第2話 予兆
軽い学級崩壊を起こしてから、およそ3ヶ月が経過した。たった3ヶ月、されど3ヶ月という事だろうか。
あれだけ泣きじゃくっていた田中先生も今では時折笑顔を見せるほどにまで持ち直し、余裕を見せて授業を行っている。
初めにほろ苦い洗礼を受けたせいか、開き直ってからの田中先生はなんの面白みもなくなってしまった。
生徒からの覚えたばかりであろう悪口や下ネタにも軽く対応し、しまいには注意までする始末。
どうやら先輩教師陣もあの一件以降、後輩教師への育成に力を入れ出したようだ。
「お母さんに電話するわよ?」という、必殺技を伝授されたようで、事あるごとに乱用し今では生徒達を完全に手中に収めている。
そのせいで、充実した生活を送る田中先生に反して、俺は相変わらず退屈な日々を送っている。
小学生というか、子供の体感時間とはどうしてこうも鈍いのだろうか。ひと月経つのが遅すぎて発狂するかと思ったくらいだ。
精神が大人だとしても、経験が伴ってないせいか、こういう感覚は普通の子供とかわらないらしい。
未だに異世界転生・転移というワンチャンにかけてトラックに轢かれたり、自殺したりせずこのつまらない世界で生きているのは、快復した田中先生を如何に困らせるかという些細な暇つぶしともう少しでこの監獄から解放される夏休みというイベントがあるからに他ならない。
とは言っても苦痛には違いない。
何故、知っている内容を5時間や6時間も聞かされなければならないんだ。特に国語や社会の時間は苦行だった。長文読解に歴史、例えるなら同じ絵本を何往復も音読させられるような退屈さだった。
まぁ、隣の女児に読めない漢字を質問される度に泣かせるのは一興だったがな。
「これが読めないなら今すぐ小学校なんてやめて、日本語学校に転校しろ。まぁ、そこでも外国人に日本語を教わるという屈辱は受けるだろうがな。仕方ない、甘んじて受け入れろ。頭の出来は人それぞれだ。恨むならパパとママだけにしとけ、それ以外は逆恨みになってしまうからな」てな具合に煽ったら一発だった。
もしステータス画面があったら、確実に軽口というスキルがレベルアップしている頃だろう。
しかし、何故煽られると分かっていて毎回聞いてくるのだろうか。やっぱりバカなんだな。かわいそうに。
今度から鶏と呼んであげよう。鶏は3歩歩いたら忘れると言うからな、我ながらピッタリなニックネームを付けられた。
そして今現在、夏休みを2週間後に控えた俺は短冊にお願い事を書くというおままごとをやらされていた。しかも、授業の終わった帰りの会でだ。
何故?と思ったが答えはシンプルに七夕だからだそうだ。
ありえないだろ?1秒でも早く家に帰りたいところをクリスマスの下位互換の様なイベントに邪魔されたのだ。
だいたい何で織姫と彦星にお願い事をするのかが謎だ。
確か物語的には…2人が恋に落ちて、一緒に暮らす様になった途端に、真面目さが売りだった2人が仕事を怠けるようになったんだっけか?
やはり謎だな。
そんな誰よりも人間らしい奴らが見ず知らずの他人のお願いを叶えてくれる訳がないだろ。そもそも、他人のお願いを叶える余裕があるならとっくに自分たちの年一でしか会えない遠距離恋愛を解消してるだろうし。
それに元が機織りと牛追いの2人にそんな大層な事頼むなよ。さすがに荷が重いだろ。
お願いするならせめて天帝にしろ。
いや、まぁ…それも真面目で仕事ばかりしていた婚期の遅れそうな娘に彦星を紹介したくせに、仕事を疎かにするからと言う理由で年に一回しか会わせないという鬼畜すぎる制約を課した心の狭い神様だからな。多分期待するだけ無駄だな。
「ねぇねぇ、快くんはなんて書くの?」
俺が脳内で七夕ファミリーへの愚痴を吐いていると、空気を読まずにツンツンと肩を指でつついてくる鶏。こいつ懲りなすぎだろマジでドMか?
「…」
「あたしはねー、将来学校の先生になりたいんだー。だから頭が良くなりたいって書くの」
別に興味ないが勝手に話し始めたから、反応してやるか。本当にドMだった場合、喜ばせてばかりってのは癪に障るしな。偶には褒めてやろう。
「そうか、そりゃ良い夢だな」
「…うん!!」
暫しぼーっとした後、とびきりの笑顔を向けてくる鶏。
どうやらドMではないらしい。
なら遠慮なく泣かせてやる。
「お前にぴったりな夢だ」
「ほんとっ!快くんもそう思う?やったー!!」
俺からの太鼓判が余程嬉しかったらしい。体を揺らしながら喜びを表現している。
そうかそうか、そんなに嬉しいか。
ならもっと、太鼓判を押してやる。
「あー、嘘偽りなくピッタリだと思うぞ。神に現実的なお願いをするのは勿体無いからな。どうせするなら、到底不可能なお願い事の方が得ってもんだ。タダなんだし、幾らでもお願いしておけ」
「な、なんで…そんなこと言うのぉーー、う、うぁぁあん」
はい、一丁上がり。
鶏は鳴くのが仕事みたいなもんだし、泣いている鶏はほっといて、俺もそろそろ何かしら書かなきゃな。全員提出するまでって田中先生も言ってたし。
んー、どうせなら俺も不可能な事でも書いておくか。万が一、億が一叶ったら儲けもんだしな。
『俺が退屈しない世界になりますように』
短冊を笹竹の適当な位置に括り付けると、足早に帰宅した。
1階では両親がパン屋を営んでいる為、裏口から入りリビングや両親の寝室のある2階を通り抜け、自室のある3階へと向かう。
自室に入るとランドセルを床に置き、そのままベッドを背もたれに床に座り息を吐く。
「ふー、やっと帰って来れたな」
ベッド、机、ローテーブル、ノートパソコン…部屋を見渡し目につくのは到底小学4年生の物とは思えない無駄のないデザインの品々。
快をよく知らない人がこの部屋を見たら間違いなく大学生の部屋だと勘違いしていただろう。
おやつ代わりに下から掻っ払ってきたクリームパンを齧りながら、快は徐にノートパソコンを開いた。
「政治家が不倫ねー、見飽きたネタだな」
快が見ているのはあらゆるジャンルのニュースが閲覧できるサイト。エンタメ、スポーツ、国際、経済、都道府県別、そして随時更新される速報まで。
これらを順番に見ていき、面白そうな記事を探すのが快の日課だった。お気に入りなのは凄惨な事件や原因のわからない行方不明者の記事だ。都市伝説なんかもよく調べている。
オカルトめいた記事を好むのは、現実に絶望していて、非現実に憧れているからだろう。
「おっ、これはちょっと面白いな!」
快が興味を持ったのはアメリカで隕石が地上衝突したという内容の記事だった。
「街の近くに落ちたのに死傷者がなしってのも凄いけど、ギリギリまで隕石が観測できなかったってのも興味深いな。NASAの職員は昼寝でもしてたのか?」
快はすっかりこの記事に魅入られ、どんどんスクロールしていき続きを見ていく。
「ハハッ。落下したと思われる隕石が発見できず。って、意味不明すぎて面白いな。第一発見者がパクったのか?それとも、隕石じゃなくて実は宇宙人で今頃地球探索に勤しんでるのか?それならありがたいなー。ぜひ、地球侵略に踏み切って欲しい。何なら、情報提供するからさ」
快はこの安穏とした日常をぶっ壊す存在に思いを馳せ、心の底から応援していた。別にその結果、自分の身に危険が迫ろうが、死ぬことになろうが楽しければ構わないのだ。
その後も、他に面白そうなのは無いかと30分程粘って探してみたが、他に目ぼしい記事は見つけられなかった。
「はー、やっぱり面白い事ってのはそう簡単には起きないな。だが、今日の記事はなかなか見応えがあった。隕石ね…夢がある」
ここでふと、今日書いた短冊の事を思い出す。
「俺が退屈しない世界になりますように…か。これがそのきっかけになってくれれば言うことなしなんだがな…」
自分で言っておきながらそんな事は起きないと断言できる。しかし、NASAでも観測できなかったという現実がどうも期待を持たせてくる。
「てか、よく見るファンタジー小説の主人公は前世でどれだけ徳を積んだんだ?どんな徳の詰み方したらそんな都合の良い世界に招待してもらえるんだよ。俺だって異世界に招待してくれよ。魔王だろうが、魔族だろうがいくらでも滅ぼすからさ」
ほんの僅かな希望に触発され、何の罪もない小説の主人公を妬む。恐らくこういう所が勇者に向かないのだろう。
普通に滅ぼすとか言っちゃってるし、どっちかっていうと魔王側だしな。
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