第3話
3ヶ月半の退屈な日々を乗り越え、俺は遂に1ヶ月強の長期休みを手に入れた。
時刻は11時。今日は集会だけだったということもあり、お昼前に帰って来れた。
「ご飯もうちょっと待ってね〜。もう少しで落ち着くはずだから〜」
俺が帰ってきた事を視認した母親が、店番の合間を縫って階段を上がる俺にそう声をかけてきた。
「分かった、急がなくて良いよ」
俺は弾む心を落ち着かせるように、冷静に返答する。
そして、3階の自室へと入り、いつもの場所に腰を下ろしノータイムでパソコンを開く。
「やっぱり、増えてるな…ハハッ」
目的の物を確認すると、嬉しくてつい笑みが溢れる。そして、壁に貼り付けた世界地図と、別個で用意した日本地図の所々に赤いマークを記していく。
「これで少なくとも日本は2箇所目だ」
俺が何を必死にここまで記録しているかというと、隕石の落下位置だ。
そう、増えていたのだ。隕石の地上衝突が。それもアメリカだけではなく、世界各地で起こっている。この2週間の内に俺が把握しているだけでも20件以上。
しかし、それだけなら俺はここまで昂ぶらない。確かに、異常現象ではあるが地球の歴史は長い。それに対し、俺達人類の歴史は浅く短い。把握できていない自然現象などいくらでもあるだろう。
念願の長期休みを手に入れたからという気持ちを上乗せしたとしてもここまで熱心になるのには理由がある。
俺が興奮しているのは、この世界に今、常識では考えられない何かが起きているという事を確信しているからだ。
初めの隕石がアメリカで確認されてからというもの、続けて2件、3件と隕石ニュースが続いた。人的被害が無かった事からあまり大々的には取り上げられてなかったが、ネットニュースに敏感な俺はしっかりと確認していた。
状況が変わったのはそこからだ。
3件目のニュースを見た翌日、初めのアメリカのニュース記事をもう一度見返そうと検索した。しかし不思議なことにいくら探しても出てこなかったのだ。
これはおかしいと思い、2件目、3件目も一応確認しておこうと検索してみた。すると、何も出てこない。3件目に関しては、前日に出たばかりの記事なのにだ。
明らかに情報が隠蔽されていた。
隠蔽をするってことは政府が知られるとヤバいと認めたって事なんだ。ただでさえ謎の多いニュースだった…NASAでさえ探知できなかった事といい、確実に落下したはずの隕石の本体は行方不明。
そんなの気にならないはずないだろ?
それからの俺は、それはもう充実した日々を送った。
ネットニュースに掲載されなくても、人の口には戸は立てられない。だから、まずはSNSで情報を探った。
隕石の目撃情報をいろいろな言語で検索にかけて、翻訳して大体の場所と数に当たりをつけた。それで分かったのは落下位置は完全にランダムで規則性は無いという事だ。
そして、初めのアメリカの隕石の時もNASAは探知できてなかった。という事は、今も探知できている可能性は低いと見て良いだろう。技術を進歩させるのはそう容易い事ではない。
そこで、俺はある推論を立てた。
政府の連中も目撃情報や噂を元に調査している。しかし、大々的に情報を集めて隕石に近づかれたら困る。その為、SNSに載せられたものは随時削除して情報が拡散されないようにして、調査には限られた人達が直接乗り出している。と。
そして、この推論を証明するために、1週間前の俺はある一つの行動に出ていた。
——日本に一つ目の隕石が落ちた翌日。
放課後に色々と必要な物をバックパックに詰めて、隣の県まで電車を乗り継ぎ、人気のない山の入り口まで行った。そして、ポケットWi-Fiで繋いだパソコンでこの為に作った捨て垢でSNSに呟いた。
『さっき、〇〇の山に隕石っぽいの落ちていったんだけど他にみた人いない?』と。
大嘘に決まっているのだが、面白い事に10分もせずにその呟きは削除され、30分が経つ頃には山の入り口にそれっぽい車でそれっぽい奴らが集まってきていた。
そこで俺は改めて確信したのだ。
何か面白い事が起こっていると。
そして、せっかく状況を詳しく知って居そうな人達が来てくれたのだから、あわよくば情報を聞き出そうと近づいた。
もちろん、小学4年生の子供らしく。
半袖半ズボンに虫籠と虫網という正装で。
カブトムシとクワガタを捕まえに来たという設定だ。
スーツを着た男2人に、女1人。
車を降りてきたところを見計らって、これ見よがしに山に入ろうとする。
「ちょっと、僕。待って?」
山に入ろうとする俺を、制止するように声をかけてくる女。歳は30代半ばくらいだろうか。男2人はそれより若そうだから、こいつが一番偉いのだろう。
「なに??」
声変わりのしていない声を、さらに気持ち高めにして返事をする。幼さは時に武器になる。警戒心が少しでも緩くなれば万々歳だ。
「ここで、今からすごーく大事な用事があるの。だから、ここじゃなくて他の所で遊んでくれる?」
ほー、子供にすら見せたくないのか。中々、徹底してるな。もしかして、本当に宇宙人でそいつが攻撃的だったりするのか?いや、まさかな、にしては軽装すぎる。どっちにしろ、邪魔だからどっか行けって事だな?ま、言う事なんか聞く気ないけどな。
「僕もここにすごい大事な用事があるの!!ここでカブトムシとクワガタ捕まえて、ぱぱに見せるんだ!!」
「カブトムシとクワガタなら今度お父さんと罠を仕掛けたらどう?夜まで待ったらいっぱい捕まえられるわよ!」
日を改めさせようって魂胆か?
バカめ、こちとら天下のお子様だぞ?
幾らでもわがまま言えるんだよ。
「だめ!ビックリさせたいんだもん!!」
俺の言い分に女は少し困ったような顔をして、後ろに振り返り控えている男達に何か相談している。
それから30秒程話し込んだ女は、嘘っぽい笑顔を貼り付けて俺の方を向いてきた。
「ねぇ僕、きいて!!この近くにヘラクレスオオカブトが居るんだって!!このお兄さん達と一緒に捕まえてきたら??」
なるほどな。そうやって大物を吊り下げてインチキ昆虫採集でもさせようってか?それで、その内に女は隕石の調査に乗り出す気だな。
は、させるかよ。
情報を探りにきてんだからな。
てか、小学生舐めんなよ?
「おねーさん知らないの?日本にヘラクレスはいないよ?どこの情報か分からないけど、ぱぱが言ってたよ…ネットの情報は鵜呑みにしちゃダメだって!」
顔を引き攣らせて、何とか笑顔を保つ女。
そろそろ本題に入らないと強硬策に出られそうだな。それをされたら、嘘がバレるし早いとこ探らないと。
「ねー、おねーさん達は何をしにきたの?もし困ってるなら、僕お手伝いするよ?」
「んー、それは嬉しいんだけどね。実は今から悪い熊さんを退治しに行くの。だから、危険には巻き込めないわ」
こいつ、もしかしなくても多分アホだな。
「戦いに行くの?」
「えぇ」
「武器が無かったら勝てないと思うよ?」
誰がスーツ姿+素手で熊と戦いに行くんだよ。TPOくらい意識しろよな。ターザンでも武器が必要な相手だろ。
「……本当は、探し物をしてるの」
よし、小学生からのマジレスにようやく観念したようだ。さて、本番はここからだ。
「そうなんだ、大切な物なんだね。なら、僕も手伝うよ!僕この山で遊ぶこと多いから詳しいよ!!」
「ありがとう、優しいのね。でも本当に大丈夫よ。壊れやすいものだから、間違って踏まないように少人数で探したいの」
壊れやすい?んー、この情報の真偽は分からないから、何とも言えないな。だが、分かることもある。もう少し鎌をかけてみよう。
「そっか、じゃあ、僕も虫取りはまた今度にするね。頑張って」
「ありがとう!僕も気をつけて帰ってね!」
この女、良い性格してやがる。顔にやっと消えてくれたって書いてあるぞ?でも、まぁ、俺の方が良い性格してるけどな。
「うん、バイバイ!でも、まだ遊ぶ時間あるから、さっきピカピカが落ちた場所に行ってから帰る!すごい綺麗だったから気になるんだ!人が通るような場所じゃないから、おねーさん達の探し物じゃないと思うし」
それだけ言い残し、俺は3人組に背中を向けて歩き出す。
「ちょ、ちょっと待って!!」
焦ったように俺の肩を抑えてくる女。
そうだよな?
気になって仕方ないよな。
「どうしたの?」
「それ、お姉さん達の探してるものかもしれないの。何処にあるのか教えてくれる?」
「うんっ!いいよ、こっち!」
ここで口で場所だけ説明しても、置いてかれるのが目に見えてるからな。子供の無鉄砲さを利用させてもらおう。
「あ、ちょっと!チッ…仕方ないわ、行くわよ」
背中を向けていきなり走り出す俺に、女は苛立ったように舌打ちをした後、追従している男2人に指示を飛ばして仕方なさそうに着いてくる。
事前に仕込んておいた偽装工作を目指してどんどん森の中に進んで行く。そして、山の中伏辺りまで来た所で足を止める。
「この辺だよ!」
俺がそう言うと直ちに男2人に指示を出し、周囲を捜索させる女。
そして、数分して男の1人が俺の偽装した場所付近から声を上げる。
「発見しました。ですが、目標物は確認できません。埋められた痕跡から察するに、恐らく既に持ち去られた後かと」
「チッ、一応掘り返しなさい!!」
軽い舌打ちをした後に、そう指示を出す女。
俺は大したことはしていない。ただ、隕石が落下したのならそれなりの穴が開くだろうと思い、大穴を掘っただけだ。スコップで掘ったから、それなりの重労働ではあったけどな。
設定としては、第一発見者が隕石を持ち去ったという筋書きだ。
「やはり、ありません」
男2人が木の棒やら手で懸命に穴を掘った後に、諦めの色を滲ませつつ気まずそうに声を上げた。
「チッ!一般人に渡るとアレは色々と面倒なのに。この調子じゃ、私達はいつまで経っても第一発見者に遅れをとるだけじゃない」
苛立ちからか本音を溢しまくる女。
一般人に渡るとって、私たちは一般人ではないと白状するようなものじゃないか。政府は人材不足なのか?こんな、無能を派遣してくるなんて。大方、近くにいたとかそういう理由なんだろうけど、いくら何でも限度があるだろ?
「ふぅ、近隣住民と第一発見者と思われるSNSのアカウントを調査するように本部に連絡しましょう。それと、期待は薄いけどこの辺の施設の監視カメラもチェックしましょう」
息を吐いて、自身を落ち着かせながら男2人に指示を飛ばす女。こめかみに手をやっているがこれは大分イラついている。
「ねぇ、見つからなかったの?」
女の裾をくいくいと引っ張りながら、空気を読まずに俺はすっとぼけた声を出す。
「えぇ、残念ながら一足遅かったみたいね。手伝ってくれたのにごめんなさいね」
「大丈夫」
「もう暗くなってくる頃だし、お家に帰った方がいいわ。お姉さん達はまだやる事があるから」
「はーい、バイバイ」
「バイバイ」
俺は手を振りながら山を降りる。そして、3人の姿が見えなくなると脇道に外れて、気配を消して再度近付く。
木の影に隠れながら、ギリギリ声の拾える距離まで詰めて息を潜める。
「…既に何者かに回収されていました。はい…はい…分かっています。何としても見つけてみせます。あれは厄介な力ですから。はい…失礼します」
耳を澄ませると女が電話をしていた。
敬語で話していることから、相手は上司で現場での調査報告をしているのだろう。
「……厄介な力?」
木を背にしながら、耳に入ってきた単語をボソリと自分にしか聞き取れない音量で呟く。
その瞬間、俺の口角は不気味なほど吊り上がった。
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