甘さが明けても

 仕事も終わり、帰宅したタルトたちが何をしたか。

 そんなものはエッチなこと一択である。

 イチャイチャしながら食事をし、風呂に入り、一緒の布団に入って随分と長いこと遊び続けた。

 甘い夜でかなり消耗したはずのタルトだが、普段の習慣が故か、早朝に目を覚ました。

 すぐ隣に居るジルは丸くなってスヤスヤと寝息を立てており、気持ちが良さそうに眠っている。

 また、古傷の残る真っ白い肌には愛情の跡がいくつも残っていた。

 元々、体についた細かい傷を隠すために長袖、長ズボンを身に着けていたジルだが、余計に半袖や七分丈のズボンを身に着けることができなくなってしまった。

 犯人はジルの姿にデレデレと表情を崩しているタルトだ。

『ジル、今日も今日とてかわいいですね。ふふ、ジルは私のもの。ジルは私のもの。ふふふ、ムチムチ雄っぱいが丸見えですよ。お尻も丸見え……エッチが過ぎますね』

 白い指先でツンツンとジルに触れていると、彼が「んん?」と唸った後にくしゃみをする。

 タルトはクスクスと笑うとジルにシーツをかけて優しく頭を撫で、額にキスをした。

『幸せですね。隣に柔らかな寝顔で眠るジルがいて、キスをすることだってできて。ああ、かわいい、愛しい、堪らないです。私の大事な大事なジル。ず~っと一緒ですよ。好きって言ってくれたんですから、放しません! 絶対に放してあげませんからね!』

 タルトは愛おしさが爆発してギューッとジルの身体に抱き着き、頬ずりをした。

『ふふふ、ジルの身体、ペタペタでいい匂いです。でも、私の身体もペタペタですね。髪もキシキシですし。ジルに見せる初めての寝起き、格好つけたいですね。シャワーを浴びてきましょうか』

 裸で浴室に向かうのも品の無い話だろう。

 タルトは床に落ちていたシーツを体に巻き付けると部屋を出た。

 丁寧に体を洗い、髪を乾かして整えると良い匂いのヘアオイルをつける。

 そして可愛らしい真っ白のワンピースを身に着けると、イソイソとジルのいる自室へ戻った。

 ジルはまだベッドの中で健やかな寝息を立てている。

『あら、ジルはまだ眠っていたのですね。まあ、考えてみたら昨日は途中からずっとアレでしたし、ジルの方が消耗していたかもしれません。それにしても、かわいい寝姿。ただ、枕がズルいですね』

 目が覚めた時には緩くタルトを抱き締めていた腕が、今は彼女の枕をモギュッと抱き締めている。

 タルトは押しつぶされた白い枕をジロリと睨む。

 そして、そこは私の場所だぞ! とばかりに枕を剥ぎとって寝転がり、あいた空間に自分の身体をねじ込んだ。

 ジルの腕の中でタルトはご満悦である。

「ふふふ、ジ~ル。ずっとお寝坊さんですか~? 眠ってるジルは温かくて好きですけど、そろそろ起きたジルを見たいですよ~。ジル~」

 甘えた声を出すと、ちょんちょんと頬をつつき、胸元に顔を埋めてキスを落とす。

 触れ合う肌の温かさに微笑んでいると、ようやくジルが何度か唸り声をあげ、目を覚ました。

「うう、ん……タルト、さま? おはよ、ございます」

 腕の中にいるタルトを見つめる目つきはトロンとしていて、微妙に焦点が合っていない。

 起きかけた脳はまだ半分ほど夢の中にいるようだ。

 ムニャムニャと口を動かす姿が愛おしくて、タルトは思わず微笑んだ。

「おはようございます、ジル。ふふ、敬語に戻っていますよ。ジルは私の大切な恋人なのですから、呼び捨てにタメ口で良いのですよ。ですが、ほやほやーっとした様子で敬語を使うジル、堪らなく愛らしいですね。もう少し眠りたいのなら眠っていてもよろしいですが、起きられるなら起きてください。ジルとイチャイチャしたいですよ」

 ギュムギュムッと抱き着いてジルの胸元にグリグリと額を押し付ける。

 加えて胸にチュッチュとキスをし始めるタルトは、これまでの彼女では想像もつかないほどの甘えん坊だ。

「タルト様が、妄想のタルト様よりも甘くて優しい。夢……?」

「寝惚けちゃって可愛いですね」

 少しするとぼんやりしていた灰色の瞳に形が付き、意識も段々とハッキリしてくる。

 現状を理解したジルが恥ずかしそうに少しだけ頬を赤らめた。

「タルト、おはよう。あ、俺、変な感じになっちゃってて、ちょっと恥ずかしいな。あれ? タルト、なんか良い匂いがする。女の人っていつでも良い匂いなの?」

 ふわりと髪先から香るヘアオイルの匂いに首を傾げれば、タルトがドヤッと笑う。

「そうですよ、と言いたいところですが、違います。いつでも汗でも、何でも良い匂いなのはジルくらいです。私は一足先にシャワーを浴びたんですよ。ジルも入っていらっしゃい。その間にお茶を淹れてあげます」

「お茶……」

 お茶を淹れるのは使用人であるジルの仕事だ。

 ジルが家に来たばかりの頃や反抗していた頃はともかく、彼がまじめに働きだしてからは、料理は基本的に彼の仕事で、原則タルトが茶を淹れたり軽食を作ったりするということは無かった。

 ましてや、あからさまに自分のためにと茶を淹れてもらうのは随分と久しぶりのことになる。

 そのため、ジルはタルトの言葉に「恋人になった実感」を覚えてジーンと感動していた。

 ジルが軽くシャワーを浴びてから台所に向かうと、テーブルの上には茶の入った二人分のマグカップと軽食が並んでいた。

 料理を用意したタルトはエプロンをつけたまま席に着いて熱心に医学書を読んでいる。

『いつでもタルトは勉強熱心だな。凄いや』

 文字を追うタルトはかなり集中していて、台所に入って来たジルにも気がついていない様子だ。

 ふと悪戯を思いついたジルは、そーっとタルトの背後に忍び寄るとバフッと抱き着き、

「ただいま、タルト!」

 と、笑って彼女の頬にキスをした。

 驚いたタルトは本をテーブルに置き、

「キャッ! ジル、全くもう、こんなにかわいい悪戯をして! 悪い子ですね」

 と、弾んだ声を出して回された腕に軽く口づけを落とす。

 ジルの方など一度も振り返らず、冷たい声で「やめなさい」と叱っていた頃とは比べるべくもない甘い反応だ。

 今までとは百八十度違うタルトの対応に、ジルはホクホクと胸が温かくなった。

「ねえ、タルト。俺、タルトの隣で食べてもいい?」

 こめかみにキスを落として問えば、タルトがコクコクと頷く。

「勿論ですよ。そうだ、ジルに朝食を食べさせてあげます。ふふふ、夢みたいですね。ジルが私の恋人で、夢みたいな生活です」

 唇に笑みを浮かべるタルトの瞳はどこかボーッとしていて、彼女自身も幸せをかみしめているのだと気が付いた。

「タルトも夢みたいだって思うの?」

「ええ、私はジルの事、もうずっと前から大好きでしたから。ジル、私はね、ジルを助けてやろうと思って買ったんじゃないんです。一目見たジルに心を奪われて、欲しくて買ったんです。本当は、してはいけないことですよ。浅ましいですね」

 タルトにとっては後ろ暗いジルの購入理由。

 これを語らねば決してジルに告白などしてはいけないだろうと思い、例の日にも告げたわけなのだが、改めて言葉にすると胸を締め付けられた。

『自業自得ですよ、軽蔑されるのも、胸が痛くなるのも』

 ギュッと服の上から胸を握り締めるタルトに、ジルはフルフルと首を振る。

「タルト、そんな風に掴んじゃ駄目だよ。そんな風にするなら俺が揉んじゃうから、なんて、じょ、冗談だからおっぱいは差し出さなくていいよ! 揺らさないで! えっと、あのさ、俺、嬉しかったよ。俺が好きだからって買ってもらえて。俺は嬉しかったんだ。タルトが買ったのが俺なんだから、俺が納得してるなら何でもいいでしょ?」

「そうでしょうか?」

「そうだよ。タルトは真面目で優しいね」

 パルパルと揺れる豊満な胸はお預けにして、ジルは自分の胸元にタルトの身体を押し付けるとギュッと抱きしめた。

 ジルの腕の中でタルトは少しだけ体勢を変えて、耳を彼の左胸にくっつける。

 そうすれば穏やかな鼓動がタルトの鼓膜を揺らしてくれた。

『優しいのはジルです。ジルの心臓の音、綺麗ですね』

 トクン、トクンと柔らかな音色に耳を傾け、自身を抱き締める温かさと力強さに癒されてジルは腕の中で丸くなった。

 その姿は少しだけ猫を思わせる。

『タルト、結構甘えん坊だよな。小さくなっちゃって可愛い。それにしても、好きだから買った、か。道理で警戒が薄いわけだ。もしかして、襲われてもいいって思ってたのかな? でも、流石にそれは危なっかしくない? ヤられる云々もそうだけど、殺されるとか、財を奪われるとか、考えてなかったのかな? タルト、身内を信用しすぎなんだよ。心配になる。俺がちゃんとしなくちゃな』

 腕の中のタルトを見つめると視線に気が付いた彼女が顔を上げ、ジルを見つめ返してキョトンとした後に微笑んだ。

 花が咲くような笑顔は無邪気で愛らしい。

 ジルの鼓動が少し早くなる。

『もしも最初からタルトが俺を購入した理由を知ってて、タルトが危惧したみたいに振舞っていたとしても、こんな風に可愛くて一生懸命なタルトを見てたら、きっと俺は今みたいにすごく好きになってたろうな』

 タルトがジルをよく見ているように、彼だって彼女のことを良く見つめている。

 熱心に医学に励み、患者のために毎日働いていることも、本当は情け深くて愛情深い性格をしていることにも知っていた。

 また、タルトは他者の幸福を祈り、愛することができる人だ。

 一生懸命ジルに抱き着いてはなれないでくれと願うが、それが縛ることに繋がるのだと思えば本心を隠せる。

 ジルの幸福を願って手放すという選択をとれるから、タルトに買われてよかったと思うことができた。

「俺は買われたんじゃなくて見つけてもらえたんだよ。俺以外の皆が違うって言っても、俺は信じてる。だから、不安になんなくてもいいんだよ」

 優しく頭を撫でてやればデロンとタルトが溶ける。

「うう……ジル、優しいが過ぎます。優しすぎて私、溶けちゃいそうです。私、ジルのこと幸せにしますね。それと、いっぱい甘やかしてあげます」

 フン! と宣言すると、ムクリと起き上がって固形の身体を得たタルトが、サンドイッチを掴んでジルの口元に運ぶ。

 ジルがパクッとサンドイッチを頬張って目を丸くした。

「タルト、タルトが作ってくれたサンドイッチ、凄くおいしいよ」

 作り手への愛情による補正はもちろん入っているが、それを抜きにしてもハムとキュウリのサンドイッチが美味しくて、ジルは嬉しそうに笑う。

 続けてタルトの手に残っているサンドイッチをモシャモシャと食べだした。

 昔、リスに餌をやった時に指にしがみついてドングリを頬張ってきたのとジルの姿が重なり、タルトはクスクスと笑みを溢した。

「そんなに気に行ってくれたんですか? 嬉しいです。まあ、私は家事が苦手ですから、お茶とサンドイッチくらいしか作れませんが。正直、ジルが来てくれて助かりました。家の中で無くし物をすることも減りましたし」

「来たばっかりの頃、家の中、荒れてたもんね。結構大変だったな」

 一見すると自室と物置以外は綺麗に整理整頓されていたタルトの家だが、冷静に棚や引き出しを開け、クローゼットを覗き……とすると、まあ凄かったのだ。

 物を元の場所に戻すということはしないから櫛が食器棚の中に放り込まれていたことがあったし、反対にスプーンが浴室に転がっている時もあった。

 本来あるべきものが全く関係ない場所に置かれた挙句、放置されているのだ。

 何をどうしたら家の中で物があちこちに移動するようになるのか、ジルには未だに謎のままだ。

 だが、ジルによって定期的に片づけをされることで訳の分からない場所へテレポートされる品も随分と減少した。

 加えてジルが食事を作ることで外食することも減ったので、細かな出費も減少し、代わりに貯金が増えた。

 タルトにとっては良い事ばかりだ。

「そうだ、近いうちにジルの使用人契約も解除しちゃいましょう。もうジルは私の使用人ではないのですから。家事を行っていただけたら嬉しいですし、その分お給料も変わらずお渡ししますが、今よりものんびり働いてくれて大丈夫ですよ。ゆっくりしているジルを眺めていたいですから。甘やかしてあげたいですし」

「そんなこと言われたら、俺、サボっちゃうかもよ? でも、それならタルトが作ってくれたご飯をもっと食べたいな」

「え!? でも私は、本当に料理は苦手で……」

「食べたいな」

 モジッと指を擦り合わせるタルトに一押しいれれば彼女は簡単に転がる。

 口をムニムニと動かして迷っていたタルトはアッサリと負けた。

「む、むぐ……可愛いですね。私、ジルのかわいいお願いには本当に弱いんですよ。分かりましたよ。簡単なもので良ければ、また作ってあげます」

 タルトが他に作ることができる料理と言えば、簡単な焼き物と具材の少ないスープに粥くらいだ。

 タルトはレシピを見て内容を理解することはできるのだが、手際が悪いことと料理に慣れていないことが理由で、凝った料理を作ろうとすると時間も手間も通常の数倍かかってしまう。

 おまけに材料を切るのも焼くのも得意ではないので、具材は形がバラバラになってしまうし焼き色も微妙な感じになってしまう。

 一応、味は良いのだが……

『家事ができるのも才能ですね。ジルは多彩ですし』

 特に教えずとも勘でタルト以上のクオリティの家事を行った時には目を丸くしたものだ。

 ジルの方も内心で、

「俺って結構、家事に向いてるのかな」

 と、ドヤっていた。

 タルトが料理を作ることに納得すれば、ジルは嬉しそうに笑う。

「ありがとう、作る料理に困ったら俺が教えてあげるよ」

「え!? ジルに手取り足取り教えてもらえるんですか!? それなら今からでも……ふふふ」

 調理が目的か、スケベが目的か。

 まあ、タルトに関しては分かりきっている事だろう。

 とはいえ、彼女も本当に料理が始まれば真面目に調理に取り掛かるだろうが。

 感覚的な彼女はレシピを読むよりも教えてもらいながら作る方が向いているのかもしれない。

 タルトがニマニマとジルとのクッキングに思いをはせていると、ジルが、

「そうだ、タルト、渡すものがあったんだ。これ」

 と、ポケットから銀色の缶を取り出した。

 軽く振るとシャカシャカという紙がこすれる音と何かが転げる高い音が聞こえてくる。

 何か歪な球体が入っているのだろうか。

 タルトが不思議そうに蓋を開けると、中には色とりどりの可愛らしい包装紙に包み込まれた飴玉がいくつも入っていた。

 彼女がよく好んで食べていたイチゴ味の飴玉の割合が高い。

「これさ、タルトにあげてなかった飴玉なんだ。意地を張って渡せなくなってたのに、美味しそうな飴とかタルトが好きそうなのを見ると、つい買っちゃってたから」

 いつか再び笑って渡せるようになりたいなと願いながら溜め込んでいた飴玉。

 これはジルの優しさと想いの証だろう。

 照れ笑いを浮かべて頭を掻く姿にキュンと胸が鳴る。

 タルトは桃色の包装紙に包まれたイチゴ味の飴玉を掴むと中身を取り出し、

「ジル、あ~ん」

 と、ジルの口元に運んだ。

 美味しいと目を細めるジルに笑い返して、タルトはちょんと自分の唇をつつく。

「ふふ、ジル、私にも食べさせてください」

 コクリと頷いたジルが似たような飴玉を食べさせようと缶に手を伸ばす。

 するとタルトはジルの手のひらに自分の手を乗せて阻止し、フルフルと首を振った。

 そして、白い指先でジルの唇をつっついた。

「激しくてもいいんですよ、ジル」

 目を丸くしたジルがにこりと弧を描くタルトの唇に自分の唇を重ねて奪う。

 互いの口内を行きかう飴玉のおかげもあってか、いつか無理やり重ねた口づけよりもずっと甘く心を溶かした。

 糖度が激しく暴れて互いの境界が混ざり合う。

 随分と小さくなった飴玉をタルトが砕いて飲み込み、すぐに二つ目を口に含んでジルに口づけた。

 ジルの顔もタルトの顔も真っ赤に汗ばんで息切れを起こす。

 涙は溢れるし呼吸も難しくなって苦しくなるのだが、熱が身を侵して食べさせ合うのを止められない。

 何度も貪り合って、やがて落ち着いた二人は、後日の楽しみに取っておこうと飴玉を分け合うのを三つで終わりにし、静かに缶の蓋を閉めた。

 缶の中には、まだたくさんの飴玉が残っている。

 タルトは満足そうに笑い、

「ジルのおかげで、あっまい飴玉を食べることができたので勉強がはかどりそうです!」

 と、喜んでいたのだが朝の勉強の時間はこの日以降、甘い二人に押されて昼に流れ込むようになってしまった。

 幸せで贅沢な遅延だ。

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