第4話 催眠と初恋

人のことを好きになるのに大きなきっかけは必要ないと言う。フィクションの世界だと、交通事故から身を挺して庇ったとか、暴漢からヒロインを助けたとかがそれに該当するんだろうが、私の場合はどうだろう。


私がしゅーくんのことを好きになったきっかけは、紛れもなく彼の人柄だった。


___________

 

私はなんだか彼の様子が気になって、暇を見つけては正門に顔を出した。最初は放課後に。文化祭が近づくと朝もお昼も。しゅーくんはいつも一生懸命作業に取り組んでいた。


私は「美術室とか借りてやればいいんじゃない?」「誰か手伝いを呼ぼうか?」っていったんだけど、しゅーくんは


「大丈夫です。美術室は美術部の人とか、出し物をするクラスの人たちが使っているから。それに、手伝いもいりません。みんな自分のやりたいことをやっているようなので」


彼は私に会うたびに優しい笑みをくれた。それに彼の声は、表情は底抜けにあたたかなものだった。


「先輩疲れてないですか?顔色がすぐれないようですが」


文化祭があと2日に迫った頃、私は生徒会室前の廊下の壁に手を当てて、乱れた呼吸を整えていた。


どうも胸が苦しいし、頭が痛い。クラクラする。会長と呼ぶ声がするが、私は応じることができない。意識が朦朧とする中、するりと細い腕が私の体を包み込んだ。


顔をあげてみると、目に前に心配そうな顔をしたしゅーくんがいた。


「先輩すごい汗ですよ!一回保健室で休みましょう?ね?」


「いや、私には生徒会長としての……やく……め……ハーハー」


ダメですほら掴まって!……その声を最後に私の意識は闇に沈んでいった。


「んー……ここは」


気がつくと私はベットに寝かされていた。白い天井にカーテン。ここは保健室かしら。


「気が付きましたか?先輩」


首を横にすると、椅子に座ったしゅーくんがまた優しい笑顔をしてくれた。安心する。そういえば、正門で会ったときも毎回励ましの言葉をくれたっけ。


「無理しすぎちゃダメですよ!先輩が作り上げた文化祭なんですから、最後まで見守らなくては」


私が呆けた顔をしているのを気にしてか、しゅーくんは再度私に声をかけた。


「文化祭は絶対成功しますよ。だから、その成功を1番いい席から見るのが先輩がけのご褒美なんです!」


ご褒美か。そんなふうに考えたことはなかったわね。


「まだ、体を起こしちゃダメですよ。今日は僕たちに任せてください。一応、僕も実行委員なのでね」


逸る私の肩を優しく抑えて、しゅーくんは保健室から出ていくのだった。


安心感が離れていく。


心にぽっかり穴が空いた気分。彼がその空いた隙間を満たしてくれていたのかなと思うと、ドキドキしてしまう。この感情をなんて呼ぶのか当時の鈍チンには理解できなかった。


彼への恋心を強固なまでにしたのはそう遠くはなかった。


後夜祭。


賑わいでいっぱいだった二日間を終え、校庭に焚かれた巨大なキャンプファイアが少し淋しい薄暗い夕空をぼんやりと照らす。その周りにはフォークダンスを踊る男女がくるくる回っていた。


私はそんな炎とイチャイチャを背に、校舎と体育館の間の路地に1人腰を下ろしていた。


終わっちゃったな。あれだけ時間と労力を注ぎ込んだ文化祭も始まってしまえばあっけないもので、気づけば過ぎ去っていたぐらいのものだった。


「見つけましたよ先輩」


柄でもなく物思いに耽っていると、頭上からしゅーくんの声がした。


「どうしたの御堂くん」


「立役者がそんなところにいてはダメじゃないですか」


「でも、私疲れたし。みんな踊ってるけど私に一緒に踊ってくれる人なんていないし」


「じゃあ、僕と踊りませんか?」


「え?」


暗くてよく見えなかったけど、しゅーくんの顔は若干赤かったような。でも、当時の私はそんなことより、差し出された彼の手に釘付けだった。


そこには優しくてちょっとオドオドしていた女の子みたいな彼はいなくて。女性をエスコートしてくれる、別の優しさを帯びた男の子の手だった。


「桜井さんとは踊らなくていいの?」


咄嗟にそんなことを聞いてしまう。別にしゅーくんと踊りたくないわけじゃない。でも、女の嫌らしい部分がそんな言葉を生み出してしまう。


「今日の主役は先輩ですから。……水木先輩、私と一曲一緒に踊ってくれませんか?」


「ええ」


しゅーくんは待っていた言葉をかけてくれた。私はどうしようもなく嬉しくなって。でも、冷静を装って彼の柔らかい手を取った。


グイッと引き上げられる。ああ、やっぱりしゅーくんって男性なのね!


そこから先のことはあまり覚えていない。彼の表情に、包み込むような軽やかなステップに夢中だったことしか。気づけば幸せな時間が終わっていた。


「今日はありがとうございました。先輩と踊れて楽しかったです!」


最後にそう言い残して彼は静かに私の元を去っていった。闇に消えていく小さくて、頼もしいしゅーくんの背中。私は思わず手を伸ばして彼を引き止めようとしてしまった。でも届かない。


私、しゅーくんのことが好き。


________________

 私がこんなにも彼を愛しているのに、彼は私に振り向いてくれない。


私がしゅーくんにかけているこの催眠アプリ。実は色々とルールがある。


1つ、術の対象は1人。


2つ、暗示を変更すると催眠深度は1からやり直し。


3つ、要求を叶えてくれる代わりに代償が伴う。私が願ったのは「私がしゅーくんのお姉さんで、しゅーくんは私のことが大好き。でも、他の人には私たちの関係はヒミツ」というもの。


この暗示には「しゅーくんが他の女性にことを考えると催眠が弱まってしまう」と言う代償がある。


今日、催眠が解けたのはそのせい。でも、今までは記憶が混濁することはあれ、完全に催眠が解けることはなかった。

つまり、それほど強く女性――桜井さん――のことを思っていたわけよ。


しゅーくんは誰にも渡さない。しゅーくんは私だけにもの。


「しゅーくん。催眠解除」


「おはよう、しゅーくん。帰ってきた途端眠っちゃうんだから。全く世話の焼ける弟ね!」



________________________


ここまでお読みいただきありがとうございます!


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GW中はなるべく毎日投稿頑張ります

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