藤原三兄弟(6)
最近、兼家からの呼び出しが減っているとは思っていたが、得体の知れないものに手を出しているのかと晴明は半ばあきれていた。この時は、まさか打伏神子の正体が、例の
「陰陽寮天文博士、安倍晴明にございます」
晴明は東三条にある兼家の屋敷の前で牛車に乗ったまま、そう名乗った。
文を送ってきたのは巫であったが、何か権大納言兼家に企みのあってのことだろうと、晴明は考えていた。
晴明は簾のおりた牛車の屋形の中から注意深く、兼家の屋敷内の気配を伺った。屋敷内の警備は兼家の家来である源満仲の配下がおこなっており、厳重に守られている。中庭は綺麗に整えられており、庭の中央にある大きな池では兼家の子と思われる人物が女家人たちと一緒に小舟に乗っているのが見えた。
「ここから先は、歩いて向かっていただきます」
そう声を掛けられた晴明が牛車を降りると、そこにいたのは源満仲の子息である源頼光であった。
「お久しゅうございます、晴明様」
「久しいな、頼光殿。お変わりはありませんか」
「ええ、おかげさまで」
「それは良かった。本日、私はこの屋敷に呼ばれた理由がよくわかっておらぬのだが、何か頼光殿はご存知だろうか」
「申し訳ありません。私は晴明様をお連れしろと言われただけで、何も聞かされてはおりませぬ」
「そうか。ならばよい。忘れてくれ」
晴明は先を歩く頼光の背を見つめながら、誰が何を企んでいるというのだろうかと考え始めた。
今回、文を送ってきたのは、巫こと打伏神子であった。彼女のことは鴨川で保護したことがあり、その正体も何者であるか晴明は知っている。送られてきた文には、権大納言兼家の屋敷にて相談したいことがあるといった旨が書かれており、晴明が権大納言の屋敷を訪れることに関しては問題無いとも書かれていた。それは兼家の許可を取ってのことであると晴明は読み取っていた。打伏神子は兼家の屋敷から出ることを許されてはいない。それは、晴明の式人たちが調べてきた情報であるため、信用できる話だった。だから、晴明のことを屋敷に呼び出した。そう考えるのが一番納得がいく。ただ、なぜ晴明を呼び出さなければならないのか。そこが気になることだった。自分ひとりでは処理しきれない何かが起きた。だから、晴明の力を借りたい。巫がそう考えている可能性もある。
陰陽寮を出る前に晴明の振った賽子は、凶を示す数字が出ていた。その数字が意味することとは何なのか。
そんなことを考えながら歩いていると、前を歩いていた頼光が立ち止まって振り返った。
「この先にある建物が打伏神子のいる
「頼光殿は一緒に参らぬのか」
「はい。私の役目はここまでにございます。これ以上先は、晴明様おひとりでとのことです」
「そうか……」
晴明は顎の髭を撫でながらその舎を見つめた。それは立派な客舎であった。その客舎だけで下級貴族の屋敷であれば事足りてしまう程度の大きさである。
足が重かった。巫には会ってはならない。そう天が示しているような気がしてならなかった。
客舎まで続く小道を歩いていると庭の木のひとつが揺れた。
「晴明様――」
式人だった。晴明は何人かの式人を兼家の屋敷に潜り込ませているのだ。これは兼家のことを守るための式人であり、悪意があって潜り込ませているわけではなかった。
「巫はどういうつもりで私を呼んだのだ」
「申し訳ございません。そこまでは我々にも……」
「では、巫はこの屋敷ではどのような扱いを受けている」
「その点はご安心ください。巫は兼家様の寵愛を受けておられます」
「そうか。ならば、良い」
晴明は扇子で口元を隠しながら言うと、ではなぜ私は呼ばれたのだろうかと疑問を覚えていた。あれは、なにか助けてほしいことがあって寄越した文ではないのだろうか。用もなく、話し相手として晴明のことを呼び出すといったことを兼家はよくしていたが、同じことを巫女がするとは思えなかった。やはり嫌な予感がする。屋敷を出る前に振った賽子が出した目。あれはどういう意味があるというのだろうか。
そのようなことを考えながら歩いているうちに、客舎の前に着いてしまった。
「安倍晴明にございます」
晴明が客舎の前で名乗ると、どこからか鈴の音のようなものが聞こえてきた。
「お入りください、晴明様」
客舎の中から若い女の声がした。
晴明はその言葉に従い、客舎の中へと足を踏み入れた。
客舎の中では香が焚かれているのか、良い匂いが漂っている。
「晴明様、お久しゅうございます」
声を掛けられ、御簾の方を見るとそこには着物姿の女性が座っていた。若い女だった。髪は長く、晴明が出会った頃とは見違えるほどに成長し、そして美しくなっていた。
「巫……なのか」
「いまは、打伏神子と呼ばれておりますわ」
「そうであったな。して、私を呼び出した理由をお聞かせ願おうか」
晴明のその言葉に
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