第7話 約束と頼み事

コンコン。予習復習を終え中嶋先輩にお薦めされた推理小説を読んでいると、背後のドアを叩く音がした。「はーい」と返事をすると「入るわよ」と言って姉さんが僕の隣にやってきた。


「今日も勉強してて偉いわねしゅーくん」


机の隅に置かれた勉強跡をチラッと見て、姉さんは僕の頭を撫でてきた。


「まあ、僕も姉さんに置いていかれないように頑張ってるんだよ」


翠風高校は県1位クラスの進学校。そんなすごい学校で常に学年トップの座に着く姉さんを僕は心から尊敬している。


僕は知っている。生徒会の仕事と家事をしながら陰で努力している姉さんを。彼女は当然よ、って顔をしているが、常人にはとても真似できない。


僕はそんな姉さんが憧れて、こんなふうに綺麗な生き方ができる人間になりたいなって思っている。


「僕は大したことないよ。それより姉さんこそ毎日頑張っててすごいよ」


いつもはそんなこと言わないけど、今日の僕は相当疲れているのかつい口を滑らしてしまった。


「うふふ。ありがとね」


姉さんがそう言ってはにかむと、ひとつ間を置いて再び口を開いた。


「それとしゅーくん。明日の放課後、生徒会室にきてくれない?」


「どうして?」


姉さんが僕を生徒会室に呼ぶなんて初めてのことなので、質問で返してしまう。


「手伝って欲しいことがあるの。力仕事をしなければならないのだけど、今の生徒会、男子が1人しかいなくて男手が足りないのよ」


「そういうことならわかったよ」


元から姉さんの頼みなら断るはずもないが、男の子として頼ってくれるなら僕としても精が出る。常日頃から「可愛い」と言われ続けていたからか、男としての自尊心が欠けつつあったからね。


「そう!沙月さんの方には私から連絡を入れておくわね」


「さて、じゃあしゅーくん、そろそろ寝よっか。夜更かしはメ、だからね」


頭を撫でていた手を今度は肩に乗せ、口を耳元に近づけてそう囁きかけてきた。む、むず痒い……


「わ、わかったよ」


僕はswhichの電源を切って充電ポートに置き、シュパシュパしてきた目をこすりながらベットに潜った。


「電気、消してあげるわよ」


「あい」


布団を肩までかけて目を瞑る。今日あった出来事がフラッシュバックする。……お弁当


?まどろんでいると、横がスースーして次の瞬間温もりを感じた。


「ね、姉さん何してるの?」


目を少し開けて隣を見ると、鼻と鼻が触れ合う距離で姉さんと目が合った。


「言ったじゃない。今日はしゅーくんが寝るまで一緒にいるって。だから、私がしゅーくんを寝かしつけてあげるわ」


「え、いいよ……恥ずかしくて寝れないよ」


顔を背けようとするが、姉さんが僕の両頬に手を添えてこれを阻止してくる。嫌でも姉さんと至近距離で見つめ合うことになり、顔に熱が集まっていくのを感じる。


「ほら、寝ましょう?」


姉さんが優しい手つきで僕の頭を枕に乗せて、布団の上から僕の胸あたりをトントンと叩いてくる。


……安心するなぁ


だんだんさっきまでの熱が引いてきて、今度は抗えそうにない睡魔がやってくる。


「おやすみしゅーくん♡」


その一言を最後に僕の意識は完全に闇に沈んだ。


________________


次の日。久方振りのすっきりとした目覚めに気分を良くした僕は、いつもよりも数段軽い足取りで校門をくぐった。


「やっほ。しゅう、今日は顔色がいいね」


「おはよう佐奈。いいところに気づいたね。今日なんだか寝起きが良かったんだ」


「よかったわね!最近ずっと朝浮かない顔してたからちょっと心配だったんだからね」


「そっか。心配かけて悪かったね」


「いいのよ。それより明日は新歓よ!楽しみね」


「そうだね。ああと、そうだ。今日は僕部活遅れるから」


僕がそう言うと、佐奈は豆鉄砲を喰らった鳩のような表情になった。


「……何か大事な用事でもあるの?」


佐奈が不安そうな声色で聞いてきた。


「水木先輩に生徒会室に行って手伝いをするよう頼まれちゃって。でも、心配しないで。部活にはちゃんと顔出すから」


「そう、水木先輩がね……わかったわ。でもちゃんと部活きてよね、絶対よ!今日は明日の予定を話し合うんだから」


佐奈が人差し指を僕の胸元に当てて言い寄ってきた。


「ち、近いよ佐奈……」


目を鋭くして迫ってくる佐奈に僕はやっぱりドキドキしちゃったり。やり場のない胸のざわめきが僕を支配した。


「!?ごめんなさい!」


僕がそっと言うと、佐奈がザザッと言う音がよく似合う神速の後退りを見せた。


「……とにかく約束だから。私、学級日誌取りに行くから先行くわね」


「おう」


_________________


さて、僕は今姉さんに呼ばれて生徒会室前にいます。重厚そうなオークの扉を前に、僕は緊張して立ちすくんでいる。こういう時こそ堂々と……


「失礼します」


扉を軽く2回叩き、ドアノブをガチャリ。僕は緊張で震える声帯を絞り、努めて冷静な挨拶をして中に入った。


「いらっしゃい、しゅーくん。待ってたわよ」


部屋の最奥のいかにも偉そうな王様席で、姉さんが僕のことを出迎えてくれた。


中央の長テーブルを囲むように他の生徒会役員が一斉に僕の方を見てきた。き、緊張する……


「こ、こんにちは」


とりあえず一礼。


「こんにちは。あなたが御堂さんですね。お話は会長から常々聞いています。私、生徒会副会長の朝霞津井華あさかついかと申します。ささ、遠慮せずそちらの席にお座りください」


黒の三つ編みに黒縁丸眼鏡の先輩が立ち上がり、僕を誘導してくれた。変わった名前だなぁ。


「これはご丁寧に……では失礼します」


朝霞先輩の促された僕は、髪で片目が隠れた先輩の隣に腰掛けた。


「……よろしく」


僕が隣の彼の方を見ると、先輩がボソッと挨拶してきた。


「よ、よろしくお願いします」


き、気まずい。なんて返せば……


「もう、久木くんは相変わらず素っ気ないわね。ごめんね後輩くん。コイツほんっと人見知りが酷くて」


「……痛いって」


「あ、うちは会計の美津島茜みつしまあかね!気軽にあかねって呼んでね」


久木先輩の後ろで彼の背中をバシバシ叩く赤茶色のショートボブの女性。ザ体育会系って感じの活発少女が近づいてきて、僕の手を強引に握ってきた。


「あはは、よろしくお願いします美津島先輩」


「あかね先輩ね?りぴーとあふたーみー」


あ、圧がすごい……これが陽キャのノリですか。


「はいストップ!あかねちゃん、しゅーくんをそれ以上困らせないこと」


僕がオロオロしているのを察したのか、姉さんが美津島先輩の肩を抑えて諌めてくれた。


「まったくもー」


目!目が怖いよ姉さん!!


「時間がもったいないから、早速本題に入るわよ」


有無を言わせない威圧を全開に、姉さんは話を進めるのだった。


______________________


ここまでお読みくださりありがとうございます!


少しでも面白いと思った方はぜひ⭐︎、♡、作品のフォローよろしくお願いします!


P.S.人物紹介会を面白くできる人、尊敬しちゃいます。

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