第12話
「うーん、意外と居ないもんだな」
先日の体育の授業での一件で、日頃の鍛錬の効果をしっかりと実感した俺は、実戦の段階に移行しようと普段足を運ばない繁華街へと乗り出していた。
「実戦って言っても相手が居なくちゃ始まらないってのにな〜」
学校が終わりすぐに散策に出たというのに、肝心な喧嘩相手は中々見つからない。
なるべく喧嘩に慣れていそうで、子供相手にも本気を出すような単細胞という条件が厳し過ぎたのか、雲隠れしてしまったかのように姿が見えない。
「こういうのって探してる時に限って見つからないんだよな」
冒険者ギルドみたいな便利なエンカウントポイントでもあれば事は楽に進行するのだが現実はそう甘くない。
さっきから偏差値の低そうな奴らが居そうな道を選択しているのだが、俺が利口過ぎるのか一向に接敵しない。
「一時的に知能指数を下げられないものか…優秀過ぎるのも困りものだな」
遂に異能バトル展開への先駆けだと、楽しみにしてきたというのにこれでは出直すしかない。
その後も小一時間程、散策を続けるが目ぼしい相手は見つからなかった。
「本格的に夜中にでも出直すか?いや、でもなー、山奥ならまだしもこの辺は補導されるよな」
今警察のお世話になるのは本意ではない。親に連絡でもいって動きを制限されるのも面倒だ。
「次で無理なら出直すか」
昼の繁華街は見込みがないと考え、基本に立ち返って無難に近くのコンビニに向かった。
あまり期待していなかったが、そこで奇跡は起こった。
コンビニの脇でお手本のようにヤンキー座りをしてタバコを吸い散らかす5人の男達。
「おっ!ダメ元だったけど来てみるもんだな!」
赤、黄、緑、青、ピンク…原色に近く、そこにセンスは微塵も感じない。髪色だけで頭の悪さがよく分かる。
煙をもくもくと吐き出し、吸い殻をその場でポイ捨てする。タバコに限らず、その周囲には酒の空き缶に雑誌…コンビニで購入したと思われるゴミが多数散らかっている。
「近くにゴミ箱があってもお構いなしか…綺麗好きとしては見過ごせないが、今回限りはありがたいな。こういう見るからに態度のデカい奴らの方がおともだちが多そうだ」
この前、漫画で得た知識だが、ヤンキーは横や縦の世代の繋がりを異様に大事にする傾向があるらしい。
こいつらを相手にした後は、おともだちを紹介して貰うのが良いだろう。経験を積むには数を熟す必要がある。
「さて、どうやって喧嘩を売るかな」
いくら俺が強くても見た目はただの小学生。
挑発したらガキ相手でも直ぐにキレる単細胞な奴ならいいが、ああいう奴らに限って小心者だったりする。
「ま、なるようになるか」
バカ相手に考えるのも無駄だと早々に見切りをつけ、何も考えずに突撃する。
挑発に乗らないなら乗るまで煽るだけだ。
しかし、初めてのケンカだ。
喧嘩に至るまでのシチュエーションを楽しむのも悪くない。なるべく自然な感じで行ってみよう。
「…あっ!」
あくまで偶然を装って、コンビニに入る動線上にポイ捨てされていた酒の空き缶を蹴っ飛ばす。
ここで怪我をさせるのは本意ではない為、力加減はしっかりした。
ガッ
しかし、俺の飛ばした空き缶は赤ヤンキーの頭に一直線に飛んでいき、思いの外鈍い音を立てた。
うん、ちょっと強かったな。
俺の脚力はだいぶ強化されてるんだった。
まぁ、喧嘩が売れればなんでも良い。
「…いって…クソ!なんだ、いきなり」
缶が命中した赤ヤンキーが、後頭部を押さえ悪態をつきながら俺の方に振り向く。
「…あ、あ、あの。ご、ごめんなさい」
まずは様子見で、俺は弱々しく焦ったように謝罪する。
弱気で小心者の小学生という設定だ。
自分より明らかに格下だと分かれば、強気に出てくれるかもしれない。カツアゲでもしてくれれば50点…手を出してくれれば100点満点だ。
「てめぇか…コラ。あぁ?痛〜じゃねーかよ」
「あ、あの…わざとじゃなくて。缶が落ちてるなんて思わなくて…」
「あぁん?んなの、知ったこっちゃねーんだよ。こっちは一発くらってんだからな」
露骨に凄んで、ジリジリと距離を縮めてくる赤ヤンキー。その顔は、明らかに怒気を孕んでいた。
おー、このまま殴られるか?
もう少しこの流れを楽しみたかったが、展開が早いのは望むところだ。
そして、そのまま赤ヤンキーは俺の方へと手を伸ばし胸ぐらを掴んだ。ぐいっと引っ張られて体が爪先立ちになるくらい持ち上げられる。
「舐めたマネしてっとぶっ殺すぞコラ」
「ひ、ひぃ、ごめんなさい…」
ここで怯えろと言わんばかりにドスの効いた声で凄まれた為、リクエストに答えるように謝罪をする。
すると、赤ヤンキーは満足したようにニヤリとして俺の胸ぐらを軽く押すようにして突き放した。
ん?まさか、これで終わりか?
嘘だよな?まだあるよな?殴るよな?
俺の思いとは裏腹に、赤ヤンキーは仲間の元へと背中を向けて戻っていく。
そんなわけ無いと次の展開をその場で待っていると、赤ヤンキーが声を荒げて俺に怒鳴ってくる。
「てめぇ、いつまでそこに突っ立ってやがる!本当にぶっ殺されてーか!あぁん?早く消えやがれクソガキ!俺の気が変わらねーうちにな」
中指を立てながら威勢良く宣う赤ヤンキー。
「…」
俺は静かにその場を後にして、コンビニの中に入る。
そして、飲料コーナーに直行し、1リットルのブラックコーヒーを2つ手にしてレジへと向かう。
購入しコンビニを出ると、直ぐにコーヒーの飲み口を開け、ヤンキー集団の元へと戻る。
「お、なんだ詫びの品でも買ってきたか?」
「いいね〜気が利くじゃん」
「あとお菓子も追加で買ってこ…!?」
俺が戻ってきたのを見て勘違いしたヤンキー共の言葉を、買ってきたコーヒーをぶっかける事で遮った。
俺は、今回ひとつ学習した。
喧嘩を売るなら盛大に売らなきゃダメだ。
小学生である俺は尚更ブチギレさせなければ、ケンカの相手としてすら見てもらえないらしい。
「ごめんなさい!俺、コーヒー飲めないんだった。コーヒー牛乳と間違えちゃって!」
挑発するようにヤンキー共の方を見て戯ける。
「てめぇ……本気で死にてーみたいだな」
「「「「…」」」」
赤ヤンキーの言葉に同調するように、俺の方を睨むその他のカラーヤンキー。
身につけていた服にはコーヒーのシミがしっかりついてしまっている。怒り具合からしてブランド物だったりしたのだろうか。
「ごめんなさい!間違えたから捨てようと思ったんだけど、ゴミが多くてゴミ箱と見分けが付かなくて!」
「「「「「…」」」」」
「あ、いや、貴方達をゴミ呼ばわりした訳ではなくて…えっと、ゴミと大差ないって言いたかったんです」
俺の言葉に分かりやすく苛立つヤンキー達。顔を真っ赤にしてプルプルと震えている。
「ぶっ殺してやる。お前らもいいな?」
「「「「おう」」」」
赤ヤンキーの言葉にその他が揃えて頷く。
どうやらようやく手を出してくれるようだ。
だが、場所が悪い。コンビニ店員があたふたして今にも電話をかけようとしている。
「ねぇ、ぶっ殺されてやるのもやぶさかじゃないけどさ。ここでやるのは少し不味いんじゃないの?」
「はっ、今頃ビビったか?」
「違うよ。ここだと直ぐに通報されちゃうよ?って心配してあげてるんだよ」
「心配だと?舐めやがって…なら大人しく着いてくるってか?」
「うん、ついていくよ」
俺の淡々とした言葉に、面を食らったような顔をする赤ヤンキー。素直なのが不気味に映ったのだろう。
「…てめぇ、なに企んでやがる」
「良いから連れてけよ。ガキ相手にビビってんのか?」
「…ッチ。来い」
訝しげにこちらを睨み、明らかにこちらを怪しんでいたが、最後は俺の挑発に負けたようで、道を先導し始めた。
5人のカラーヤンキーの後ろに大人しく着いていく。
ちょくちょく後ろを振り返り、逃げていないか確認してくるが、逃げるつもりはないとヤンキー共には笑顔で返す。
こちらも通報されて途中で邪魔が入るのは嫌だからな。
そのまま5分ほど入り組んだ道を進んでいくと、それこそ漫画で見るような高架下に着いた。
周りはフェンスで囲まれていて、電車や車の音で紛れて簡単に声も届かなそうな空き地。
喧嘩するには、おあつらえ向きなナイスな場所だ。
「着いたぞ。で、助っ人はいつ来るんだ」
俺がロケーションに感動していると、赤ヤンキーが意味不明なことを言ってくる。
「助っ人?そんなの居ないけど?」
「パチこいてんじゃねーぞ。ガキ一人で俺ら5人相手に喧嘩売るわけねーだろ」
「あー、なるほどな。だから、さっきからそんな余裕なさそうな顔してたのか。子供相手にビビり過ぎだと思ってたんだよ。安心していいよ。俺携帯すら持ってないから。仮に居たとしても場所を知らせる方法がないよ」
それを証明するようにポケットの中を引っ張り出して見せる。
「…てめぇ、本当に1人で俺たちに喧嘩売ったのか?」
「だから、そう言ってるじゃん。しつこいな」
「はっ、ははは!ははははっ!!マジで、バカじゃねーのかお前!!」
助っ人が居ないと分かって安心したのか、赤ヤンキーを筆頭にヤンキー共が俺をみて嘲笑う。
その様子を見て確信した。
こいつら多分マジで雑魚だな。
反応から態度までが総じて雑魚ムーブだ。
まぁ、初めての喧嘩だ。
チュートリアルとしては丁度良いだろう。
コイツらのおともだちに期待するとしよう。
「俺らが手加減すると思ったら大間違いだぞ?なぁ?」
「あぁ、無事では帰さねぇ」
「腕の一本や二本は折れるだろうなぁ」
「財布にしてやる」
「舎弟として可愛がってやるかな」
優勢だと分かった途端に強気な態度を見せる輩たち。
骨を折るのが脅しになると思っている時点で察しだ。
だが、今俺が高揚しているのも事実。
俺には戦闘の経験がない。
というより、暴力を振るった事がない。
唯一近いものをあげるなら自傷行為だが、アレはノーカウントだろう。
異能バトル展開を望む俺からしたら、これは致命的な欠点と言える。
いくら入念に刀を鍛えたとしても、それを抜く機会がなければ宝の持ち腐れだ。
俺はスキル所持者と相対した時、舐めプしたいと思っている。そして、敵を煽りに煽り、禁忌の技とかに手を出して貰ってピンチを味わいたい。
しかし、いざその展開が来たとしても俺に楽しむ余裕がなければ何の意味もない。
だから、その為の経験を俺は今この瞬間から積み上げる。
「かかってこいヤンキー戦隊!ダサいのは髪色だけだと、拳で証明してくれ!」
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