夕闇色の記憶 第四十二章 予感の的中

 女子高生や年頃の娘さんがいる家庭なら、よくある一時的な軋轢かもしれないが……まゆなは、親御さんとの折り合いが悪かった。

 よくある……と言っても、当の本人からすれば心穏やかではない。勿論、親御さんもそれは同じだろう。

 これで『交際に反対』までされたら、女子高生と大学院生という以外、ゆなさんと変わらない状況なのだが……まゆな側の親御さんからは、この時点でそれは無かった。


 ところが……ゆなさんの、あの時の予感が的中してしまう。


「あの子……お母さまに、どうかな……?」


 それは僕の側の……ベテラン中学教師である母の、予想外の反応。


 予想外の『予想』とは、具体的には以下。


 僕が17歳で高2の時の、めぐみさんの場合は……年上の女性の部屋へ入り浸っていること自体は気に入らない様子でも、交際そのものを反対はされなかった。


 めぐみさんが一時的に失踪した後に、僕を救ってくれた都子は……高校は別でも同級生だから……という理由だけではなく、清楚な雰囲気を歓迎されていた。

 都子が実は元ヤンな点を、母も本当は見抜いていたのかもしれなかったが……それを口にすることは、最後まで一度も無かった。


 初めてゆなさんを連れて来たあの時も……ゆなさんが元ヤンだと一瞬で見抜いた上で……またそんなに年上かと最初は呆れた顔をされるも、自由が丘へ出掛けるとなると……「息子をよろしく頼みますね」と、保護者丸投げ。


 そんな母が……これも『反対』というより『酷い一言』で決まり。それは……。




 いつものことだが、ウチは両親共働きだったので、平日はいない。

 

 その日……土曜日だったが、父は朝からゴルフで夜まで不在予定。

 中学教師の母は部活の顧問……練習だか試合で、やはり早朝から不在。


 それでも日に拠っては、母がそろそろ帰宅する時間だったが……まゆなと僕はまだ、ベッドにいた。

 ゆなさんから徹底して習った……『終わってからの時間』を、大切に過ごしていた。


 その時、ガレージのゲートが開く金属音。

 重たい金属製の門がスライドする……締め切ったガラスを突き抜け、ベッドまで届いた……『警告音』……だったのだろう。




「帰ってきちゃった」

「お母さま……?」

「そう」

「初めてお会いする……どうしよう?」

「どうするも何も……大丈夫だから、多分」


 その数分後に打ち砕かれる、甘い希望的観測だった。



 急いで服を着けて、まゆなの寝乱れた髪を整えてあげた。


「ご挨拶だけして……今日は帰るね」

「うん。ちゃんと紹介するから、心配ない」


 根拠はなくとも、ヘンな自信があった。

 即ち……明らかに年上の女性ではなく高校生ならば、特に嫌な顔もしないのではないか……都子の時のように……と。


「いいよ!」


 服も整え終えたまゆな。


「よし! じゃ、降りるよ」


 階段を降り、玄関ロビーに着いたところで母が入って来るタイミングは……ゆなさんの時と同じ。


 しかし……


「お帰りなさい。こちらまゆなちゃん……」

「初めまして、おじゃましています。寺田と申します」


 きちんと挨拶をしたまゆなに対して……「初めまして」の挨拶も返さず母からは……


「あなた高校生?」

「はい……」


 その日は制服を着ていなかったものの、もうすぐ二年生にしてはセクシーなまゆな……いくらなんでも中学生には見えない。

 ましてや母は中学校教師なのだから、見れば判ったはずだろう。

 それともまた……僕よりもおねえさんに見えたのか?


 ……などと考えているうちに、続けられる……耳を疑うひとこと……。


「高校生なら、もうウチに来ないでちょうだい!」







 突然の台詞に、二人とも言葉を失った。


 確かにその言葉にも、やはり交際そのものを禁止する意味は含まれていない。

 しかしその場で言い放たれた二人にとっては……「もう会うな」に近い意味で受け取ってしまう。


 だが後から考えれば、母の本意はきっと……せめて高校生の間は、ウチで二人きりになるな……と。

 では……都子なら良くて、まゆなだとダメなのは何故なのか?


 あの時、ベテラン教師の母には、瞬時にわかったのかもしれない。

 ただでさえ普段から色っぽいまゆなの……しかも、ついさっきまで僕とベッドに居た……蕩けたような瞳……。

 直してあげたつもりでも、どこか判ってしまう乱れ髪……香ってしまったかもしれない、残り香……。

 それまで二人が、部屋で何をしていたのかが、手に取るように。


 相手がゆなさんのように『オトナ』であれば、向こうに責任も問えようが……高校生の娘さんに、もしものことがあっては……母、自らの教師生命にも関わってしまう。


 確かに……後に僕へは「家でも『母親』より『教師』になってしまっていた」との反省の念を語っていた母ではあった。

 だが当時は、そうしたところまでへの考えが及ばず……悲しみと怒りと、どこか絶望的な思いで……まゆなと二人、家を後にした。


 そこまでは……ゆなさんと自由が丘へ向かった時に、似ている部分もあったのかもしれない。

 しかしその後へ続く展開は……似ても似つかない、悲惨なものだったんだ。


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