夕闇色の記憶 第二十六章 壊れそうで守りたいもっと…
話が問題の核心へとやっと近づいた途端に話題を逸らし……「新宿へ行こう」とだけ言ったゆなさん
それが高層ビルの隙間……二人が『二人』として始まったあの場所を指しているのは、お互いに暗黙の了解だった。
真冬の夕暮れは早い。
ビルの向こうで……じきに夕闇色を予感させる空の下を、寄り添い歩いて行く二人……。
「れいくん……」
「うん」
「私にも、そんな一面があることを……知っておいて欲しいの」
「そんな……一面?」
……あ! さっきの……話を逸らしたこと?
「私だって、不安なことはいっぱいある。不安で怖くて、目を背けたくて……問題視して向き合って考えるなんて嫌で……より簡単そうな問題を口に出してごまかすような卑怯者よ……」
「そんなこと……ゆなさんは……」
「ごまかそうとすればするほど、冷静に考えられなくなって……どうやって逃げ出そうか……そればっかり……」
「妹さんに……見つかったから?」
「実際にそうなるまでは、結構楽観的に考えていたわ」
確かにそれまでの彼女は……心配性の僕を、いつも宥めてくれるような役だった。
「でもキミは、その前から随分……心配していたよね」
「だって……引き裂かれたくない……」
「それは私だって……でも自分の身内の問題で、これ以上キミを不安にさせたくなくて……平気なフリ、できていたつもりだったんだけどなぁ……」
顔を上げ、切なげな瞳が西の空へと投げかけられた瞬間に……風景は一気に夕闇色へと変わったような気がした。
「ゆなさん……」
「だって……今もう既にそうかもしれないけど、キミってすぐ自分を責めるでしょ?」
ゆなさんの言う通りだった。彼女を救ってあげられない自分の無力さを、改めて感じていた。
「でもね……キミが高校生なのは事実なんだし、限界はあるよ。見下して言ってるんじゃないの、わかるよね?」
「うん」
「それでも……すねかじりの学生という意味では、大学院生の私も同じ。それが現実なんだなーって……アハ!」
あ……ゆなさんもしかしたら、いつもの冷静さを取り戻してる?
言葉にしなくても……僕の「もしかしたら」に対して「その通りよ」と答えたかのように、少し笑顔を見せながら……
「お母さまからキミのことを任された時、嬉しかった。ああ、全然反対はされていないんだって。後は私の……私の側の問題なんだって……」
確かにあの時……母は一つも反対していないことが、改めて強調された一幕ではあった。
「だからキミは、なにひとつ責任を感じる必要はないの。わかった?」
それが……言いたかったのか……。
「うん……わかった」
理屈はその通りだが、気持ちがそれでは済まないような返事なのは、ちゃんとゆなさんに伝わってしまった。
「なんかまだ……納得していない顔ね?」
「あ……でも、ゆなさんの言う通りだし……」
そう答えると、ゆなさんはニッコリ微笑み…
「もう一度言うけど……ほどほどにね」
「え? ほどほどって……?」
「とぼけないの。……背伸び」
ゆなさんの表情に、また少しだけ、鋭さが走る。
この時の僕は……ゆなさんから真意まで見通された上で、説き伏せられてしまったのかもしれない。
僕が本当に憂慮していたのは……状況ではなく、自分自身の非力さだったのだろう。
状況から判断して、ウチの親は反対していないから僕の側は責任を感じなくてよいとかいう短絡的な理屈ではなく……今後もしも、ゆなさんのご両親からの干渉が更に強まった時……男として自ら、そのすべての責任をしょい込むことができない無力さに対する憂慮。
若しくは……仮に一旦身を引いても、いつか返り咲き迎えに来るという……そんな決意が、本気で出来るのかどうかの憂慮……。
気持ちはあっても、決意は出来ても……きっとまた、空約束になってしまうのではないかと……都子の時のように……最後は諦めが勝ってしまうのではないのかと……。
そんな、悲しい過去からまだ逃れられない……『絶望感』にも似た『覚悟』を、僕が常に抱えていたことを……ゆなさんは、ちゃんと知っていた上で、わかってくれていた上で……少しでも軽減できるようにと、してくれていたのだろう。
このあともゆなさんからの……「優しいお説教」が続く。
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