第13話

 俺の掛け声で真っ先に向かってきたのは、やはりリーダー色の赤ヤンキーだった。


 俺との距離を縮める為に勢い良く走っている。そこに、加減をするような素振りは見えない。


 どうやら、俺の要望通りコイツは小学生相手でも手を抜かない単細胞らしい。


「来たな、ヤンキーレッド!」


 俺は初めての喧嘩を目前にし、興奮して口角が上がるのを抑えられなかった。


「誰がヤンキーレッドだぁぁ!」


 30センチ以上の身長差。

 容赦無く上から振り下ろされる初撃。


「!?」


 分かりやすい予備動作で繰り出された拳を、俺は横に一歩ずれるだけで回避した。


 俺が年齢相応の体であれば、食らえばひとたまりも無いだろう。いくら技術が伴っていなくとも、格闘技であればこの体格差は致命的だ。


 だが、コイツ…薄々勘付いていたが喧嘩慣れしていない。初撃を見るだけでそれがすぐに分かった。回避するのはそう難しくない。


「クソがっ!!!」


 俺が避けた事に腹を立てたのか、赤ヤンキーの攻撃は激しくなった。


 だがその後も、俺はその尽くを避け続けた。


 確かに手数は多い。

 俺に反撃する間を与えさせない為なのか、俺が回避しているのをマグレだと自惚れているのかは分からないが、攻撃は連続しているし途絶えていない。


 だがコイツ、大振りな上にワンパターンだ。

 攻撃のレパートリーが少ないのか、パンチを数発放った後は、必ず蹴りで締めている。


 予備動作が大きい上に攻撃まで予測できる。


 こんなの負けようがない。なんの訓練にも経験にもならない。実力がこの程度なら、俺がスキルを得る前でも勝てそうだ。


「ハァハァハァ…クソがッ!ちょこまか逃げやがって」


 ヤンキーレッドは何の意味も成さない猛攻に疲れたのか、息を切らしながら愚痴を漏らす。


 その言い振りは、まるで当たらない俺が悪いと言っているようだ。


「はぁ…期待外れだヤンキーレッド。リーダー色がこの程度じゃ他もたかが知れてるな」


 わざと落胆しているのが伝わるように、やれやれと肩をすくめて首を振る。


 そんな俺の態度に、レッドはもちろんのこと、後ろで控えていた他のカラーもご立腹な様子だ。


「テメェっ!本番はここからだ!」


 俺の言葉に火がついたのか、もう一度向かって来ようとするレッド。


 それを俺は手で来なくていいとジェスチャーで制する。


「あーあー、いいよ来なくて。お前1人じゃすぐ終わっちゃうから」


 戦闘の経験とヒリヒリ感を味わいたくて喧嘩を売ったのに、こいつ1人では到底無理そうだ。正直時間の無駄でしかない。


 他のカラーが参戦したところでそれは変わらないだろう。早いとこおともだちを紹介してもらいたいところだが、それも今のままでは難しそうだ。


 こいつらは根本的に俺のことを舐めくさってる。見た目は小学生だし、いくら攻撃を回避しようが、俺自身はまだ攻撃を見せていない。


 この低脳どもに、この小さい体で繰り出す強攻撃を予想しろというのも酷な話だろう。


 本来の目的とはズレるし、経験値的には美味しくないが、せっかくだからボコボコにしておともだち仲介に専念してもらえるようにしよう。


 大丈夫、俺は弱い者イジメも大好きだ。


「おい、ブルー、グリーン、イエロー、ピンク。お前らは見てるだけで良いんだな?」


 認めたくはないが俺が普通では無いことに気付いていたのだろう。俺の言った意味を真に理解した他のカラー達の行動は早かった。


 それをお前が言うのかという些か歪な雰囲気は流れたが、他のカラー達はゾロゾロと俺を取り囲むように陣取る。


「お前ら…まさか俺が負けるとでも思ってるのか?」


「そうじゃねーよ。だがコイツはただのガキじゃねえ」


 ガキ相手に心配されたレッドは不服げな顔をして他のカラー達を見遣るが、それにブルーが諌めるように反応する。


「それに、俺らも喧嘩を売られてるんだ。手を出しても文句はねーよな?」


 俺にそう声を掛けてくるブルーに対し、ニヤリと口角をあげて答える。


「協力という美辞麗句に扮した数の暴力は戦隊ヒーローの専売特許だろう?安心してかかってこい。ヴィランとして真摯に対応してやる」


 側から見たら完全に不良が小学生を虐める構図だがな。


 俺がブルーと問答しているのをチャンスと見たのか、ピンクが不意打ちを狙って突進してくる。


 ヒーローの風上にも置けない行動だが、ヤンキー戦隊だからギリギリセーフだろう。


「…おっと」


 俺はそれを寸前で跳び箱を飛ぶように避け、すれ違いにピンクの髪を引きちぎる。


 ぶちぶちッ


「…ぐぁぁッ!!」


 嫌な音がするのと同時に頭を抑えて転がるピンク。1本や2本ではなく手掴み単位で抜かれるのは初めての経験だろう。


 俺も抜いてみたことあるから分かるけど結構痛い。骨を折るのとは別種の痛みだ。


 一番体格のいいピンクが一瞬にしてやられたのを皮切りに、他のカラー達も続々と仕掛けてくる。


「…ハハッ!」


 ヤバい、結構楽しい。


 個々の実力は大した事なくても、同時多発的に襲ってくる攻撃を避けるのは意外と難しかった。


 今は相手の実力不足と前方、後方に集中するだけで捌ききれているが、実力者相手ならそうもいかないだろう。更に人数が増えた場合、これに加えて上下左右も気にしなければならなくなる。


 得るものは何もないと思っていたが、多少勉強にはなったな。それでも雑魚には変わらないが。


 しかし、いくら気をつけていたとしても、多人数を相手に全てを躱しきる事は出来ない。その場合、攻撃には攻撃を返す事で対処する。

 

「よっ」


「うわぁぁぁあッ!!」


 俺の横腹目掛けて放たれた蹴りに、同じように蹴りをぶつける。所謂、弁慶の泣き所同士を合わせるようにだ。


 俺の骨は強化済み。木の幹と枝…どちらが頑丈かなんて結果は明らかだ。


 グリーンは脚を抱えてその場で蹲る。試合でファウルを食らったサッカー選手みたいだ。


「どうなってやがるっ!!」


「くそっ!!」


 ピンクとグリーンが秒殺されたのを見て、レッドとブルーは信じられないといった表情をして俺を見る。


 イエローは完全に怖気付いて、もはや攻撃する意志を感じない。


 残り3人…いや、2人か。

 とりあえず今はイエローはもう無視でいい。後で痛めつけはするがな。


 俺は改めて2人を見る。


 レッドは何か覚悟を決めたような顔をして、ブルーは、レッドの方をチラリと見た後、コクリと頷いて何かを了承した。


 何かするのか?


 次の展開を楽しみにしていても、2人は警戒しているのか一向に動こうとしない。これは明確な隙を見せるまで動きそうにない。


 仕方ない、サービスだ。


 2人が次の行動に出やすいように分かりやすく身体の力を抜く。


 すると、レッドは全速力で俺の背後を取ってそのまま俺の脇の下に手を入れて羽交締めにする。


「今だっ!!やれ!!!」


 1人が拘束して、その間にもう1人が攻撃。

 無抵抗の人間に暴力…実に俺好みの戦法だ。


「おーーーーっ!!」


 レッドに拘束されながら、十分な助走をつけて勢い良く向かってくるブルーを見据える。


 このまま、攻撃を受けてみるのも悪くないか?と、考えるも直ぐにそれを否定する。


 俺は自分の思い通りにするのは好きだが、相手の思い通りになるのは大嫌いだ。


 このままでは、最初は誘ったとはいえこのバカ共が考えた作にハマるみたいで癪に障る。


 ブルーが俺の顔に向けて拳を放つ直前。

 俺はレッドの両足をその場でジャンプして思い切り踏み付ける。


「ふんっ」


「ぐぁぁあ!……ッ!!」


 靴の上からでも手応えはあった。

 俺の強化された脚力で踏みつけたんだから当たり前だが、恐らく爪や周辺の骨は全滅だろう。立っているだけ大したもんだ。


 その影響で、レッドは未だ拘束しているつもりだろうが、既に腕には殆ど力が入っていない。形だけの拘束だ。


「おらぁぁっ!!」


 目一杯力を込めた渾身の一撃をブルーが放つ。


 それを俺は緩んだ拘束から無理矢理頭を下げ、お辞儀するようにして避ける。


「よっ」


 俺の頭部があった場所には、既に俺の姿はなく…ブルーの渾身の一撃は、そのままレッドの喉元に直撃した。


「ふぐぁっっ!?」


「…?!」


 その事に両者互いに驚愕し、レッドは倒れ、ブルーはその場で立ちすくむ。


 そんな隙を見逃す俺ではなく、ブルーの金的を容赦無く蹴り上げ、強制的に戦闘を終了させる。


 結果、レッド、ブルー、グリーン、ピンクはその場で倒れ、イエローは失禁…という文句のつけようのない初勝利を俺は収めた。


「ま、本番はここからだけどな」


 勝ったは勝ったが、この勝利はあくまで喧嘩のだ。俺の目的は、既にコイツらの心をへし折ることにシフトチェンジしている。


 勝利の余韻も程々に、俺は唯一無事の、股間だけ大惨事のイエローに声をかける。


「おい、小便イエロー」


「な、な、な、な、なん、なんで」


 たった今、4人を一気に片付けた小学生からの呼び出しに、恐怖のあまり吃りまくるイエロー。全身が震え、声には自動でビブラートがかかっている。


「これ以上、吃ってみろ?今度は、糞が出るまで痛めつけてやる。そしたら、トイレ番長の名前が欲しいままになるぞ?どうだ?ん?その異名がほしいか?」


「…なんのご用でしょうか!!」


「それでいい」


「はい!!」


 俺の冗談を間に受けたのか、慌てて従順になるイエロー。


 扱いやすくて何よりだ。


「こいつらの服を脱がせ」


「…はい?」


「トイレ番ch…」


「ただいまっ!!」


 俺の先の言葉を瞬時に推測し、考えなしに他のメンバーの服を脱がせにかかるイエロー。


 途中、比較的軽傷のピンクが脱がせようとするイエローに抵抗しようとしていたが、見せしめに腕を踏み抜き、へし折ったら直ぐにされるがままになった。


 未だ、反抗的な目で睨み付けていた他のカラー達も、その光景を見て自発的に脱いでくれるまでに協力的になった。


「完了しました!」


 すっかり俺の奴隷と化したイエローが、命令を遂行したと言わんばかりに直立不動で報告をしてきた。


 確かに皆、全裸だ。イエロー以外は。


「お前も脱げよ」


「は、はい?」


「いつまでもお漏らしした服を着ているのは気持ち悪いだろ?」


「い、いえ!大丈夫であります!」


 ん。何か勘違いしているみたいだな。


 イエローは、自分は危害を加えていないから良いですよね?とでも言いたげな目で俺を見つめてくる。


 これはいけない。何事も最初が肝心だ。

 甘さを見せないように心を鬼にしなければ。


「善意で言ってるんだけど?」


 うん、我ながらいい笑顔で言えたと思う。


「ただいまっ!!!!」


 善意が伝わってくれたらしい。

 イエローは、一瞬で全裸になってくれた。


 ヤンキー戦隊改め全裸ヤンキー戦隊が集結した所で、俺は再度イエローに指示を出し、所持しているであろう携帯電話を全員分提出させる。


「ふーん」


 ヤンキーの癖に皆、中々いいスマホを使っている。きっと、自分の金で買った訳では無いだろうが、コイツらにはもったいない。まったく良いゴミ分だ。


「最新機種はコレか」


 5つの中から一番高価そうな物を手に取り、そのままカメラのアプリを起動させる。


「ほー、やっぱりスマホは良いな。画質が綺麗だ。俺も欲しいんだけど、携帯は中学生になってからって言われているんだ」


「…」


 俺の家の教育方針を話しているだけなのに、嫌な予感を察知したのか、誰かから固唾を呑む音が聞こえた。


「…宜しければ、差し上げます」


「中古は嫌いなんだ」


「…すみません」


 なんとか状況を良くしようと、レッドが声を上げるがそれを一声で伏す。


 ピコンッ


 そして、録画音が響く。

 雑音の多い場所だが、それはしっかりカラーズにも伝わっていたらしい。


「…あ、あの」


「…」


「許してください」


「…」


 レッドの声にも一切耳を貸さず、そのまま無言でカメラを構える。


「お願いします。許してください。何でもします…なので、動画だけは…勘弁してください。お願いします」


「「「「お願いします」」」」


 レッドの土下座による懇願。それに倣うように他のメンバーも土下座をする。骨が折れてる奴も痛みを堪えながら必死に土下座の姿勢を作る。


 ピコンッ


 俺が動画録画を辞めたのを見て、安堵の表情を浮かべるヤンキー戦隊の面々。


「本当に何でもするか?」


「はい…」


 俺の言葉に真剣な顔をして答えるレッド。

 そのレッドの言葉に同意を示すように、他のメンバーも頷く。


「よし、いいだろう」


「…あ、ありがとうございます!!」


「写真にしてやる」


「………は、え?」


 赦しを得たと安堵するのも束の間に、レッドは再び顔を青くさせる。


「動画がベストだが、写真で勘弁してやる」


「いえ、そうではなくて…」


「お前らがどれだけこの瞬間に俺に対して従おうが、明日以降は分からないだろう?約束をしても反故にされたら、今の俺にはどうしようもない。守られる保証が欲しいだけだ」


「従うと誓いますから…」


 ヤンキー戦隊は総じて涙目になっているが、コイツらの言葉に重みも信用もない。

 信用してもらうには、それ相応の後ろ盾や実績が必要だ。だがコイツらにはそれがない。


 クレジットカードの審査と同じだ。

 コイツらは即落ちだったってだけだ。


 俺の言う通り弱みさえ握られなければ、逃げれば片付くとでも思っていたのだろう。ヤンキー戦隊全員が大粒の汗をかいて震えている。


「安心しろ、信用のないお前らにも担保が有れば十分だ。俺は、意外とこれで心配性でな。誓うと言うなら少しの安全策くらい構わないだろ?この通りまだお子様なんだ」


 コクリ


 内心を当てられぐうの音も出ないのか、ヤンキー戦隊の一同は、鉛のように重たい頭を苦しそうに下げ静かに頷いた。


「やはり恥は誰に対しても有効だな…俺が同じ状況に陥ったらと思うと震えが止まらないよ」


 そう言いながらも快は、嬉々としてシャッターを切る。世に出たら確実に死にたくなるであろうポーズを要求して。










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