「お、溺れてんのか?ハハハッ、うがい出来ないから丁度よかったな」


 自力でうがいをしてくれた事で綺麗になり、口内がだいぶ見やすくなった。


「うん、やっぱり要らないものを棄てるとスッキリするな。だいぶ清潔になったんじゃないか?断捨離って大事だな」


「…」


 治療に疲れてしまったのか輩は俺の言葉に反応しない。


「おねむか?麻酔代わりに丁度いいな…親知らずを見つけたんだ。サービスにこれも抜いてやる」


 何事も中途半端は良くないからな。それに、まだ25発分は残っているから問題もない。


 それから間も無くして、右と左の計2回の蹴りをお見舞いして施術は終了した。


「今日はこの辺りで帰るか」


 周辺の横たわる人ゴミを見渡し、用も済んだ事だしそろそろ帰ろうと帰路に足をむける。


「ボ、ボス…お疲れ様です」


「おー、レッドか。居たのか」


 帰ろうとする間際、そこへやって来たのは顔を引き攣らせたカラーズのメンバー、レッドだった。


「また、派手にやりましたね」


「なんだ、見てたのか?」


「はい…途中からでしたが…」


 ふむ、それは気付かなかったな。集中するのはいいが周りが見えなくなるのは、要反省だな。死角からの不意打ちで死ぬなんてつまらなすぎる。今後は気をつけるとしよう。


「で、なんか用か?連絡なら俺のパソコン宛にメールすれば十分だろ」


「い、いえ、用というか…流石に今日は相手が多過ぎるかもと思いまして…心配というか…なんというか」


「へー、心配ね。必要に見えたか?」


 俺の質問に、辺りに倒れている30人程の輩を見渡した後、顔を青くさせてブンブンと首を振るレッド。


「まぁ、心配はどうも。でも、この通り心配はいらない。これまでの奴らと同じで人数だけ寄せ集めた雑魚ばかりだったよ。もっと強い奴はいないのか?」


「吸収した者も含め噂などをかき集めています」


 現在カラーズは初期のメンバー5人に加え、俺が倒した輩のいくつかを吸収し規模を拡大させている。どいつも喧嘩は強くないが、根が臆病で逆らう奴はいないし忠誠心は高い。


 俺をボス、初期メンバーを幹部なんて呼称しているが、人数というのは情報収集においてそのまま力となるからその辺は好きにさせている。俺は、カラーズを利用するだけ利用して、牽引するつもりは微塵もない。現に連絡をとっているのは初期メンバーだけだしな。


「噂ね…噂程度でも面白そうな話はあったか?」


「面白いかどうかは分かりませんが、幾つか報告したいことが…」


 お、どうやら本当に俺が興味を持ちそうな案件があるらしい。どこか、レッドの顔に余裕を感じる。


「なんだ」


「今、巷で不良を次から次へと倒し回っている鬼が出たという話が出回っています。なんでも、恐ろしく残虐で容赦がないとか…」


「へー、確かにそれは面白そうだな…一度是非戦ってみたい」


 そんな奴がいるなら直ぐにでも会いたい。最近は量は多くても質がイマイチな奴ばっかりだったからな。単独で強い奴には興味がある。


 俺の楽しそうな顔を確認すると、レッドは申し訳なさそうに補足をした。


「あ、あの、大変申し上げにくいのですが…それは、無理だと思います」


「なぜだ」


 もう誰かにやられてしまったのか?それとも、俺が既に倒してしまっているのか?


「その鬼ってのは、多分ボスの事ですから…」


「え、俺って残虐?」


「えっ…」


 俺の言葉に、マジで言ってる?と言わんばかりの顔をして見つめてくるレッド。


 俺的には大分手加減しているつもりだったんだがな。やり過ぎていたか?でも、どこも切断していないし、殺していないぞ?気合いが足りないんじゃないか不良の諸君?


 まぁ、いいか。俺のことは。

 その鬼ってのが俺の事だったら戦えないって事だしな。ひとまず流そう。


「その件が俺の事なら別にどうでもいい。他にはないのか?」


「一つだけあります。色々と情報を探っていく中で、ここ最近、ボスの事以上に頻繁に上がってくる名前があります」


「名前ね、なんかの組織か?人の名前か?」


「組織ですね。組織名は餓鬼道会…暴走族のようですが、ここ最近は急速に名前を上げています。元からそれなりの組織ではあったようですが、最近の勢いはその比にならないそうです」


「餓鬼道会…また、鬼かよ。ネタ不足か?何でもかんでも鬼って付けやがって」


 ま、でも、確かに気にはなる。

 最近の勢い…ってのがどうも気になる。


 最近、何か大きな変化でもあったのか?


 臭うな。


 自分でもゾッとする程興奮しているのが分かる。スキルを獲得した時と同じくらい高揚している。


 自分の考えをまとめた俺は、すぐにレッドにそれについてだけ集中するように指示を出す。他の情報は二の次で、これが最優先だ。


「餓鬼道会…鬼同士仲良くしないとな?」















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