夕闇色の記憶 第四十四章 ひそやかに勤めを果たす様に…

「めちゃくちゃ怒られたぁ……。でも外出禁止にまではされなくてよかった! 学校もあるからね」


「ごめん……僕がバカなせいで……」

「いいよ、朝まで一緒に居られたし。一緒に……隣にいてあげるって、言ったでしょ?」

「まゆな……ありがとう……」




 まゆなのご両親は、恐らくウチよりも厳しいのだろうが……16歳の女の子なら、当然といえば当然。

 ただ、まゆなからの話を聞く分には……『理不尽』と思えることも言われたらしい。


 即ち……高校生らしい生活ができないのならば、高校にはこれ以上通わせないと。

 高校を辞めるならば、家には置いておかないと。だから出て行けと。


 ただ親御さんにしても、本気でそう言いたいわけではなく……それくらい厳しい態度に出てまで、娘のことを何とかしたいということなのだろう。

 無断外泊をしてしまった時点で、親御さんの気持ちとしては心配で当然。それを何とかしたいがために、少々理不尽な理屈でも何でも言ってしまうのもまた、親としての正義。


 しかし、それを言われたまゆな本人からすれば……退学から家を追い出されるまでを一気に、しかも一方的に決められたようなお話。

 それこそ高校生の女の子らしく……ショックだったらしい。


 そしてまゆならしく……『屈する』気持ちは更々無いとのこと。

 この一件が……僕の人生そのものの将来を大きく左右する選択の、火種となってしまう。


 その頃の心境は、当然僕もまゆな側。


 また……『高校生』か……。二言目には高校生、高校生。

 高校生らしく……高校生だからダメ。


 ゆなさんが言っていた……

「高校生じゃなければ……いいのかなって思ったの」


 そんな理屈は、大学院生のゆなさんと4月には『高校生』ではなくなる僕だから通用するのであり……4月から僕だけ就職しようが大学へ行こうが、まゆなは高校生のまま。1年生から2年生になるだけだった。




 この時点で僕は、とある決断をしていた。

 まゆなには是非とも、このまま普通に高校へ通い、ご両親とも仲良く暮らし続けて欲しい。彼女へも、そうは伝えた。

 しかし万が一……彼女がヘンに反抗し続けて、親御さん側も引っ込みがつかなくなり……「高校を辞めさせ家を追い出す」なんて言葉通りの展開になったらどうするのか。


 普通に考えれば、本当にそんな展開には中々ならないものだが……当時のまゆなの言動からして、いかにも具現化してしまいそうな勢いだった。

 もはや楽観的に達観視はできないような……僕自身が勝手に、そんな気持ちになってしまっていた。


 故に……決めたのだった。

 ウチの高校は大学付属だったが、進学はせずに社会人になる。大学へは行かず、就職する。

 そうすればもう『学生だから』なんて理由で、あれこれ言われなくなるのではないかという……


 『錯覚』を……抱いていたのだろう。


 当然当時の僕に、それが『錯覚』であるとの自覚などは無いまま、次なる決断へも進んでしまう。

 即ち……家を出て、部屋を借りると決めていた。

 万が一の展開となった場合に限り、まゆなを……迎えられるように。


 そのことを……まゆなを迎える為という部分だけは勿論伏せてだが、両親に伝える。

 両親は案の定、驚いた。そしてやはり、最初は反対された。

 交渉途中、父にはぶん殴られたが、家を出る理由は最後まで……非常事態となった場合のまゆなを迎えるためだという部分だけは、何度殴られようが最後まで黙り通し……結局は保証人となってもらえた。






 しかしそれは、本当にまゆなのことを思っての行動だったのか?


 ゆなさんに……何もしてあげられなかっただけに留まらず、愚かな行動に出てしまい……結局はゆなさんをも傷つけてしまった。

 その後悔を、まゆなへの献身で……取り戻そうとしているだけではないのか。


 それに、就職と言ったところで……取りあえずバイト先のパチンコ屋さんで、シフトを常勤に変えてもらえた……その程度が現実だった。

 それでも、自分がもう学生ではなく社会人になるということを理由に……根拠のない自由を感じ、裏付けのない自信と希望を持っていた。

 そうした深層心理に自らは気付いていないが故に……僕は行動を、次々と具体化してゆく。


 それを『過信』と呼ぶことに、未だ気付いていない……18歳の春だった。


 そして、そんな僕の深層心理に気付いたのは……僕本人よりも、まゆなが……まゆなの方が先だったんだ。


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