第5話

 ——天体観測もとい隕石観測を始めて4日が経過した。


 今の所、成果はない。敢えて成果を上げるなら、自由研究を含む夏休みの宿題を全て終わらせた事くらいだ。


「流石に生活習慣はぶっ壊れるな」


 大体17時から5時までの10時間を観測に当てているせいか、規則正しい生活とやらはとうに破綻している。


 初めは夕飯としてもらっていたお弁当も今では昼食として食べている。


 朝6時頃に帰ってきて睡眠を取り、14時頃に起床して、家を出る前に朝食としてご飯を食べる。だから、今ではお弁当と朝方に食べる用に廃棄のパンも一緒に持って行っている。


 我ながら見事な昼夜逆転生活である。こんな生活をしても両親から何も小言を言われないのは、偏に信頼が厚いということにしておこう。


「にしても、分かっちゃいたが簡単じゃねーな。SNSの情報も殆ど得られなくなっちゃったし、事態の進捗がまるで分からん」


 そう、この4日で変わった事といえばSNSだ。俺はこれまでSNSで投稿されたものから情報を炙り出していた。


 具体的にはキーワードで検索して、それが公式から削除される前に情報を書き込むという手法をとっていた。既にスクロールし続けなければならないという欠点はあれど数秒もあれば情報は抜き取れる為特に問題はなかった。


 しかし、今回それができなくなっていた。

 というのも、隕石関連の事を投稿をすると投稿はされるが他のアカウントには反映されないのだ。


 仕様が変わってから何度も試したから間違いない。自分のパソコンで投稿したものは確実に自分のアカウントで確認できる。しかし、他のアカウント…父や母のスマホを借りてキーワード検索してもなにもヒットしない。

 分かりやすく言うなら、永遠にいいねがつかないってことだ。


 恐らく、規制している側だけは情報を制限なく閲覧する事が出来るのだろう。


 情報が入手できなくなったのは仕方ない。だが、そんな事しても俺の期待値が上がるだけだぞ?


「俄然やる気が出てきたな。モチベーションをどうもありがとう」


 ——隕石観測を始めて10日が経過した。

 成果はない。敢えて上げるなら星座に詳しくなった。


 ——隕石観測を始めて12日が経過した。

 成果はない。敢えて成果を上げるなら前に言っていた家族でのピクニック(というより泊まり込みだからキャンプになってしまったが)兼天体観測をして、絵日記のネタが増えた。


 ——隕石観測を始めて14日が経過した。

 成果はない。敢えて上げるなら毎日自転車で往復2時間の距離を走破してるから体力がついてきた。


「んー、時間帯を変えてみるか?近場に落ちていないだけで、目視できる位置にはもしかしたら落ちてるかもしれないもんな」


 ふと考える。この2週間、時間を固定していたが、もしかしたら見逃してしまっているのではないかと。


「いや、でも俺が集めた20件以上の隕石情報では8割以上が夜から朝方にかけて落ちてるんだよな」


 サンプルが足りないから精度には欠けるが、2週間成果が出なかったからと気分で変えるよりは現状を維持する方が良いはずだ。


「よし、当分はこのままで行くか」


 ——隕石観測を始めて20日が経過した。

 成果はない。敢えて上げるなら流れ星を見た。一瞬、隕石だと錯覚し声を上げそうになったが、空から空へ消えていく様をみて落胆した。


 しかし、きっと俺の隕石への並々ならぬ想いを届けてくれるはずだ。


 ——そして、隕石観測を初めて23日目。

 時刻は午前1時2分。遂に隕石を観測。

 予測進路は


「…こっちに向かってるよな」


 拍動が激しくなり震えが全身に伝播していく。鼓動はスピーカーを内蔵した様に大きくなっていく。緊張で一瞬にして汗をかくのを感じる。


「てか、なんだよ。あの光は」


 視界で捉えている隕石は、俺の知っている隕石ではなかった。本物を生で見たことはないが、大体火を纏って落下してくるイメージだ。大気を通過中に高熱でも気化せずに残ったのが隕石だ。あながち間違ってはいないだろう。


 だがなんだ、あれは。

 確かに外側には火を纏っているし、定義上あれは隕石なのだろう。しかし、色が鮮やか過ぎる。明らかに自ら発光しているし、色彩はまるで虹を詰め込んだようだ。


「ハッ…ハハッ、ファンタジーが過ぎるだろ!!」


 決まりだ。あれは絶対に何かある。

 それと、絶対に手に入れなければならない。


「マズイな…」


 遂に巡ってきたチャンスによる緊張感で動かなくなっていた頭と四肢は、かつてない欲望によって自由になっていた。


 冷静になって考えてみると、恐らくこのままではこの地点に落下してくれない。


 遠目だとこっちに向かってきてくれていた隕石は、近づいて来ると角度が悪いのが分かる。このままでは運が良ければ山頂に落下するが、殆どの確率で山頂をそのまま通り過ぎて数キロ先に落下する。


 それではダメだ。確かにこの山の周囲には人が集まる場所はないし、車通りも少ない。だが、半径数キロを超えれば少ないが民家もある。落下すれば少なくとも振動は届くだろうし、何事かと人も集まるだろう。家から出てくるのに5分とかからない。だが、俺がここからそこまで到着するのには5分では済まない時間がかかる。


 全て仮定の話であり、万が一のリスクだ。だが、億が一のチャンスが目の前にある中でそれを無視する訳にいかない。


 1秒にも満たない思考が終わった快の動きには微塵も迷いが無かった。


 羽織っていたパーカーを脱ぎ去り、水分補給用に準備していた飲みかけの2リットルのペットボトル水を全てパーカーにかける。びしょびしょになったパーカーをバックパックに詰め込み、そこに更に上からレジャーシートでパーカーを包むようにバックパックへと詰め込む。全て気休めでしか無いが、緩衝材は多い方が良い。


 馬鹿げているというよりバカだ。だが、そんな事は自分が一番分かっている。でもやらずにはいられない。


 自分は既に山頂に居る。さっきよりも近付いた隕石を目視してやっぱりここには落下しないんだと認識する。思ったよりも軌道は平行寄りだ。


 隕石の軌道線上にバックパックを前にして右足を前に半身にして構える。鮮やかな色彩を放つ光はぐんぐんと近付いてくる。感覚としては線路の真ん中で電車を待ち構えるのに近いだろうか。やった事は無いが多分そんな感じだ。


 まともに受けたら身体に風穴が開いて確実に死ぬ。腕だけで構えても殆ど意味を成さないだろう。だから、側面から体当たりして少しでも軌道を逸らす。その一点に全てを賭ける。木にでも当たって1キロ以内に堕ちてくれれば万々歳だ。


 十中八九失敗する。


 仮に成功しても無傷では済まないだろう。骨折?火傷?欠損?後のことは一先ず考えない。当たって砕けろだ。この際、右腕は棄てる気でいく。ここで、取り逃がすくらいなら死んだ方がマシだ。


「さぁ、来い」


 極度の集中からか、死を明確に意識しているからか世界がスローモーションのように遅く感じる。


 この感覚の中でも光はどんどん俺目掛けて飛んでくる。当たり所云々ではなく殆どの確率で死ぬ。しかし、何故だか恐怖は感じない。


 これで、仮に死んでもトラックで轢かれるよりは異世界に行ける確率が上がるな。なんて、馬鹿なことまで考えている。


 ただ、まぁ確かにこんなマイノリティな死に方した奴他にいないだろうからな。死に方のユニーク性だったら負けなしだろう。そう考えたら気持ちが楽になった。


 そんな事を思っているといつの間にか隕石は目と鼻の先にまで迫っていた。


 ——バシュッッ


 一瞬だった。


 バックパック越しから感じるとてつも無い熱と衝撃。全体重を載せるために前足重心になっていたのも一瞬で気が付いたら背中から地面に倒れ込んでいた。


 その数瞬後、隕石が木々にぶつかるような音と地面を転がるような音が山全体に響き渡った。


「…成功したのか?」


 落下地点に結果を確かめに行こうとするが、どういう訳かうまく立ち上がれない。おかしい、身体のバランスが上手くとれない。


「ふぅ、落ち着け」


 息を吐いて、平静を取り戻す。

 結果が気になって興奮していたようだ。

 冷静に状況を把握しよう。


 俺は今、背中から床に倒れ込んでいる。


 次は四肢の確認だ。

 脚は問題ない、曲げられるし、痛みもない。


 問題は腕だ。左は問題ない。熱で焼けた様子もないし、失くなってもいない。右腕は一応ついている…見慣れない形に変形してはいるが。


「これ、骨だよな。開放骨折って言うんだっけか、骨が皮膚突き破っちゃってるの」


 二の腕から白い鋭利な骨が丸見えになっている。


「てか、痛くねーのが一番気色悪いな。大怪我で麻痺してるんだろうけど、アドレナリン出過ぎだろ」


 ジンジンと熱を持っている感覚はあるが、痛みという痛みは感じない。というより、右肩から先の感覚を感じない。指も動かなければ前腕にも力が入らない。


「多分折れているだけだろうけど、一見無事な助骨が一番痛いな。感覚が麻痺ってる内に確認に行こう」


 力の入らない右腕を動かさないようにして、何とか立ち上がる。動く度にズキズキと痛む脇腹を抑えながらこうなった原因の元へと急ぐ。


 最初に衝突したであろう木を発見する。


「ハハッ、これを見るとこんなでも軽傷で済んだって思えるわ。むしろ、腕が繋がっててラッキーって思うべきだな」


 木の表面を抉るように付けられた傷。そこにはうっすらと焦げるような跡も付いていた。


 そうして山を降るようにして、隕石が残した道を辿ること数分。


 それは在った。

 灯りひとつない暗闇にキラキラと見つけてくれと言わんばかりに存在を示す輝く球体。虹のように鮮やかな色彩で、周囲をプラネタリウムのように照らしている。


 達成感による感動にもう少し浸っていたいが、あいにくこちらには時間がない。右腕からは皮膚を突き破った骨の部分から徐々に血が滴りはじめている。アドレナリンの過剰分泌による局所麻酔もいつまで続くかも分からない。その効果が途切れたら、歩くことすらままならないだろうし、時間をかけたら最悪失血によって意識を失うかもしれない。そうなったら本格的にまずい。刻一刻とリミットは近付いている。


 その物体を手に取るために近付くと、改めてその異質さに驚かされる。普通の隕石であれば、地表に到達するまでの間に多少なりとも影響を受けるものだ。しかし、この物体は何ら影響を受けていない…まるで研磨したように見える程綺麗な表面をしていた。


「すげーな」


 手に取ってみると、時間がないというのに感動して思わず声を漏らしてしまう。


 大きさと重さは丁度ソフトボールくらい。表面は石のような感触かと思えば、ガラスのようにツルツルとした触り心地だった。とても、あの衝撃を耐えられる材質だとは思えなかったが、実際に耐えているのだから不思議だ。


「眩しいな」


 間近で観察しようと顔を近づけると、思ったより発光が強く少し目を細めてしまう。光源であるガラス玉の中の光は、多彩な色の粒子が自由に飛び交っていて、まるで小さな宇宙を見ているようだった。


「…しかし、これがどう厄介な力になるんだ?」


 確かに謎だらけで不思議な物体だ。しかし、とても一般人の手に渡ってどうこうなる代物では無い。これが、実は絶大なエネルギーを秘めていてこれ一つで核爆弾100個分の威力がありますとかって言うなら確かに厄介だ。だが、有用では無い。それこそ、情報を隠蔽するメリットは無いし、俺のような子供でも綺麗で飾ること以外の活用方法がパッと思いつかないくらいには手に余る代物だ。


「なにか他に使い方でもあるのか?」


 自分がまだ正しい使い方をしていないだけで、何か方法があるのだろうかと試しに色々試してみる。天に掲げてみたり、それっぽい呪文を唱えてみたり、念じてみたり…


「…だめか」


 色々と方法を試すもどれも空振りで、それらしい変化は起こらなかった。


 一度持ち帰ってケガの手当てをしてから仕切り直す。それが正しい選択だと頭では理解しているが、どうしても今この瞬間にこいつの使い方を明かしたかった。


 しかし、いくら意思が固くとも身体の限界は近い。そろそろ、本格的に救急車を呼ぶべきか…そう思った時、変化は突然訪れた。


 なんとなくダメ元で手に持っていた球体にグッと力を込めてみた時だった。


 ピキッ


「…!?」


 あれだけの衝撃でも傷一つつかなかった球体にヒビが入ったのだ。小学4年生の握力なんて精々15kgやそこら、良くて20kg程度だろう。


「壊すのが正解なのか?」


 球体を掴んでいる左手に続けて力を込めていく。球体に走る亀裂が次第に大きくなっていく。そして…


 パリッ


 球体の耐久が限界を迎え、多彩な光の粒子を包んだガラス玉が遂に割れた。そして、その球体から解き放たれた光の粒子は、宿り木を変えるように俺の体に吸い取られていく。


 そして、脳内にある文字が浮かび上がった。


【スキル:治癒(特)を獲得しました】











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