第9話 少女と約束
しゅう、まだかなぁ。
時計は5時30分を回った。もうすぐ部会が終わってしまう。疑いたくないが、しゅうは来てくれないのではないか。そんな考えが湧いてしまう。
でも、約束したもんね。
ピロン。
スマホが鳴った。しゅう!
私は急いで机の上で裏返しになっていたスマホを掴んだ。
『ごめん。今日は部活に行けません』
「え」
そこには今1番みたくない言葉が、今一番言ってほしくない人からきてて。
「どうしたの桜井さん?何かあった?」
「あ、えと」
声が漏れていたのに今気づいた私は、中嶋先輩の問いかけに詰まった。
「……しゅう、今日は部活来れないらしいです」
「は?来れない?何やってんだあいつ」
先輩より早く声を荒げたのは隣にいた武藤くんだった。
「武藤くん……」
「すまん。取り乱した」
私は立ち上がって拳を握りしめている武藤くんを見上げた。すると、自分が立ち上がっていることに気づいたのか、武藤くんは先輩たちに一礼して席についた。
「御堂くんは来ないのね。まあ、仕方ないわ。生徒会の手伝いを頼まれているのだもの。武藤くんに桜井さん、どっちでも構わないから明日の日程御堂くんに伝えといてくれない?」
中嶋先輩は私たちの動揺を察しているかはわからないけど、いつも通りのフラットな口調で私たちにそう頼んできた。
「わかりました。俺が連絡を入れておきます」
間髪入れずに武藤くんが頷いた。きっと、私に連絡させたくないんだと思う。でも、譲れない。
「いや、私から連絡させて」
「でも……」
「お願い」
「……わかった」
「ありがとう」
普段は飄々としている武藤くんも今回ばかりは渋面を崩すことはなく、苦虫を噛み殺したような態度だった。
「じゃあ、伝えることは伝えたし、明日に備えて今日は帰ろっか」
中嶋先輩は私たちの方を一瞥して、他の先輩たちの方を見て解散を告げた。
「なあ、ほんとに大丈夫か?」
「なにが?」
その帰り道。普段はしゅうと武藤くんと私たち3人は駅の近くまで一緒に帰っている。でも、今日は右隣がいない。私は武藤くんに話しかけられてるのに、つい誰もいない右を向いてしまい慌てて首を振り直した。
「さっきも言ったけど、俺が連絡してやってもいいんだぞ」
武藤くんの声はまだ怒気を孕んでいた。
「私にやらせて。私、御堂くんと話したいことがあるから」
「そうか……何かあったらすぐに言ってくれよ」
「ありがとう武藤くん」
その言葉を最後に私たちは道を違えた。
御堂くんは約束を破らない。
きっと何かあったんだ。
でも、1人になってもう一回スマホの文字を見て……あれ、見れない。目の前が霞んでなにも見れないよ。
……なみだ?
スマホを持っていない方の手を顔に当てると、手にツーッと液体が伝ってきた。
泣かないって決めていたのに。泣いちゃったら、しゅうが約束破っちゃったの認めるみたいになっちゃうじゃん。
止まってよ、
止まってよ……
止まってよ!
涙が止まらない。嗚咽が止まらない。しゅうになんて返事すればいいかわからない。
頭も心もぐちゃぐちゃになった私は、無我夢中で家に駆け込んだ。
はーっはーっ。
「えっぐ……なんで、どうしてしゅう……やくそくしたじゃない」
ベットに体を投げだして、枕に顔を埋めることしかできない。もう堰き止めるものがなくなった私の心は濁流に呑まれて瓦解した。
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「桜井さんならできるよ。僕も頑張るからさ。ほら、胸を張って」
御堂くんが私の手を握る。
今日は生徒会役員選挙。出番を控えた私はステージ裏でスピーチの内容を反芻していた。
そのとき、私の応援役の御堂くんは緊張でこわばらせた私の顔を覗き込んでそう声をかけてきた。
安心する声。彼がそばにいるならなんでもできてしまう。そう思わせるものだった。
思えば、彼とは不思議な出会いだったわ。
♦︎ ♦︎ ♦︎
昔から人前に立つことが好きだった私は生徒会に憧れていた。生徒会の先輩たちはみんなキラキラしてて、私もそうなりたいって入学してからずっと思っていた。
1年生後期の11月。3年生の役員が引退して生徒会役員選挙が行われた。当然私はいの一番に立候補に名乗りをあげた。応援役は親友の凛ちゃん。いっぱい説得して応援役をやってくれることになったから感謝しなくちゃ。凛ちゃんはしっかりもので美人さんで、勉強も私に次ぐ学年3位。日の打ちどころのない親友
でも、結果は惨敗。同じ会計に立候補した先輩にダブルスコアで屈してしまった。
「その、残念だったね佐奈ちゃん。また次があるよ」
「うん……また次も応援してくれる?」
「……ええ」
その時の凛ちゃんの困った感じの笑顔はもう忘れてしまった。だって、もう
「佐奈ちゃん、また生徒会立候補するの?無理だよ」
翌年の5月。待ちに待った生徒会役員選挙がやってきた。私は当然凛ちゃんに応援役をお願いに行った。
でも、返ってきたのはそんなあまりにも残酷な答えだった。
「なんでそんなこと言うんの!?」
「だって私、去年大変だったんだからね!負け役の肩を持つなんて、見る目なさすぎって私散々バカにされて。もううんざりよ」
「そんな」
「ってことでもう私に頼らないで」
そう言い残して凛ちゃんは私に背を向けてしまった。
だって、もう凛ちゃんとは親友じゃないんだから。
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ここまでお読みいただきありがとうございます。
長くなったので回を分けます。
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