夕闇色の記憶 第三十一章 果てしない悲しみの色

 翌朝はフロントへ電話を入れ、暮れにその部屋へ泊まった時と同じく……否、その時以上に時間を延長し、ぎりぎりまで愛し合った。

 そんな風に愛し合えるのはこの日が最後になることを、二人して予見していたのか……本当にこのまま死んでしまってもいい……くらいな勢いで求め合った。



 そして……躰は満たされたとしても、心は……未だ満ち足りない気持ちでお風呂へ……。




「来週の今頃、私たちどこで、何をしてるかな?」

「きっとこうして……また一緒にいるよ」


 なんの根拠も無くとも、ゆなさんにはそう応えてあげたかった。


「そうだと……いいわね」


 そう言いながら……長くて細い腕を絡ませ、抱きしめてくれるゆなさん……永遠にこのままでいられたら、どんなに幸せか……。


 しかし、迫りくる現実からは逃避できず、ついつい考え込んでしまった。



『高校生のような子供と、男女の関係は許さない…』……そんな、ゆなさんのお父さんからのお達し。


 高校生でなければ許されるのか? 社会人として働いていれば認めてくれるのか?

 今度は「18歳だから……未成年だから……」と、次々と理由を付けては反対するのではないのか?


 短絡的な思いが、浮かんでは消えてゆく。


 それまで、何かに付けてゆなさん任せだった僕。甘えてばかりで、ついにゆなさんを泣かせてしまって……このままでいいのか?

 自分にできることがなにかあるはずだ。

 しかし、具体策が無いのであれば……機関に迷惑をかけない為にも、ゆなさんが今のまま大学院生でいられるように……何よりも、ゆなさんの将来の為にも……暫くは、お達し通り他人のフリをしているしかないのだろうか。


 暫くは……?


 反対の気持ちも湧いて来る。

 そんな風に、諦めてしまっていいのか?

 策が無いからと、このまま一時でも他人のフリ、知らないフリを始めてしまったら、そのままズルズルと……本当に終わってしまうのではないか。

 それこそが、仙波氏の策略……狙っていた展開ではなかったのか。


 理屈ではそこまでの先読みができていても、肝心の『策』が無い限りは……打つ手も無かった。



 お風呂から上がり……もうチェックアウトが前提で服を着けたが、ゆなさんからは……


「ここ……出たくないな。帰りたくない」

「それは僕だって同じ……だけど……」

「でも、出るしか……ないか……」

「残念だけど……ね……」


 そんな心境であっても……お腹もすくし、少々疲れ気味になってしまった二人はついに……時間切れ。

 時刻は違えど、渋谷の街へと放り出されるパターンは、あの日と同じ。


 もう、特に話し合うこともなく、二人寄り添い歩く代々木公園への道。

 これ以上、何かいい考えがないかどうか……なんて話し出したら……ゆなさんをまたも泣かせてしまうのが怖くて……翌日以降の話には、もう触れなかった。

 何か策があれば、もうとっくに提案していたはずだ。



 無力な二人の、無力な一日が……終わって行く。

 夕闇は、果てしない悲しみの色として……二人の心を重く染め上げた。




「じゃ……明日、事務所でね。学校、いつもの時間に終わるんでしょ?」

「うん。夕方までには……行けるはず」


 そんな「また明日」な言葉を交わした二人だったが……何かが二人をその場へと縛り付けているかのように動けずにいると、ゆなさんから……


「ねぇ……」

「……?」

「あのさ……」

「なぁに……?」


 また……話し出すのをどこか躊躇するような内容なのだろうか……。


「お金の心配は無いしさ……」

「だから……なぁに?」







 一瞬俯いて、躊躇ったようなゆなさんだったが……意を決したように顔を上げ……


「このまま……逃げちゃおうか?」

「えっ⁉」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る