第6話


 突如、脳内に浮かび上がった文字列に思考は一瞬完全に停止した。


「は?…幻覚か?」


 自分の願望が生み出した幻ではないかと疑うも快の心は既に期待で胸がはち切れそうだった。確実に幻ではないと自分では分かっている。だが、もう一度確認するまでは諸手を挙げて喜べない。


 今度は余計な情報が入らないように目を閉じて集中して念じてみる。すると、先程とは違った形で文字列が浮かび上がる。


【スキル:治癒(特)】


「ハ、ハハッ、ハハハハハ!!」


 俺は生まれてから9年の記憶を有するが、断言出来る。人生でこれほど幸せを感じ、心の底から笑えた事はない。


 何故だか、視界に映る全ての景色が色付いて見える。なんて事はないただの暗い森の風景だ。しかし、俺には今までが色褪せていたんじゃないかと錯覚する程に綺麗に映る。


 これまでの努力が報われた事と、これから始まるであろう希望に満ちた未来を想像すると心が踊る。


「…ッ!?ふふっ、ふはは」


 そうやって幸せを噛み締めていると突然感覚の無かった右腕の感覚がもどる。感覚といっても痛覚だが。


 痛い。痛すぎる。右腕を中心に体温が上昇していくのが分かる。熱を持って形容し難い痛みが絶え間なく襲ってくる。これも初めての感覚だ。


 だが、快は笑っていた。9歳とは思えない色気すら感じる顔をして。元々の整った顔立ちと僅かに照らす月明かりがそれを一層演出していた。


「この今すぐ蹲りたくなるような痛みが、この夢みたいな現実を夢でないと証明してくれているようだ。あ〜、気持ちいいとさえ感じる」


 いつまでもこの達成感という余韻に浸っていたいところだが、現実問題として快の傷は不味い。


 今のところ快の異常な精神力で立ってはいるが、本来であれば大人でも泣き叫んでも良いくらいの重症だ。純粋に痛みだけの問題ではなく、自分の腕がそれこそ子供が作った粘土のように変形していたら失神してもおかしくない。精神的ショックは計り知れないだろう。


 一頻り笑った後、快は冷静な顔で自分の右腕を見遣る。何の因果か手に入れたスキルは治癒。ここで、試さない手は無いだろう。


「丁度良いサンプルだな」


 スキルの使い方は何となく理解している。腕の痛覚が戻った時に、これまでに無かった感覚も一緒に知覚することが出来た。新たな感覚器官を急に埋め込まれたような違和感…これは五感のどれでもない新感覚だ。


 例えるなら血液では無い別のナニカが全身に流れる感覚だ。慣れていないがなんとか操ることは出来る。流れる速度を早くしたり、遅くしたり、部分別に流れる量を増やしたり、減らしたりと練度は高く無いが時間をかければ操れる。


「こんな感じか?」


 そのナニカを患部に流れるように操作し、気持ち量を増やしながら治るように念じる。


「ハハッ、すげ〜な」


 皮膚を突き破った骨が逆再生をするようにみるみる腕の中へと収まっていく。特に患部に手を当てたりする必要は無く、淡い翡翠色をしたオーラのようなものが患部に集まっているだけだった。


 続いて助骨を治そうと集中するが、さっきより操れるナニカの量が減っている事に気がつく。


「この得体の知らないナニカ…便宜上マナとでも呼称しておくか。マナを使ってスキルを使っているんだな。スキルを使う度にそれを消費するのか」


 問題なく痛みが消えた事を確認すると、次は身体に残ったマナ量をなんとなく探ってみる。最初ほど身体に溢れている感覚はなく、集中してようやく感じられる程度に総量が減少している。


「色々と検証したいこともあるけど、怪我も無事治ったことだし取り敢えずはこの場から離れないとな。隕石を目撃して近付いてくる輩が居ないとも限らないし」


 時刻は午前1時30分。

 隕石を観測してから約30分の激闘を終え、快は軽快な足取りで帰路に着いた。



 時計の短針が10を少し過ぎた頃、快は自室のベッドで目を覚ました。怪我したはずの右腕や助肩も何ともなく、昨晩あった出来事は全て夢だったのではないかと思えてくる。


 しかし、ラックにかけてあるボロボロのバックパックと身体に巡る慣れないマナの感覚が事実であったと物語っていた。


「隕石…ではなくて帰属アイテムだったんだな。スキルを与える球体…ファンタジー風に言えばスキルオーブか?確かに厄介な力だな」


 自分が体験した事実を考えると、政府が躍起になって回収する理由がようやく納得できた。


 恐らく俺が把握している3件の隕石ニュースは、能力が政府に知られる前だったから報道されてしまったのだろう。4件目か、はたまた3件の内のどれかで隕石の実体をつかんだんだな。


「てことは、世界中に少なくとも今現時点で20人以上の能力者がいるってことか?いや、俺が情報を得られなくなってからもう大分経っているから、その倍はいると思った方が良さそうだな」


 与えられる能力にどんな種類があるのかは興味が湧くが、一度この辺りで隕石もといオーブ探しは打ちやめた方がいいな。


 今どれだけの頻度で隕石が落下しているかは知らんが、このまま闇雲に当たりをつけてオーブを探すのは効率が悪い。


 それに十中八九、政府はそれ専用の組織を発足させている。俺が騙せるようなあんな雑魚女達のような奴等じゃなくて、もっと体系化された強力な組織を。


 今変に目立って探りを入れて注目を集めるのはあまり芳しくない。


 このスキルオーブは、不可能を可能にする力だ。俺の治癒スキルなんて分かりやすい例だろう。まだ検証も済んでいないから確かな事は言えないが、実際に使ってみた手応えとしては部位欠損くらいの怪我なら難なく治せてしまいそうだ。恐らくマナが続く限り、怪我だけでなく病気まで治せてしまうだろう。


 この能力が世の中に出回れば確実に混沌と化す。政府も本気を出さざる得ないということだ。


 幸い俺が能力を得たことは誰も知らない。例え、あの山で隕石が落下した事を特定されたとしても、その捜査が俺にまで及ぶ事は無いだろう。念の為、周辺施設には一度も入っていないし、俺の家からは市を跨ぐほど遠い。それに、極め付けは普通そんな夜中に小学生が外出すると考えない。一先ず憂う事は何もない。


「そのうち能力者同志のバトルとかはじまりそうだよなー。ハハッ、いいね〜楽しみだ」


 快はずっとこんな日が来るのを待っていたのだ。ありきたりな未来ではなく、もっとぶっ飛んだ現実を。想定も想像すらも超えるような非日常を。


 いつしか短冊に書いた夢。


『俺が退屈しない世界になりますように』


 その夢を万が一、億が一の可能性を自ら掴み叶えた快。


 安穏とした平和な日常ではなく、これからは刺激的な毎日を過ごせる。絶望の中に生きていた快は、ただそれだけで今日を希望を持って生きることが出来た。


「これからの日々は1日も無駄にしない!」


 人生を面白おかしく生きる土台を手に入れた狂人は、決意を口にして不敵に笑うのだった。




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