裏切りと最強で最弱の人。前編


 セリアが目を覚ますと、保健室の天井が目に映る。


「知らない天井」


「そりゃ新入生で知ってんのは俺だけだよ」


 セリアが声のする方に視線を向けると、ハビットのカードパックを数個持った聖兎が座っている。


「大丈夫か?」


「え、あ、なんでいるの!」


「最初十分くらい待ってたんだけど、戻ってこないから、一応」


「起きるまでずっといてくれたの?_」


「これ買いに行って、戻ってきてからはいたかな」


 聖兎は手に持ったカードパックを見せ、セリアに渡す。


「なに? これって」


「お見舞いの品。花とかフルーツとかは売店に売ってなかった」


「あれは、別に聖兎のせいじゃない」


「購買限定、一日三食限定トリュフ塩牛脂白パンの方がよかったか?」


「そうじゃなくて、もう! 負けた後だからカードパックをもらっておく」


 聖兎がパックを渡すと、セリアは小さく。


「ありがとう」


と告げる。


「おう」


「あと、あの、私のあれは忘れて」


 セリアは下を向き、恥ずかしそうに頬を染める。


(別に悪ことした訳じゃないんだから普通に……は無理でも、そんな恥ずかしそうに下向かなくていいと思うが)


「気にしてないし、覚えてない」


 聖兎は先ほどまでと同じように振る舞い、同じように声をかける。


 セリアも聖兎のイジったりしない、気にしていない雰囲気を感じたのか、羞恥心は残しながらも、ひとまず落ち着きを見せる。


「なら、いいけど」


「あ、でも白川先輩にはお礼を言っておけよ。色々片付けてくれたから」


「そ、そうね。お礼を言っておく」


 二人は同じように振る舞っているつもりでも、同じようにはいかず、少し違和感のある会話になってしまっている。


「あ、そ、そうだ。次の試合って」


「ああ、それは辞退した」


「辞退って……いいの! 寮長になれるチャンスだったのに」


「いいって。黒川さんのこと聞いた時に、セリアからパンフレットもらったろ」


「ええ、あげたと思うけど」


「そこに三年生が寮長の場合、三年生は副寮長にはなれないって書いてあったから、どっちが買っても俺が副寮長。一年だから、来年寮長になればいいよ」


(年功序列とかくだらないと思いつつも、やっぱり年上が寮長になった方が寮全体としても良さそうだからな)


「セリアのせいじゃないから気にしなくていい。落ち込まずに新商品を作ってくれ」


「だから百均じゃない!」


 二人が軽く笑うと、保健室の先生がカーテンを開けて入ってくる。


「起きたのね」


 セリアの体温やその他色々を測り、体調をチェックすると。


「うん、問題なさそうね。よくお水を飲むのよ、オレンジジュースは飲んじゃダメ。分かった?」


「はい。分かりました」


「なら戻ってよし」


 先生の許可をもらって寮に戻ると、外には誰もおらず、中から賑やかな声が響いている。


「試合は終わったみたいだな」


 聖兎が寮のドアを開き、一番に目に入ったのは土下座をするエムチャラ先輩こと中江先輩と、その隣の白川先輩。


(なんで二人が、ってか奥にいる人って)


 二人の奥、椅子に偉そうに座りながら二人を見下し、生意気な顔をしながら中江の頭に青い色のロー〇〇ンを少しずつかけている少女と、隣に立っている黒髪に赤メッシュの男。


 少女の方は、身長は白川と同じくらい、腰までの長さの髪をピンクのリボンで結んだ黒髪ツインテールに、ピン〇〇テ、ラブト〇〇ックを感じる肩が開いたオフショルの女児服を纏っている。


 男の方は身長、百七十五弱、黒髪メッシュの波髪に黒いシャツに赤いネクタイをつけた肩幅の広い男性。


(ボディーガードっぽいけど、それにしては身長が低いし、もっとガチガチでもいいよな。


「あれ? お兄さんとお姉さんどこ行って、あ、そうだった」


 甘ったるく幼いメスガキボイスで聞かれ、聖兎は混乱をしながらも現状を理解しようとしたが。


(奥にいる人って、黒川先輩だよな。なんで二人を……寮長になったとかか?)


「二人は保健室だったよね〜」


 先に聞いたのはセリアだった。


「あの、黒川先輩。これはどう言うことですか?」


「ん? これって〜二人が土下座してるってこと♡」


 セリアが頷くと、黒川はニヤッと目を細めて笑う。


「これはね〜裏切ったんだよ♡」


(裏切った? どう言う意味だ? 意味は分かるが、白川先輩を倒して寮長になったことが裏切ったことになるのか?)


「どう言うことですか?」


「私疲れちった♡白川ちゃん教えてあげて、おねが〜い」


 白川はゆっくりと顔を上げると、震えた声で喋り出す。


「黒川さんの隣にいる人は、イーストの生徒です」


(そう言うことか。黒川先輩はウエストに席を置いているが、本当はイーストの傀儡でスパイ、黒川先輩が寮長になったと言うことは、ウエストは実質的にイーストの物になった)


「なるほど。黒川先輩の裏切り……黒川先輩は去年もウエストの生徒でしたよね」


「うん、そだね〜ちかはウエストだったよ♡」


(黒川ちか先輩……名前まで生意気そうだ)


「つまり、時間をかけて綿密に計画されていた」


「お兄さん頭いいー♡そう言うことだよ〜」


「何が望みなんですか」


「望み? んー特に何けど〜欲しいって思ったから欲しいの。ちかより大きくて強いのに負けちゃうザコを言うこと聞かせたいって言うのも少しだけあるけどね〜」


 セリアは敵対心を込めた視線を黒川に向ける。


「だったらもう満足したでしょ」


 セリアは土下座中の二人を指差し、早く立たせろと伝える。


「う〜ん、いいよ。ちか悪い子じゃないし♡二人ともどっか行っていいよ〜」


 白川と中江は立ち上がり、部屋の横にそれるが、立ち去りはせずに黒川と横の男子を警戒する。


「どっか行っていいのに〜ぺどお兄ちゃん、どうする?」


(黒川先輩の隣にいる男子の名前はペドって言うのか? 本名じゃないよな)


「ちかちゃんが飽きたなら他に行く? それとも俺が引き継いでもいいよ」


 ペドは低音で優しい声色でそう言うと、黒川は椅子から立ち上がる。


「飽きちゃった。梨花お姉さんから言われたことは終わったし〜白川ちゃん連れて帰ろっかな♡」


「分かった。じゃ帰ろっか」


 ペドはそう告げた直後、威圧感のあるオーラを纏わせ、白川に近づく。


(これ、まずいんじゃないか。話はよくわからないが、白川先輩がまずいってことは確かだよな)


「セリア」


「ええ」


 二人がアイコンタクトで合わせると、デッキに手をやり、ペドに向かうって声を張り出そうとするが。


「う」


「ああ、う」


 ペドの一睨みで二人は咄嗟にデッキから手を離す。


(俺、びびった、のか。今の一瞬睨まれただけで、本能的にこの人はまずいと感じた。俺のデッキじゃ勝てない。セリアも同じなのか)


 聖兎がセリアに視線を向けると、セリアも同じく震えている。


 一瞬の攻防が終わると、ペドは白川の近くに到着する。


「おい、白川ちゃんは渡さない。ウエストの寮の人間だ」


 隣にいた中江が虚勢を張るが、ペドは気にせずしゃがみ込み、白川と視線を合わせる。


「はわわ、あ、あの、ああ」


 怯える白川に手を伸ばすペド。


「もしよければ、一緒にイーストまで来てもらえないでしょうか。もちろん白川ちゃんの意思が大事ですし、無理強いはしないですけど、是非とも俺の部屋に来て一緒にお茶、お茶といってももちろんお菓子もありますし、ゲームなんかもあります。できればさらに俺のコレクションから一着来ていただければ幸いで、個人的には白川の名の通り白を基調としたふりふりを着てもらいたいと思っていると一瞬言いかけた自分をポコってして、是非とも白の逆、黒を基調としたゴスロリを着てもらい、恥ずかしがるもよし、小悪魔メスガキもよしのロリっぽい年上、まさに敬語メスガキを見せてもらっても構いません。どうでしょうか」


 ものすごい早口言い終わると、プロポーズの返事を待つようにじっと待っている。


(な、なんだこいつ。一瞬で雰囲気が変わった。威圧的な雰囲気から、急に小物のような軽い雰囲気に……意味が分からない)


「え、あ、あの、その、行きたくないって言ったら」


「また来ます。衣装ケースを持って」


 ペドの澱みない澄んだ返答に黒川が反論する。


「えーぺどお兄ちゃんダメだよ〜ちかが怒られちゃう!」


「だって、だって!」


「だってじゃないでしょ! 白川ちゃんと一緒がいいの、ねぇ、おね〜い♡」


「ん! ん! 白黒一緒……だが、ああ、俺はどうすれいいと思う」


 ペドいきなり振り返り、聖兎に質問をした。


「え、俺……ですか」


「そう。どうすればいい。二人のロリ、まさにロリロリを取るのか、それとも紳士を取るのか。あ、もちろんロリロリをとっても紳士なのは変わりないが、どっちがいいと思う!」


(くだらねーどっちでもいいことはないが、白川先輩を守ることを考えると)


「紳士を貫いた方がいいと思いますけど」


「かーだよなーわかる」


(分かられてた。俺は全然わからないけど)


「よし、白川ちゃんを尊重します」


「えーダメだよ〜ぺどお兄ちゃん! ちか嫌いになっちゃうよ!」


「白川ちゃんはもらって行きます」


(意見変えるの早!)


「では、是非とも一緒に来てもらえるでしょうか」


「え、ああ、いや、です」


「そこをなんとか、お願いします!」


「む、無理ですよ〜こ、困ります」


「ちかちゃん、俺には無理だよ……俺には……無理だよ」


「えー! やだ! ちか一緒がいい! ねぇダメ?♡」


「うーうー」


 ペドは唸りながら考え、いい案が浮かんだのか、聖兎を見つめて手を叩く。


「こうしよう。誰かが俺と勝負する。俺が勝ったら白川ちゃんはもらっていく……お姫様抱っこで、手を首に回す形でもらっていく」


(こだわるなこの人)


「俺が負けたら、もしくは俺が認める実力のやつだったら、白川ちゃんは諦める。どうする、白川ちゃん」


「え、わ、私とペドさんが戦うてことですか?」


「違う違う、俺と白川ちゃんじゃ相手に成らない。秒殺だよ、俺が」


「え、じゃ、誰と戦うんですか?」


「んー」


 ペドは意味深に目を細める。


 それは価値を確信しているとともに、見極めと値踏みとも取れる視線。


「そこの生徒、聖兎って言ったか? 分かりずらいな」


 呼ばれた聖兎は警戒しながらも、軽い雰囲気のペドに普通に返答する。


「そうですけど……俺と戦うってことですか?」


「そうそう。どう? 俺に勝つ必要はない。ただ実力を見せればいい。もちろん勝ってもいい、こっちにも事情ってのがあるからな」


「ペドお兄ちゃん」


 黒川に釘を刺され、詳しい事情は喋らないが、聖兎は大きな敵意はないと感じ、考える。


(事情か……梨花ってことが誰なのかは知らないが、黒川先輩とペドさんに指示を出している人なのは確かだ。その人関連の事情なのか、それとも個別の事情なのか。どちらなのかによって変わるが、今は考えるのは白川先輩の安全だ)


「分かりました。俺が戦います」


 聖兎の宣言に、セリアは心配そうに声をかける。


「本当にいいの! さっきの感じ、オーラっていうか、感じたでしょ」


「ああ。だけど引けない」


(それに、この人から感じたオーラ。それも威圧だけじゃない。どこかで感じたことあるような、昔……気のせいか)


「とにかく、俺が戦う。任せとけって、俺は強い。副寮長だしな」


「その覚悟、いいな。じゃ、外に行こう。本気でかかってこいよ一年」


「はい。もちろん」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る