第4話

「まあそう言う事で、お探しの孫は私だったようですね」


 スクリーンが抜けてすっかり薄暗い部屋に戻ってしまった投影室で、ラベルちゃんは息を吐いて僕たちを見た。慌ててイクォールから飛び降りたものの何も言えずにいる僕もだ。貯金五千万で孫を探していた夫婦。多分まだ生活に余裕はあるんだろう。そんな相手にラベルちゃんが媚びへつらわないなんておかしいと思っていたけれど、自分の祖父母だと予見していたのなら解らないでもなかった。

 お爺さんの方は父親に似ていて柔和な目元がそっくりだ。だからだろう。だから、分かっていたんだろう。僕にショックを与えないために、黙っていたんだろう。


 でも結局映像構築装置はオトしちゃったし、驚いているのには変わらない。否、恐怖しているのには変わらない。

 本物の家族と偽物の家族。僕達は後者だ。だったら選ばれるのは当然――。


「ラベル! ああ、ラベル! こんな所にいたなんて、なんで気付かなかったんだろう! 一目で解らなかった私達を許しておくれ!」


 泣きながらラベルちゃんを抱きしめる二人に、僕は一歩も動けない。僕の『お母さん』だ。僕達の『お母さん』だ。言いたいのをぎゅっと手を握ることで堪える。お母さん。十年前から彼女の家族だったのは、僕なのに。小さな彼女の大きな子供になったのは、僕の方だったのに。何にも知らないのね。彼女は何を知っていたんだろう。

 四歳。父母から惜しみない愛情を受け、そしてそれを失い、だからこそみんな家族にしてしまおうと思った彼女。目の前で父母を殺され、それでも絶望しなかった彼女。希望を見付けてそれを叶えてきた彼女。だからこそみんなの『お母さん』になれた。誰もが『お母さん』の言う事を聞く今がある。『お母さん』を知ってる今が、ある。


 ラベルちゃんは抱きしめられても無表情だった。彼女がどう答えるのか怖くて、僕は動けない。その人たちと行っちゃうの? その人たちの方を選ぶの? ねえ、『お母さん』。二度も僕を捨てないで。


「さあ、家に帰ろう。大丈夫、子供部屋には一切手を付けていないから、懐かしいものばかりだよ。ベッドだってふかふかだ。服も買いに行こうねえ。親戚も集めて、お前が見付かった事をお披露目しよう。大丈夫だ、文句は言わせないさ。どうせ遺産狙いの連中だ。正式な後継者のお前が出て来れば、何も言えまい」

「失礼ですが」

「ラベル?」


 ラベルちゃんは目を細め、老夫婦をクールに見降ろす。


「私も遺産狙いの偽孫と思われるのでは? それに私の家はここですよ。私とタイムがここの従業員と社長。私はここの社長なんですから、出て行けるわけないじゃないですか」

「ラベル、良いじゃないか、こんな所にいなくても。お前には私達の家がある。本当の家族がいる。お手伝いさんもいるから何一つ不自由ない」

「『こんな所』が私の――」


 ぷすっとラベルちゃんの首に注射器が刺さる。


「ラベルちゃん!」


 僕は叫んで、だけど動けない。


「な、にを……」

「ただのインスリンだよ。車に砂糖を置いてかるからそれで処置すれば問題ない。元々私の薬だが、あまり抵抗するのだから仕方ない。ラベル、お前の本当の家族の所に、帰って来なさい」

「待ってください、そんなラベルちゃんの意見を無視したことっ」

「こんな所で育ったんだ、その『意見』が正常なのかは分からないだろう。君もラベルなしで生きていくことを選んだ方が良い。まだ若いんだ。それに、この馬鹿でかいコンピュータもある」

「イクォールはラベルちゃん抜きじゃ動かせません、承認が必要なんですっ」

「要らないように改造すれば良い。元々これを作ったのは君なんだろう」

「そんな勝手なっ」


 じろり、お爺さんは睨んでくる。


「勝手なのはどっちかね。彼女は私達の孫だ。血の繋がった家族である私達が保護して何が悪い」


 それを言われたら、偽物の家族である僕には何も言えない。


 意識を失ったラベルちゃんを背負って、お祖父さんが出て行く。お祖母さんも追随する。僕は三人を追い掛けたけれど、脚が変にもつれて上手く走れなかった。

 ラベルちゃんを車に押し込んで、二人は貧民街を出ようとする。その後姿に、僕は叫ぶことしか出来なかった。


「『お母さん』ッ!」


 そして僕は、僕達は、彼女を見失ってしまった。

 道しるべのようだった母親を、失くしてしまった。

 大切なものがなくなるのは、二度目だった。

 心に空虚を抱いて、僕はへたり込んだ。

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