第9話
マナの練度向上の為に行った他対象へのスキル実験から数日が経過がした。
結局、あまりマナの扱いに進歩は見られなかったが、あれからも何度か条件を変えたりして同様の実験を繰り返した結果、自分以外への対象にスキルを使う事には大分慣れる事が出来た。
本来の目的とは、多少ズレてはいるものの今後の事を鑑みれば成長したと言ってもいいだろう。
そして、今回の事で分かったのだが俺が軽く考えていたマナの体外放出は、想定以上に難易度が高い技術らしい。
比較対象が無いから確かなことは言えないが、俺のスキルが治癒という特性のせいで難易度が上がっているように感じる。
そもそもの話、この治癒というスキルは遠隔で行使することを恐らく想定されていない。
その証拠に、体内のマナ操作は体外の比にならないくらいの習熟度だ。誰に教わった訳でもないのに、なんの不自由もなく扱えている。
なまじファンタジー知識が豊富な所為で、この世界のサブカル教科書に当てはめ過ぎてしまっていたようだが、俺は些か思い違いをしていた。
なんというか、これまでは回復系のスキルや魔法を使う場合、遠隔で味方の体力を随時回復していく…みたいな固定観念があり、出来て当たり前の事に躓いているような感覚に陥り、少し焦ってしまっていた。
これは、反省しなければならない。
もし、これが戦闘時だったらこういった先入観は、足元をすくわれる要因となる。
この世界の知識はあくまで、参考程度にするくらいが丁度良い。でなければ、敵を過小評価又は過大評価して痛い目に合うのは目に見えている。
まぁ、今回気がつけて良かったと思うべきだろう。良い教訓だ。
マナの体外操作に関しては、やはり地道に積み上げていくしかない。幸い、微小ではあるが放出は出来ているんだ。時間をかければ、いずれ物になるはずた。
焦ることはない。
俺はまだ小学生。暇な時間なんていくらでもある。
そして、夏休みも残り少なくなってきた今日日。
俺は、残りの貴重な休みを無駄にしないために、新たに日課に励んでいた。
言いたい事は分かる。
夏休みが始まって以降、既に俺は色々とやって来た。
隕石観測に始まり、スキルの獲得、検証、マナ器拡張、骨強化、マナ操作…世界広しといえども、ここまで貴重かつ奇怪な体験をしている小学生は俺だけだろう。
我ながら、忙しくも充実した日々を送っていた。
しかし、ふと思ったのだ。
このままでは、スキル無しでは何も出来ない宝の持ち腐れ野郎になってしまうと。
俺が今やっている日課と言えば、スキルの検証にそれに付随した強化と練習。
この中で俺の能力と言えるものは何もない。
全てスキル関連のものだ。
それを抜いたら、せいぜい俺に残るのは早熟な精神とちょっとばかり飛び抜けた容姿に、飛び抜けた器用さくらいだろう。
確かに、スキルの獲得までは間違いなく俺が手繰り寄せ、掴んだものだ。他の誰でもない俺の運ありきの実力だ。
だが、能力を得てからの俺はやっている事が平凡過ぎる。
俺がやっているスキル関連の努力は、たとえこの力をその辺の中高生が手に入れても、当然やって然るべき努力だろう。
マナ器の強化による副作用…あの激痛だって、少し考える知能があればその後の重要性に気付ける。それでも、ヒヨるなら余程のバカや臆病者だ。
十で神童十五で才子二十過ぎれば只の人
こんな、ことわざがある。
俺は、凡庸を知らずに死にたい。
とはいえ、俺はまだ9歳。
まかり間違って凡人に成り下がるにしてもあと10年以上の猶予がある。
だから、俺は新しく日課を取り入れたのだ。凡庸を知らずに死ぬ為に、凡人に格下げにならないような努力を惜しまないと決めた。
スキルの力だけではなく、俺自身の強化をする。
もちろん、今までの日課は並行してやっていくつもりだ。
問題ない。
なんせ、そう難しい事ではない。
「ハァ、ハァ…ハァ…」
汗でびしょびしょになったTシャツのまま短くカットされた原っぱに仰向けに倒れ込む。服が汚れる心配をしている余裕はなかった。
「…やっぱり炎天下の中、いきなり10Kmはキツイか」
快が新しく取り入れた日課。
それは、走ること。つまり運動だった。
「俺の治癒は攻撃スキルじゃないからな。いざという時に備えて、やっぱ走力は欠かせない」
逃げるのは敗北ではない。
時と場合によっては惨めに映るだろうが、そんな事はどうでも良い。死ななければいくらでもリベンジできる。
もちろん、これだけの理由ではない。
俺の体は、骨が頑丈になったのを見れば分かるように強化できる。いや、これは強化なんてちゃちな物ではない。
進化と言っても良い。
破壊して、治癒を繰り返すことでマナが体を構成している細胞と混ざり合い強靭になる。
「骨は強化されても、特別太くなったりはしていなかった。って事は、質だけが向上していくんだ。見た目は変わらず、そのパフォーマンスだけが上昇する」
偶然の産物だったが、これは大発見だった。理論上、俺の体は際限なく頑丈になるということ。
そこで、俺は考えた。
マジで、人造人間になろうと。
何を馬鹿なことをと思うかもしれないが、本気も本気だ。
「強化できるのは、骨に限らない。例えば、筋肉とかな」
刃物なんかで筋肉をぐちゃぐちゃにすれば質自体は簡単に上がるはずだ。
ただ、この方法では質は良くなっても筋肉は大きくなってはくれない。
だから、運動する必要があるのだ。
運動することによって筋肉を傷つけ筋肥大を促し、物理的に筋肉を傷つけ質の向上を図る。
これを続ければ、同じような体格でもスペックは段違いになる。
俺の強みは、間違いなく死に辛さだ。
今の状態でも、ちょっとやそっとの事では死なないだろう。致命傷を受けても、すぐに治癒すれば良いんだからな。
しかし、俺はこれの上をいく。
致命傷を受けない体になる。
「今は余裕がないから出来ないけど、そのうち内臓もズタズタにするかな〜。そしたら、消化も良くなって食べる量も増えるかもしれないし、もしかしたら200歳くらいまで生きれるかもしれない」
汗も冷えてきて、夏の蒸し暑さも時折吹く風のおかげで感じなかった。運動後の爽快感も合わさり、妙に心地良い。
快は、手を枕にして空を眺め呟いた。
「これが、幸せか?」
充足感に包まれていた。
このひと月、やる事が多くも充実していた。
「最高だ。こういう日々がずっと続けば良い。でも、課題は解消しなきゃな」
どれだけスペックの優れた身体になっても、それを動かす技が無ければ意味がない。
その点、走る事は全身運動だ。
心肺機能と同時に筋肉も備わる。
身体の約7割の筋肉は下半身に集まっているから、運動の基本としては丁度良いだろう。
「格闘技とか体操とかもやっといた方がいいかもな」
破格な治癒能力に、強靭な肉体。
それら全てを使いこなす為に最善を沢くす。
まだ見ぬスキル所持者達。
戦う時はいずれ必ず来る。
そんな予感がする。
備え過ぎて困る事は何もない。
だが、もしかしたら幾ら身体一つを鍛え抜いても、反則的な攻撃スキルが存在していたら、俺は手も足も出ないかもしれない。
しかし、それでいい。
むしろ簡単にくたばってもらっては困る。
「俺は最強ではなく、無敵になれればいい」
真の目標は強くなる事ではない。
楽しむことだ。
その為ならどんな苦行にも耐えて見せよう。
だから、スキル所持者達よ。
ぜひ、強くなってくれ。
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