呪詛の祓え(6)
「なるほど、そうであったか。私は左京大夫でもあるから、そういった話が耳に入ってくることもある。最近は拐かしが増えておるな」
「やはり、多いのですか」
「そうじゃな。だから公卿や上級貴族などは武士たちを雇い入れて、屋敷などを守らせておる」
平安時代というと、貴族たちの雅やかで華やかな時代というものを想像しがちだが、大きな戦はなかったものの貴族たちの小競り合いや誘拐、殺人などが日常的に発生していた時代でもあった。特に武士が力を持ち始める平安中期以降は、血なまぐさい事件が多く発生していた。
「最近、子どもが拐かされたといった話はございませぬか」
「なんじゃ、どこぞの子どもを探しておるのか」
「いえ、そういうわけではございませぬが」
あえて女童のことを晴明は口にしなかった。これには兼家を面倒事に巻き込むべきではないという気持ちもあったし、もしあの女童が邪魔な存在として祓われる運命だったとしたら、余計な詮索をしてしまったということになりかねないからだ。
晴明が口ごもっていると、兼家は何かを察したのか口を開いた。
「まあ、よい。私に協力できることがあれば、力になろう。それでよいかな」
「助かります」
「では、明後日に私の屋敷に来るのを忘れるでないぞ。帝に会うのだ、きちんとした格好で参れよ、晴明」
「承知いたしました」
兼家の言葉に晴明は深々と頭を下げると、牛車を降りた。
牛車はすでに羅城門の前までやってきていた。羅城門を抜けて朱雀大路を歩いたが、洛中には市女笠の女性はたくさんおり、川であった男が言っていた人物が誰なのかはわからなくなってしまっていた。これは仕方のないこと。そう晴明は諦めると、陰陽寮に戻るために歩きはじめた。
しばらく歩いていると道の端に座り込んでいる物乞い風の男に声をかけられた。その男はよく見ると式人であり、晴明は何か金品を分け与えるかのような素振りをしながら、その男へと近づいた。
「どうした」
「件の連中に動きがありました」
式人は口を動かさなかったが、声だけは晴明にはっきりと聞こえていた。
「ほう」
「洛外の廃寺を出たあと、
化野というのは、洛外にある風葬地帯であった。この時代の葬法の主流は風葬である。風葬というのは、死体をそのまま特定の場所に放置し、自然に返すというものであった。多くの死体は、
また面倒なところに姿を隠したものだ。晴明はその報告を聞いて顔をしかめた。
「それともう一つ。あの連中は、晴明様のことを探しているようです。もしかしたら、あの女童を奪い返すつもりでいるのかもしれません」
「ほう。あちらから出向いてきてくれるということか。しかし、やつらはあの子を連れ去ったのが、この安倍晴明であるとは気づいておらぬだろう」
「はい。そのようです」
なるほど。これで晴明は、合点がいった。河原で何やら探しものをしていた市女笠の人物。あれも連中の仲間なのだろう。市女笠の人物が探していたのは、
「では、ひとつ仕事を頼もう」
「何でございましょう」
「河臨祓を行っていた者たちを陰陽寮の安倍晴明が探していると噂を流してくれ」
「よろしいのですか」
「構わぬ。こちらも罠を張って待ってやろう」
晴明はそう言うと笑ってみせた。
これは面白いことになってきたぞ。晴明はどこか状況を楽しんでいた。
そして、その日の夜。音もなく、晴明の屋敷を訪ねてくる者たちの姿があった。
いずれもが狐の面や布作面をつけて顔を隠し、闇に溶け込むような黒装束に身を包んだ者たちだった。
その頃、晴明は屋敷の庭がよく見える縁側でひとり、星を見ていた。
北辰の星はいつも以上に輝きを増しているように見える。北辰は帝を示す星とされていた。昼間に兼家から言われた言葉が気になり、北辰に注目して見ていたのだ。
輝きが強いということは、何かが起きる前触れでもあった。
風が吹き、御簾を揺らした。心地の良い風だった。
晴明は立ち上がると、縁側においていた灯火の火を消す。
すると屋敷中の灯りが消され、辺りが闇に包みこまれる。
「では、楽しもうか」
誰に言うわけでもなく晴明はつぶやくと、腰に
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