第8話


「暑過ぎ」


 俺はいつしかと同じように半袖半パンに虫網と虫籠という夏の代名詞とも言える装備をして近隣の公園まで来ていた。


 スキルを手に入れるまで、かなりの日数を昼夜逆転した生活を送っていたせいか、夏の日差しがよりキツく感じる。


「昆虫は最低限だな。欲を言えば犬猫に試したいけど、この辺にいるのは大概飼い主がいるだろうしな。まぁー、欲は張るまい」


 ここ数日、激痛を伴うマナ器拡張に勤しんでいた俺が、なぜこんな絵日記のネタにしかならないような事をしているかというと、これにはちゃんとした訳がある。


「まさか、本当に骨が頑丈になるとはね」


 そう、骨が折れなくなったのだ。


 練度が低く体外に効率よくマナを放出することが出来ないからと次善策としてやっていた無理矢理スキルを使ってマナを消費する作戦が機能しなくなった。


 後半は殆ど作業と化していたから正確に何回骨を折ったかは分からないが、多分1000回は余裕で超えていたように思う。


 なんだか回を追うごとに頑丈になっている気はしていたのだが、勘違いだと思ってあまり気にしていなかった。


 しかし、今日の朝試していたら遂に俺の腕はトンカチでは歯が立たなくなっていた。迷信だと思っていた事が事実となったのだ。


 身体が変化したことに多少驚きはしたが、スキルなんて元々がファンタジーな事を真面目に考える方が馬鹿らしいと結果を素直に受け止める事にした。


 大方、壊れた骨に治癒スキルを使うことによってマナと骨が混ざりあったとかそんな所だろう。チタン合金みたいなもんだ。頑丈になってむしろメリットしかない。


 今後も時間を見つけて、全身の骨を折って行くことにしよう。いつか、人造人間みたいになれるかもしれない。


 別に何度も叩いたり、他の部位に変えてマナ器拡張を進めても良かったのだが、そもそもの話マナを体外に放出できるようになればもっと効率は良くなるわけで。


 というわけで、せっかくの機会だから自分以外を対象にスキルを使って、検証も兼ねてマナの練度をあげようと思い立った訳だ。


 気付けばこれまで自分を対象にしかスキルを行使していなかった。他対象に使用すれば何か得るものもあるだろう。


「よっ!」


 虫網をギリギリまで伸ばして、木に止まっているミンミンとうるさいサンプルを捕獲する。


 小学生の模範のような遊び方な筈だが、楽しみ方がまるで分からない。


「ま、サンプルに困らないからいっか。よっ!」


 次々とサンプルを捕獲して行き、虫籠に詰めていく。3匹ほど捕らえたところで一度手を止め、ベンチに腰掛ける。


「とりあえずこれくらいで十分だろ。俺のスキルでそう簡単には死なないだろうし」


 準備が整った所で早速検証開始だ。

 まず、虫籠から1匹取り出して早々に羽を捥ぐ。


「えいっ」


 相変わらずミンミンと騒いでいるから、これは俺が泣かせた訳じゃない。


 羽も失くなり飛べなくなったところでベンチに置いて、まずは触れずに手をかざしてスキルを発動させてみる。


「んー、無理っぽいな」


 手をかざしてもマナが減った感覚もないし、翡翠色のオーラも見えない。まぁ、これが出来たら体外へのマナ放出もとっくに出来てるか。


 今度は背中を掴むように持って、スキルを発動させてみる。


「なるほど、難しいな」


 やはり接触をすれば他対象でも問題なくスキルは発動するようだ。


 勝手に簡単に治るんだろうと予測していたのだが思いの外難しい。自分の体とは違い上手く馴染まないというか、スムーズにマナを流し込めない。流れるプールを逆走しているような抵抗を感じる。


「お、いけた」


 スムーズに流れてくれないなら、流れを強くすれば良いと流すマナの量を少し増やしてみた。すると、みるみる羽が再生していき、あっという間に新品の羽が出来あがった。


 単なる思い付きだったが量が問題だったらしい。


「対象が自分以外の場合は消費するマナが大きいのかもしれないな。対象が小さ過ぎるから正確性には欠けるが、強ち間違ってないはずだ。あ、部位欠損による消費の説も有力だな」


 自分以外の人間相手にも試してみたいけど、それはまだ先だな。徐々に試すランクを上げていけば良い。虫相手にも試すことはまだ沢山ある。


「あと試してないのは、んー、殺してみるか?」


 物騒なようだがいきなり人を殺すリスクを冒すわけには行かないだろう。それならこの季節、供給過多気味の虫で試す方が何倍もいい。


 映画とかで明らか死んでるだろって怪我でも、ご丁寧に遺言遺してる奴もいるし、その間ならもしかしたら蘇生できるかもしれないからな。物は試しだ。


 このスキルは俺が思った以上に破格だから、不可能ではないかもしれない。


 ま、ただのフィクションだと言われたらそれまでだけど試すのはタダだしな。


 虫には悪いがな。


 もし、虫が可哀想とか俺を非難したい奴がいるなら出てきてもらって構わない。そんな奴らはただの偽善者だし、何の障害にもならない。


 家に出る害虫は秒で殺しにいく癖に、捕まえた虫を殺すのは可哀想という。今までに蟻を踏みつけたり、蚊を潰したりした事ない奴等いない。無意識に殺すのはよくて、意識して殺すのは良くないという勝手な言い分を主張する。虫にとってはどちらも変わらず仇だろうに。


 虫に限らず他の生き物も意に沿わないなら殺す。それが、人間という生物だ。


 魚、牛や豚の家畜…直接的でなくとも間接的になら殺している。食ってるんだからな。殺したばかりの事を新鮮とかいう言葉で包んで、見たくないものから目を背ける。


 それが俺を非難する奴等の正体だ。


 所詮世の中には自覚して殺す奴と、無自覚で殺す奴の2種類しか居ない。俺は、俺自身が自分勝手な人間だと分かった上で行動している。


 これを聞いてもとやかく言う奴らは、一生自分ルールで生類憐みの令でもやってろ。


 という訳で、ミンミンと鳴いているこの虫を首チョンパして行こうと思う。一応治す算段はあるので、医学の発展という名目で行う。


 羽を治したばかりのサンプル1号をカゴの中に戻して、もう2匹の中からランダムに選ぶ。ストレスの少ない個体を選ばないと、完璧なデータは取れないからな。


 サンプル2号を取り出すと、ベンチをまな板に見立てて猫の手で抑える。


 流石に包丁は持ち出せない為、データを書き記す用に持ってきていた筆箱の中にあるハサミで代用する。


「首…首…首。この辺か?」


 正直どこから首か分からなかった為、顔と胴体を引き離すつもりで、それっぽい所でカットする。


 そして、先ずは胴体と顔を引き離して、それぞれ手に持ってスキルを使ってみる。


 脳のある頭を起点に再生していくのか、大部分を占める胴体から頭が生えてくるのかを注意深く観察する。


「んー、再生しないな」


 どちらの物体も反応しない事を確認すると、次は2つを繋げるように密着させながらスキルを使う。


「おっ、これはくっつくのか」


 切断したのが嘘みたいに元の姿に戻るサンプル2号。しかし、数分しても反応を見せない。


「これは死んだな。やっぱり切り離してから時間が経ちすぎていたのか?切り離して直ぐに首と胴体を繋げれば生き返る見込みはあるか?」


 サンプル2号が死んだ事を確認すると、あっさりと反省点を見出す快。


 そして、ノートに記録をしてすぐにまた虫籠にあるサンプルに手を出す。


「サンプル3号出番だ。3号…3号?ま、多分こっちだろ。今度は生き返らせてやるから、例え1号でも問題ないぞ」


 虫籠に入っているサンプル1号と3号の見分けがつかなかったが、勘で捕まえてすぐに実験に入る。


 ベンチをまな板に見立て、猫の手で抑えながら首をカットする。そして、1秒とかからず2つを密着させスキルを使う。2回目となると慣れたものだ。


 頭と胴体はすぐに繋がり、元の姿に戻る。そして、数秒後…


「ミーミンミンミン」


「マジか」


 確実に死んだと思われたサンプル3号は、また生前のように鳴き出した。


「こうなると何秒まで耐えるか、試したくなるな」


 そして、3秒、6秒、9秒…と切断時間を伸ばして検証を行った。


「12秒はダメか。よし、個体差はあるだろうが、昆虫は大体10秒の間なら死んだ後でも蘇生できるとメモしておこう」


 サンプル3号の尊い犠牲で得た情報を淡々とノートに記していく。


「もしかしたら、昆虫なんかより脳みその大きい動物ならそれ以上に耐えられるかもな。試したいけど、手頃なサンプルが手に入らないし当分お預けだが」


 昆虫相手にも中々得るものは多かった。

 欠損は問題なく回復するが、頭と胴体を引き離した場合はその限りではない。動物相手にも同じ事が起きるかは要検証。


 頭と胴体が再生しない理由は分からんな。

 予想をするなら、どちらに精神があるか曖昧だから?脳のある頭か、肉体の大半を占める胴体か。


「ま、どっちにしろ意識というか自我があるかどうかも怪しい虫相手じゃ、ここらが限界だな」


 映画とかでは人間が首チョンパされても、自分の胴体を宙に舞う首視点から見てるシーンとかよくあるから、頭というか脳に精神は宿っているのかもな。


 その理論で言うなら、首だけになっても事前に頭にマナさえ集中させておけば、首から胴体が生えて来たりするのか?


「検証する度に気になる事が増えていく気がするな。ま、退屈しなくて良いけど…って、そういえば、今日はマナの練度を上げるつもりだったのに、すっかり検証の方に夢中になってしまったな」


 そろそろ用も済んだし帰ろうと腰を浮かしたところで本来の目的を思い出す。


 そして、浮かした腰をまたベンチに下ろし、視線をゆっくりと虫籠に向け呟く。


「サンプル1号、練習に付き合ってくれ」


 その後、快はマナが切れるギリギリまで、羽を捥いでは治癒を繰り返した。


 そして、サンプル1号は解放されるとどの同族よりも速く飛び去ったという。


「お、やっぱり羽が新品だから速いな〜」
















  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る