第8話 守ると守らない

長いです。でも、最後まで読んでほしい。

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てなわけで、現在僕は向かいでヒーヒー息を荒げている久木先輩を横目に、来月行われる体育祭で使うテントを用具室から運び出している。男手が足りないとはこのことだったか……


「……御堂、くん。君、見た目の割に、ち、力、あるね」


「あとちょっとです。頑張ってください久木先輩」


久木先輩は見た目に違わず、失礼だが非力だった。2人でテントの両端を持っているけど、体感8割僕が支えている感じだ。


「しゅーくん!これで最後だよ!頑張ってー」


「久木くんもがんばー」


外のある用具室とテントを安置する空き教室をつなぐ廊下の先で、右目の前で手をカメラの形にした姉さんが僕を応援してくれる。


その隣で美津島先輩も久木先輩を励ましているが、当の本人は「オレの扱い、ぞんざい」と恨み節を唱えていた。


(しゅーくんの腕のスジ!!首を伝う汗!!力んでキリッとした顔!!ほんっと素敵♡お姉ちゃんしっかり目に焼き付けておくからね!)


姉さんが口をぶつぶつ動かしているが、案の定遠すぎてよく聞こえなかった。しかし、この背筋が凍る感じ、なんだろ……


「お疲れ様しゅーくんに久木くん。とても助かったわ」


「2人ともお疲れー」


「お疲れ様です。御堂くんに久木くん」


ヒーコラ言いながら全てのテントを無事移動し終えると、3人の美少女からありがたい労いをいただけた。


そのおかげで少し疲れが取れた僕は、相変わらず息を切らして床にへばっている久木先輩の肩を持って、教室の隅に置かれた椅子の誘導した。


別件で動いていた体育委員の人たちと合流してテントの点検を始めるのを、2人でぼーっと眺めている。


「これ別に中でやる必要ないんじゃないですか?」


ふと気になったので、僕は久木先輩に話しかけた。


「……外でやると砂まみれになるって女子たちがね。ここなら広いし、実際にテントを建てる場所から近いから」


なるほど……この生徒会の構図が見えてきた気がする。


「僕、手伝ってきますね」


「……うん。オレはもうちょっと休んでるよ」


「手伝いますよ」そう言って僕は組み立て途中のテントのそばに近づいた。


「もう少し休んでいてもいいんですよ?」


朝霞先輩はそう言ってくれたが、みんなが頑張っている中何もしないのも悪いので、


「お気遣いありがとうございます。でも、自分はもう大丈夫です」


そう一声かけて作業に混ざった。


「水木先輩、一応テントの外に出て作業したほうがいいですよ」


姉さんが組み立てたテントの中に入って、屋根の骨組みに異常がないか確認しているのを見て、僕は念のため声をかけた。


「そうね。心配してくれてありが「ガッシャーン!」きゃあ!?」


「??!ねえさんっ!!!」


突然、姉さんのテントがけたたましい音を立てて崩れた。姉さんの頭上にテントの屋根が迫る。その光景が僕にはスロー映像のように見えて。


気づけば僕は姉さんに覆い被さるように、崩壊するテントに飛び込んでいた。


痛い。どこかわからないけど痛い。目が……開かない。「しゅーくん!!しゅーくん!!」耳元で姉さんの声が聞こえてくるけど、それも次第に遠くなっていく。僕の意識はそこで途絶えた。


「……ぁ?」


「っは!しゅーくん!!私よ!あなたのお姉ちゃんよ」


気がつくと、僕はベットに寝かされていた。体を起こそうとしたが、力が入らない。見たところ、ここは保健室のようだった。


「ごめんなさい……しゅーくん。私のせいで、私の……せいで!」


姉さんが僕の手を握ってきて、嗚咽を漏らしながらひたすら謝罪の言葉を口にしていた。


「ごめんなさいしゅーくん!」


「気のしないでいいよ。それより怪我はない姉さん?」


「ええ。しゅーくんが助けてくれたから」


「そっか。よかったよ」


「しゅーくん危ないところだったのよ。飛び込んだ時の衝撃で気を失っただけだって先生言ってたけど、もしテントの骨が当たっていたら……うう、あたって、ひっく……」


次第に嗚咽は涙に、涙は号泣に変わっていった。


体が言うことを聞くようになってきた僕は、肘を使ってなんとか体を起こし、ベットの端に座って手で顔を覆って泣いている姉さんをそっと抱きしめた。


「泣かないで姉さん。さっきも言ったけど、僕は姉さんが無事だったらそれでいいんだ。だから、泣かないで」


「でも、ひっく……それじゃあ私はどうすればいいの?しゅーくんを危ない目に合わせちゃったのに……」


「じゃあ、ありがとうって言って欲しい、な。謝罪より姉さんのありがとうが聞きたいよ」


「っうう……ありがとう本当にありがとうしゅーくん!」


「うん」


僕たちはそれ以上言葉を交わすことなく、体を寄せ合った。姉さんの体温をいつも以上に身近に感じて、その温もりは僕を酷く安心させるもので。僕はそのせめてもの恩返しってわけじゃないけど、未だ嗚咽をこぼしながら胸を上下させている姉さんの背中を僕は優しくさすった。


静寂が部屋を包む。


「……」


ガラッ


「会長、今井先生呼んできました……よ、お、お邪魔でしたか?」


「おお、これまた大胆!」


静寂を破ったのは保健室の扉を開けた2人の先輩だった。僕と姉さんはどちらというわけでもなくスッと抱擁をとき、努めて自然に距離をとった。さっきまで感じていた人肌がスーって離れていって、少し心細くなっちゃったのはここだけの話だ。

 

「はあ、秀くんが倒れたって美津島さんが騒ぐから急いで来てみたら、元気そうじゃない」


その2人の後ろで面倒くさそうにため息をついたのは保健室の先生もとい今井先生だ。


「ち、違うのよ津井華ちゃんに茜ちゃん!私はただ体を起こしたしゅーくんが倒れそうになったから支えていただけで決して抱き合っていたわけではなくてね」


「別に誤魔化さなくてもいいのですよ?御堂くん、会長のことを身を挺して守ってくれたのですものね。したくなっちゃうのはわかりますわ」


「うんうん。うち、秀くんのこと見直したよ!日和センパイから秀くんのことたくさん聞いてたからどんな人なんだろうなって思ってたら、今日会ってみて頼りなさそうな人だなって感じだったけど、さっきの秀くんは漢だったね!」


「あはは、ありがとうございます?」


なんだか貶された感があるけど、褒めてくれてるんだよね?それよりも、いたたまれない気持ちが……


「はあ、惚気ならよそでやりなさいよ。ほら、御堂さんちょっと体見して。元気そうだけど一応怪我がないか確かめるから。それと水木さんも」


「「わかりました」」


「はあ、2人とも異常なし。とっとと出ていきなさい」


「「ありがとうございました」」


ぞんざいな感じで保健室から追い出されてしまった。普通保健の先生ってもうちょっと優しいよね?


「何はともあれ、2人とも無事で良かったです」


「ごめんなさい。私のミスのせいでみんなに迷惑をかけてしまったわ」


僕の隣を歩く姉さんが朝霞先輩に深く頭を下げた。


「頭を上げてください!会長のミスではありません!あれは不慮の事故ですよ」


「そうですよ!危ない目には遭っちゃったけど、意中の子に助けてもらえて良かったってことにしましょう!」


「ち、ちょっとそんなこと言わないで茜ちゃん!しゅーくんに聞こえてるから!」


(あはは……)

 

美津島先輩のフォローになってるのかわからない言葉と、こっ恥ずかしい姉さんの返答に内心苦笑いをこぼす。一体僕の居場所はどこにあるのやら。


それからは特に会話という会話もなくしばらく廊下を歩き、僕は頭の中を少し整理していた。あれ、何か忘れているような。


「あ!そういえば今何時ですか!?僕推理研の部会に行かなちゃいけないんです」


そうだ!「約束」したんだ佐奈と。僕はそんな大事なことを忘れていた自分の不甲斐なさを心底恨んだ。


「えっと、今は5時30分を回ったとこだね」


「それじゃあ、まだ間に合う。僕行かなちゃ!」


部会は6時までやっているはず。今行けばまだ間に合う。


僕は約束を果たすべく、3人の先輩に一礼して走り出した。


が、誰かが僕の腕をガシッと掴みそれを阻んできた。


誰だ!?と思い振り返ってみると、


「いっちゃダメ」


伸ばされた腕の先を追ってみると、いつになく真剣な顔をした姉さんの姿があった。


「なんで!?」


「しゅーくんが心配だからよ。助けてくれたのはありがたいし、部会に行きたいって気持ちはよくわかる。本当は行かせてあげたい」


「じゃあ、手を離してよ姉さん!」


僕がそう叫ぶと、姉さんは顔をくしゃっと歪ませ目を潤ませながら、


「ダメ!それでも心配なの!お願いしゅーくん。今日は私のそばにいて。私のせいでしゅーくんを危ない目に合わせちゃったから、今日はっもう困らせたくなくて……嫌われたくないの私!ほんとは行かせた方がいいってわかってるの。いってらっしゃいって言いたいの!でも、言えないの……お願いしゅーくん……おねがい……」


そう言い切り、膝から崩れ落ちてしまう。


その言葉は支離滅裂で。


でも僕のことをすごく思ってくれているのがわかるもので。


そんなに僕のことを心配してくれる姉さんにひかれた後ろ髪を、僕は断ち切ることなどできるはずもなく。


「……わかったよ。今日は部会には行かない。ずっと一緒にいる」


僕は、自分の腕を掴んでいる彼女の腕を持って、それを彼女の元に手繰り寄せた。そして、彼女の目から際限なくこぼれ落ちる涙を手でそっとぬぐってあげてそう囁いた。


「いいの? うう、ありがとう、ありが……とう!」


「さ、帰ろう」


僕の足に縋る姉さんの肩を両手で掴み、そう促す。


「うん」


手を差し出すと、姉さんは静かに自分の手を乗せて僕たちは肩を並べた。


「じゃあ、今日は帰ります。お疲れ様でした」


「ええ。わかりました。中嶋さんからは私から連絡します」


「いえ、連絡は僕がしますので大丈夫です」


僕は約束を破ったのだ。自分からけじめをつける必要がある。


「ちょっと待っててね」


「ええ」


僕は姉さんに待ってもらって、ポケットからスマホを取り出し、「佐奈」の連絡先を表示する。


『ごめん。今日は部活に行けません』


そう最低限の謝罪を書いて送信した。理由は書かない。それは言い訳でしかないから。


「……帰ろうか」


「ええ」


僕たちは2人に背を向けて歩き出した。


西日を受けて輝く姉さんの笑顔は忘れられないほど美しかった。真っ赤に燃えるバラのようだった。


でも、美しいバラには当然棘があって。


僕は約束を破った。それも1番破っては行けない人の約束を。


胸に棘が刺さったかのような痛みがはしる。


でも、本当に痛いのは決して僕じゃなくて。


最低だ。


やめてくれ水木先輩。そんな顔を僕に向けないでくれ。あなたの顔を見る資格は僕にはないんだ。








「……しゅう」

 

 


 

 




「約束、したじゃない」



_______________


ここまでお読みいただきありがとうございます。


前述の通り、長くなってしまいました。


少年少女たちの心境がわかっていただけたら幸いです。


少しでも面白いと思った人は⭐︎、♡、作品のフォローよろしくお願いします。


P.S. 今日で一応毎日投稿は終わりになります。今後はできるだけ隔日を心がけて頑張るつもりです。今後も応援よろしくお願いします。

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