第6話

 後日のカンパニーは大騒動だった。街中からラベルちゃんが攫われたことについての経緯を求められ、何で知っているのかと問えば、カトラちゃんが時間転移カメラで撮っていたとのこと。カトラちゃんの武器はカメラだ。任意の時間の写真が撮れる。僕が叫ぶ声が気になって、その時間を連射したのだと言う。

 すると映っているのはラベルちゃんを車に押し込む老夫婦とそれを追う僕の姿だった。たちまちに噂が広がって、ラベルちゃんの不在も手伝い、剣呑な空気に飲まれてしまった。幸いお隣からヴァルさんが来てくれているからみんな大人しくしてくれているけれど、僕は話して良いのかが分からない。あとイクォールの排熱で温まるの止めて。結構精密機械だから。


「本当の家族……か」


 木の股から生まれたわけじゃない彼ら彼女らも、難しい顔を見せる。先日実の親に生まれたことを呪われた少年がいたのを思い出すと、僕達だって親を選べなかったのは当然だった。自分からこんな所で暮らしているのなんて、ラベルちゃんの温かさに触れることになった人達ぐらいだろう。だからこそ、その幸せを願わずにいられない。だけど一緒に居て欲しい。二律背反だ。


「折角みんなが集まったから投票を取ろうと思うんだけれど……ラベルちゃんがいなくても生きて行けるって思う人は、いる?」


 誰も挙手しない。


「ラベルちゃんを取り返したい、人は?」


 半分ぐらい。


「ラベルちゃんを幸せにしたい人は?」


 全員だった。


 ラベルちゃんの幸せ。少なくとも注射を刺されるほど抵抗していたのを考えるに、ラベルちゃんの意識はこっちにあるのだろう。

 ならすることは一つだ。

 ラベルちゃんの意志だと思うから、それを尊重して。


「ラベルちゃんを、助けに行こう」


 そう、僕達の、『お母さん』を。


「……今日も何も食べないの? ラベル。身体を壊してしまうわ、せめて栄養剤の点滴を」

「結構です。私に触らないで下さい。何をされるか分かったもんじゃない」

「何をって……あれはあなたをあそこから助ける為にした事よ。強引にでも連れ出さなきゃ、あなたあの子の為に貧民街に残るつもりだったでしょう?」

「当り前です。あの子は私の『息子』なんですから。十年間一緒に育って来た、息子の一人なんですから。それに私が拒否したのは、あの子の為だけじゃありませんよ」

「?」

「あの街のみんなが私の子供です。私の不在に気付いた子達が何をしに来るか、それを考えたことはありますか?」

「……いい加減にしろ、ラベル! お前は私達の孫だ、あんなところにいて良い存在じゃない! 子供も何も、お前だってまだ十七歳だろう! 早く教養を身に付けて――」


 がしゃん、がしゃん。

 門を揺さぶる音が響く。


「旦那様、奥様、大変です!」

「何だ、何の騒ぎだこれは!?」

「貧民街の連中と思しき人波が、門に押し寄せているんです!」

「何ぃ!?」

「ふ……くくく、あーはっはっはっは!」

「ラベル!? 何がおかしい!?」

「だから言ったじゃないですか。何をしに来るか。さてと」

「!? どこへ行く!?」

「迎えが来たから帰るだけですよ。さようならお祖父さまお祖母さま。私は私の居場所に帰ります。多分二度とお会いしないでしょう」

「ラベル! くっこうなったらまたインスリンでッ」

「あなた! 強引なことはもうしないと――」

「知るものか! あの子は私達の孫だ、私達の物だ! DNA鑑定でも証明された! むざむざとあんな連中に返してなるものか!」

「その『あんな連中』が私の子供なんです。ごめんなさいませ」


 門をがしゃがしゃと鳴らしながら百五十人からの隊列がお祖父さん達の家を責める。警察を呼ばれても仕方ない騒ぎだけれど、こうでもしないと、恐怖に駆られてはくれないだろう。やがてドアが開き、白いワンピース姿の金髪ストレートを靡かせた女の子が出て来る。

 一瞬で喧騒を止める人々。邪魔くさそうに髪をかき上げ、にっこりと笑って見せるのは――


「ラベルちゃん!」


 僕の声にうおおおおと人々が鳴いた。

 泣いた人もいるかも知れない。

 堪えられないぐらい。

 彼女の姿は鮮烈だった。


 門扉を開けて出てくる姿。抱き着いたのはカトラちゃんが一番、ヴァルさんが二番。何だかんだ、だ。何だかんだ、みんなラベルちゃんが大好きだ。人として、母として、あいしている。よしよしと二人を宥めたラベルちゃんの目が、僕をとらえる。


 両手を広げられたから、僕もその胸に抱き着いた。

 ああ、こんな華奢で小さな人だったんだと、思い知る。

 それでも僕は、彼女の子供だ。彼女は僕らの母親だ。

 ちゃんと分ってる。本当は違うって。

 でも。それでもだ。


「お帰りなさい、お母さん」

「ただいまタイム。さて、せっかく町まで来たんだから買い出しして帰ろうか。今日の炊き出しの為に。幸い持ち手が山ほどいるわ」

「何にする?」

「カレーにしてみる? スパイスで身体も温まるわよ」

「じゃあそうしよう」

「さあ、今日の炊き出しはカレーよーみんな! 帰りましょうー!」


 わああっと歓声が響く。

 玄関から出て来た老夫婦は、その声にへたり込んだ。

 悪いけれどこの人は僕たちのお母さんだから、返してもらうよ。


「待て……、待ってくれ!」


 叫び声に黙って僕らはお祖父さんを見る。彼はポケットからカードを一枚出して、僕らを追い掛けて来た。そしてそれを渡して来る。

 銀行のキャッシュカードだった。


「一年ごとに孫への小遣いとして貯めていたカードだ。お前に返そう、ラベル」

「要りません」

「ラベルちゃん」

「そーゆーのはスート氏を経由して貧民街への寄付に使って下さい。私一人の身体じゃないんで」


 けらけらみんなが笑う。そうして帰って行く。

 帰ろう、僕らの街へ。

 何にもないけれど何でもある、あの街へ。

 時間を超えて、僕たちがまだ出会った頃のように。

 子供達を拾って、教育して、仕事を与えて。

 正常な街にして行かなくちゃね、『お母さん』。

 いつか誰もが彼女を『母』と呼ばなくなる日まで。

 だからこそ彼女は今、『母』を標榜するのだから。

 大きな僕の、小さなお母さん。

 ――愛しているよ、大切な家族達!


「炊き出しよー!」


 彼女の声が夜の貧民街に響く。

 ざわっと、皆がやって来る。

 僕がジャンパーを贈った兄妹もいる。

 一段落したら彼らの名前も改めて聞いてみよう。

 兄として、当然のように。

 それまでは、カレーを温めていよう。

 今日もみんな、お腹いっぱいになりますように。

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