藤原三兄弟(5)

 藤原北家九条流、藤原師輔の子たちは朝廷の要職を一族で固め、朝廷を牛耳ろうと企んでいたが、それと同時に、誰が一族を仕切るのかといった内部闘争に明け暮れていた。

 師輔の長男であった伊尹の死後、摂政の座は空位となった。これは帝が自分でまつりごとをできる年齢になられたという判断がされたためであるが、空位となった摂政の代わりに関白の座に誰を就かせるかということが、朝廷内では話題となっていた。

 一番の候補となるのは、師輔の次男である兼通であった。兼通は兄弟の中で唯一、娘を入内させており、帝の信頼も厚かった。ただ、現在は従三位権中納言という地位にあり、関白となるには少々地位が低すぎるのではないかという見られ方もしている。

 その兼通の対抗馬として名が上がるのは、三男の兼家だった。兼家は現在、正三位権大納言という地位にあり、兄である兼通よりも上の立場にある。しかし、兼家には致命的に不利な条件があった。それは帝にあまり快く思われていないという点であった。兄の伊尹が摂政の時代は、伊尹に可愛がられており、兼家はいろいろな無理難題を朝廷内で押し通したりしてきた。その印象が帝には残っているようで、面倒な男だと思われているようだ。

 また、藤原師輔の息子は三兄弟だけではなく、他にもいた。九男の為光は左近衛中将であり、兄の兼通に可愛がられていることから、犬猿の仲である兼家などには睨まれている存在でもあった。

 もちろん、朝廷内には藤原北家九条流以外の藤原氏もいる。藤原北家小野宮流の藤原頼忠などは、伊尹、兼通、兼家たち兄弟の従兄弟に当たるが、正三位右大臣の地位におり伊尹は亡き後は藤原氏長者として君臨していた。


 朝廷内で藤原氏たちによる権力争いが行われている一方で、安倍晴明はいつもと変わらず、陰陽寮の奥の部屋で書に埋もれながら筆を取っていた。天文博士である晴明は、天体の観測をし、何か天文に異変があれば、天文書に基づいて吉凶を占う必要があった。吉凶については帝に天文密奏として届けられるのだが、その中身を知るのは帝と天文博士だけであった。


「晴明様、お客様が見えられております」

「客?」


 執務室にやってきた直丁じきちょうの言葉に晴明は訝しげな顔をした。来客の予定はなかったはずだ。それに晴明に会うために陰陽寮へと訪ねてくる者がいるということも珍しいことだった。


「はい。背の高い男の方ですが、どこぞの従者のようです」

「ふむ……わかった」


 心当たりはなかった。兼家の従者であれば、陰陽寮の者たちも顔は知っている。ただ、その兼家も最近は晴明のところに遣いを送ってくることも少なくなっていた。一体、誰の遣いなのだろうか。訝しげに思いながらも、晴明は筆を置くと書に封をしてから立ち上がった。


「私が戻るまで、誰も部屋にいれるでないぞ」

「わかりました」


 晴明は同じ執務室にいた天文学生に声を掛けてから部屋を出た。

 天文博士の執務室は天文博士と天文学生以外が立ち入ることは禁じられていた。そこには他には見せてはならない天文書や帝に送るための天文密奏など、外には出てはならないものがたくさんあるためだ。


「お仕事中の訪問、お許しください」


 直垂ひたたれ括袴くくりはかまといった姿の若い男は、晴明に低く頭を下げると、一通のふみを晴明に差し出した。


「主人より、文を預かってきました」

「ほう」


 晴明は見覚えのない従者より文を受け取ると、その場で開けて中身を確認した。

 文の送り主は、明確に名前を書いているわけではなかったが、その内容からして例のかんなぎからのものであるということがわかった。どうやら、巫は兼家の屋敷に逗まっているのだが、外出ができない状態にあるようだ。


「私がそちらに出向くとして、権大納言様の方は問題ないのか」

「その点については、主人が上手くやりますので、晴明様はごく普通に来ていただければと」

「わかった。では、そちらに伺うとしよう」

「ありがとうございます」


 男はそう言って再び頭を下げると、一足先に権大納言兼家の屋敷へと戻っていった。

 晴明は出かける支度をしながら、懐にあった賽子さいころを運試しに振ってみた。賽子は出た目で吉凶を占うことができる手軽な占具であった。

 出た目を見た時、晴明は顔をしかめた。しかし、行かないわけにはいかなかった。


「これもまた運命か」


 晴明は独り言をつぶやきながら賽子を拾い上げると、牛車に乗り込むのだった。

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